雨宿り

 本格的に雨がひどくなってきた。どしゃ降りの雨を避けるように、人々は家へと入っていき、やがて、ほとんどいなくなってしまった。

 僕らは傘を持ち合わせていなかったので、ずぶ濡れになって歩く他なかった。



「……、くしゅっ……」


「アリアさん……? 大丈夫ですか? 寒いんじゃ」


「……大丈夫だよ。心配しなくても」



 にこりと微笑んでみせるが、自分の腕をさすり、寒さに身震いする。僕は少し辺りを見渡して、少し薄暗い路地を指差した。



「あそこ、家の屋根で少し雨宿りできそうですよ」


「いや、別に平気だから」


「でも、ちょっと寒くなってきたし、僕も走って疲れたんで。休んでいきません?」



 すると、はぁ、と、深くため息をついて、アリアさんが笑った。



「全く……しょうがないな、お前は」



 諦めたようにそういうと、路地の方へと向かった。そして、屋根の下に入り、アイテムボックスからタオルを取り出すと、濡れた髪や、体を拭く。

 どこをどう見たらいいのか分からなくて、僕はなんとなく空を見上げた。


 未だに雨はざんざん降り注いでいる。僕もアリアさんと同じようにタオルを取り出して体を拭いた。完全にとはいかないが、いくらか楽になった。



「そういえば……スラちゃんはどうした?」



 タオルを片手に持ったまま、アリアさんが訊ねる。もちろん、どこかで落としてきたとか、そんなことはない。



「城を出るとき、ポロンくんの肩に飛び移ってましたよ。僕の肩に乗ってたら、振り落とされると思ったっぽくて」


「そうか。ならよかった」



 しばらくの間が空く。お互いに、何を話したらいいのか、分からなかった。



「……なぁ、ウタ」


「なんですか?」


「…………」


「どうしたんですか……?」



 少しためらいながらも、アリアさんは、はっきりと口にした。



「私は……信じて、いいんだよな?」


「え……?」


「姉さんを」



 そして、足元を見つめる。水溜まりになっているそこは、雨が降る度にわっかが生まれ、色を、形を、変えている。



「姉さんは……信じてくれているのかな、私たちを」


「…………」


「もう分からない。昔から信じていたそれが本当なのか、今の……この状態が、本物なのか」



 ……この国に来てから、アリアさんは、それまで僕らに見せなかった色んな顔を見せている。それは、ここが安心できる場所だったからかもしれない。


 無防備に笑ったり、泣いたり、怒ったり……。でも、もしもそこが信頼してはいけない場所で、本当は笑ってなんていけない場所で、国王も女王も、サラさんも、信じてはいけない人だったなら……?



「……ディランが、前に言っていたんだ。人を簡単に信じすぎだって。


 なぁ、教えてくれ。今なら大丈夫だから。姉さんは、信頼していい人なのか? お前を……信じても、いいのか?」



 ドキッとした。なににって……僕のことを、信じていいのか……?



「……いいと、思いますよ。サラさんのこと、信じても」



 だから、とりあえず、わかってる答えを出す。



「だってサラさん……言ってることや、やってることは厳しいけど、でも、それも全部……僕らのためだって、どこかで分かるから。

 だから、サラさんは信じて大丈夫ですよ、きっと」


「…………そうか」



 微かに微笑んだあと、アリアさんは僕の目を見た。



「……お前のことは?」


「…………」



 …………。



「僕には……分かりません」



 自分のことを信じてもいいのか? そりゃ、約束とかは守りたいし、嘘だって極力吐かないようにはする。でも……自分が、信頼に値する人物なのかどうか、それは、分からない。



「……どう、思います?」



 アリアさんは考えた。考えた末に……僕に、手を差し出した。



「え……?」


「手、握ってくれないか? やっぱり寒くてな。……ダメか?」


「いや、ダメじゃないですけど……」


「じゃ、握ってくれ」



 僕は、アリアさんの左手を、右手で握る。そして、アリアさんの左側にそっと立つ。……ちょっと冷たい。でも、細くて、柔らかくて、あたたかくて……。

 あぁ、女の子なんだなぁって、分かるような手で。



「……お前の手は、あったかいなぁ」



 ふと、アリアさんがそういう。



「そう……ですか?」


「そうだよ。本当にあったかい。……ありがとな」


「なんですか? 急に」


「追いかけてきてくれて……ありがとう」



 ふと見たアリアさんの横顔は、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに儚く、泣き出しそうな顔をしていた。



「私は……お前を、信じたい」


「…………」


「だから、信じても大丈夫だって、言ってくれ。裏切らないって……絶対、裏切らないって、言ってくれ」



 僕だって……アリアさんを裏切りたくなんてない。



「…………当たり前じゃないですか。何で僕が、アリアさんのこと、裏切らないといけないんですか」


「……本当に、大丈夫なんだな?」



 不安そうに揺れる、赤い瞳が優しい。



「大丈夫ですよ」



 少しだけ、雨が弱まってきた。僕は繋いだ手を軽く引いて、アリアさんに、できるだけ明るく笑いかける。



「帰りましょうか。雨も弱まりましたし。あんまりながいこと外にいたら、またポロンくんとフローラに怒られちゃいます」



 アリアさんは、それに答えるように、少し強く手を握り返した。



「……あぁ、そうだな」

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