信じたかったんだ

 この人たちを、信じてみよう。

 どうして、そう思ったのかは、よく分からなかった。



「ステータス100倍……ですか!?」



 私は驚いて聞き返す。100って……そんなの人間の成せる技じゃない。……あ、まぁ、テラーさんなら出来るかもしれないけど、普通は無理だ。

 アリアさんは客室のベッドに腰掛けながら、にこにことして話す。



「驚くだろ? 私も驚いた。なんてったって、『勇気』なんてスキル、私は知らなかったんだ。……普通知らないよな?」


「はい……私も、はじめて聞きました」


「そう、それでだ。発動条件があったんだよ。『自分の限界を越える』っていうな」


「……自分の限界を、越える」


「威圧とか、恐怖に打ち勝てってことらしい」



 私が座っている椅子と、ベッドの間に置かれた丸いテーブル。そこに置かれた二つのカップのうち、一つをアリアさんが手に取り、お茶をすする。



「正直、あいつにはあってないスキルだなって思った。だって、ヘタレだからな」


「ヘタレって……」


「思わないか?」


「思わな……くは、なくはなくはないですけど…………」



 確かに、アリアさんやテラーさんと比べると、ウタさんはヘタレと言うか弱虫と言うか……気が弱くて、振り回されがちな感じがする。



「ははっ! 多分、フローラが思っているイメージで間違いないぞ。あいつは、最初っからなよなよしてて、運もなかったな。転生して初日で家を焼かれるなんて、聞いたことないぞ」


「そう……ですね」



 それは、運、悪すぎるんじゃ……。



「…………でも、優しすぎるくらいに、優しかった。ほとんど丸腰で、私を助けに来た。

 それまで、私は『勇気』が発動するのは、もっとずっとあとのことだと思っていた。なんてったって、出来るだけ戦おうとしないんだもんな、あいつは」



 語るアリアさんの顔は優しくて、柔らかくて、なんだか、ほっとして……。



「でも、ウタは、思ってたよりあっさりと『勇気』を発動させやがった。自分の100倍も強い敵を、100倍強くなって倒しに行った。勝てなくてもいい、負けても、命はもう一つあるからって」



 ……例え一度生き返る権利があったとしても、命は一つしかない。それなのに、そんな。



「……フローラ、まだ、信じられないことや、不安なこと、怖いこともたくさんあると思う。でも、いざとなったら、私たちを頼れ。

 強くはない。命だって、一つしかない。でも、私たちはフローラを守りたい」



 そして、一息おいて、言う。



「私は、フローラを守りたい。だから、何かあれば必ず助ける。私が無理な状態の時はウタかポロンを頼るんだ。あいつらも絶対、お前を助けてくれる。


 だから――隠れて泣かなくても、もう、いいんだ」



 あの瞬間、このやり取りが浮かんできた。ここで死ぬのなんて嫌だ。メヌマニエになんか、負けない。

 …………ウタさん、アリアさん、ポロンさん……。


 私はあなた方を、信じます。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



名前 メヌマニエ


種族 オーク亜種


年齢 概念なし


職業 ――


レベル 77


HP 8000


MP 4000


スキル 体術(上級)・初級魔法(熟練度6)・闇魔法(熟練度10)


ユニークスキル 幻覚


称号 幻の生み手・災悪・触手




 なんというか、最悪だ。闇魔法、熟練度10……。これしかないとはいえ、最大値は辛い。とりあえず、幻覚を鑑定しよう。解除の仕方が分かるかもしれない。



幻覚……相手の脳へ影響を与え、幻覚を見せ、惑わす。指示はすべて目で行う。MPの消費はない。



 指示はすべて目で……。なら! あのでっかい目を切りつければどうにかなるんじゃ……。

 僕は剣を片手に構え、ギラギラと光る目に向かって振り下ろす。が、



「うわっ、ととと!」



 触手が僕を襲い、刃を当てることができない。ど、どうしよう。とにかく、みんなを助けないといけないのに……!

 と、その触手が、今度はみんなを襲う。すると、僕はどうしてそんなに早く動けたのか、咄嗟にその間に入って呪文を唱える。



「ライトっ! ……っ、あー! 目潰しさえ出来ればいいのに……!」



 僕がそう叫んだとき、ふと後ろから声が聞こえる。



「ウタ、」


「アリアさん……!?」



 気がつくと、アリアさんはその場に立ち、僕の手をつかんだ。



「お前の光魔法で少し怯んだんだろうな。幻覚が弱まった。暗くて見えない。奴の側まで連れてってくれ」


「で、でも! そんな」


「大丈夫だ。私はそんなにやわじゃないし、それに……いざとなれば、お前もいる。私は、お前が思っている以上に、お前を信頼しているんだ」


「…………」



 僕はアリアさんの手を握り返し、そっと呟く。



「触手がうねっていて、のんびり近づくと危険です。走りますよ、大丈夫ですか?」


「ダメだと思うか?」


「大丈夫ですね。……行きますよ!」


「あぁ!」



 僕はアリアさんの手を引き、走り出した。触手がなんども襲いかかるが、僕は剣で弾き返し、魔物の目の前まで来た。



「アリアさん!」


「目潰しすればいいんだろ? なら……これだっ!」



 シューっとかすかに音がして、ミストのようなものが、魔物の目に降りかかる。と、急に目を閉じ、苦しそうな声をあげた。



「……アリアさん、それ、まさか」



 完全に幻覚から解放されたらしいアリアさんが、得意気にそのボトルを僕に見せる。



「とっておいて正解だったな」



 ……催涙スプレー…………。



「アリア姉! ウタ兄!」


「お二人とも、大丈夫ですか!?」



 後ろから声がする。まだのんびりと話す余裕はない。僕はポロンくんに呼びかけた。



「ポロンくん! こいつの体拘束できる!?」


「任せろ! リヴィー!」



 蔦が魔物の体に巻き付き、動きが一気に鈍くなる。その隙を狙って、アリアさんがフローラに声をかける。



「フローラ! 私の魔法に合わせて、光魔法を!」


「わ、分かりました!」



 二人が魔法を放とうとした瞬間、魔物は闇魔法を発動させる。漆黒の槍が、僕らを襲う。……でも、そんなこと、僕がさせない!



「これでどうだ……ライトっ!」



 消費MP10。最強の初級光魔法。僕のそれは、闇魔法とぶつかり相殺する。



「いくぞフローラ! アイスランス!」


「シャインっ!」



 アリアさんの氷の槍が、フローラの光を灯す。

 光輝く槍が魔物を貫き、魔物は、雄叫びをあげて消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る