自らの意思

 ……メヌマニエが消えたあと、そこには闇が残った。

 真っ暗で、なにも見えないのに、お互いの姿はよく見えていた。



「なんだ? どうしたらいいんだ?」



 ポロンくんが言う。何をしたらいいんだろう。だってこれ、なにもないしなぁ。



「……ずっとこのまま、ってことは、ないですよね…………?」



 フローラが不安そうに呟く。と、アリアさんがハッとしたように言う。



「自らの意思を闇に告げよ。その後に願いは叶えられる。それをせず、闇に背を向けた者のなれの果ては、目の前に転がる哀れな神である」


「あ! それって、侍さんがいってたやつですね!」


「そうだ。闇と言うのが、文字通りこの、闇のことで、哀れな神がメヌマニエを指すのなら、ここで意思を告げろと言うことだろう」


「自らの意思…………」


「一人ずつ、言った方がいいのでしょうか?」


「自らのっていうくらいだから、そうだろうな。……正直に言えばいいのかな」


「よくわかんねーけど! こう、みんなで手つないでさ、それで、せーのでそれぞれ言えばいいんじゃないかなぁ?」



 そう言いながら、ポロンくんは僕の左手をつかむ。僕はそっと握り返す。そして、右手でフローラの左手をつかんだ。



「ウタさん……」


「大丈夫だから。ね?」


「……はい!」



 そして、アリアさんが、右手でポロンくんの左手を、左手で、フローラの右手をつかんだ。



「手を繋ごうって……ポロン、怖かったのか?」


「ちっ! 違う! おいら別にこわくねーし。ウタ兄とは違うからな!?」


「僕は怖がってる前提なのか」


「違うんですか?」


「ちが……くはない、けど」


「ぷるっ! ぷるぷるー!」


「あ、スラちゃん! スラちゃんも、手つなぐ?」


「ぷるっ!」


「……えっと、どうするつもりだ? ウタ」



 悩んだ結果、ポロンくんがスラちゃんを手のひらにのせ、僕はその手に自分の手のひらを上から重ねる。これで落ち着いた。



「落ち着かねーな、スラちゃん、人にならないのかなぁ」



 困ったようにポロンくんが言うと、みんなが笑い出す。

 ひとしきり笑ったら、なんだか心が軽くなった気がした。



「……さて、じゃあ、せーので言うか」


「そうですね。それじゃ……せーのっ!」




「            」




 …………。


 ……え。フローラ…………?



 闇が消え、光のまばゆさに目を閉じるその直前、ふと見たフローラの横顔は、今にも泣き出してしまいそうだった。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「…………ん……」



 ぼんやりと目を開け、起き上がる。そこは、宿屋セアムの客室のベッドの上だった。

 横を見ると、ポロンくんがすやすやと気持ち良さそうに眠っている。僕は、それが幻覚じゃないか確かめるように、自分の右のほほをつねる。



「いたたたた……。夢とかじゃ、ない、ね」



 やっとか。ふとした瞬間に、そう思う。


 そういえば、ここに来てからまだほんの数日しか経ってないのに、色んなことが起きすぎていて、ゆっくりする暇なんてなかった。今日くらいはゆっくりしていよう。


 ふと、窓の外を見る。……壁はすっかり崩壊していて、通りは人で溢れていた。中には、感動の再会を果たしたかのように、抱き合って喜ぶ人も……。

 いや、これ、多分本当に感動の再会なんだなぁ。


 そんなことをしみじみと考えていると、扉の向こうから軽いノック音がした。



「アリアだ。起きてるか?」


「アリアさん!」



 僕は小走りで扉の近くへと行き、ドアノブに手をかけ、開ける。そこには、いつも通りに笑うアリアさんと、その後ろに半分ほど隠れたフローラがいた。



「おはよう。入ってもいいか?」


「大丈夫ですよ。ポロンくんはまだ寝てますけど」


「問題ないよ。私たちも何時間か前に起きたんだ」


「失礼しますね」



 二人は、丸テーブルの椅子に腰掛け、僕はベッドに座る。アリアさんは眠ったままのポロンくんを見て、クスッと笑ったのち、僕を見る。



「さっき起きたのか?」


「え? ま、まぁ……」


「寝癖ついてるぞ」


「えっ?!」



 手で探ってみる。……こ、これか! このはねてるやつか!



「まぁいいさ。な?」


「不可抗力ですもんね」


「お、お見苦しいところを……。で、二人はどうしたんですか? わざわざ」


「いやなに、私たちが眠ってる間に、何があったのか聞いたから、話しておこうかと思って」



 僕の感覚では一時間とかそれくらいだったのだが、実際は、僕らは二日も寝たきりでいたらしい。

 僕らが意思を告げたあと、教会もろとも粉々になり、メヌマニエは光となって消えた。そして、その場に、意識を失った僕らが倒れていたんだと言う。その僕らを、テラーさんと侍さんが、ここまで運んでくれたんだそうで。


 メヌマニエを倒したその瞬間、幻覚を見ていた人は解放され、もとの自分に戻ることができた。

 テラーさんが頼まれて造った壁も、もういらなくなったため、残骸もなにも消してしまったらしい。また、結界も普通のものに置き換わった。


 ちなみに、自分のHPを使いまくっていたテラーさんは、僕らが寝ている間、同じように寝てHPを回復させていたんだそう。



「テラーいわく、『寝たきりとかマジでつまんない! 山登りたい!』だそうだ」


「なぜその思考回路に」


「あいつに聞いてくれ」



 さて、と、切り変えるようにアリアさんが僕に言う。



「私たちがここに来た目的の、一つ目は達成した。あと、もう一つだな」


「もう一つって?」



 僕が言うと、フローラがおずおずと答える。



「あ……あの、お願いしたいことがあって」

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