親指

「あ、おかえりなさい。お食事にできますけど、どうしますか?」



 宿に戻ると、コックスさんがそう声をかけてきた。アリアさんがそれに答える。



「あぁ、お願いしようかな。……テラーと話している間に、すっかり日も落ちたみたいだしな」



 それを聞くと、分かりました、とコックスさんが言い、奥に歩いていこうとした。と、ポロンくんが思い出したように言う。



「そういえば、コックスはテラーのこといつから知ってるんだ?」


「え? あぁ、テラーさんがここに来たときからですよ」


「ってことは……?」


「四年弱の付き合い、ですかね」


「な! ならさ、テラーの指のこと、なにか知らねーか?」



 すると、コックスさんは不思議そうに首をかしげた。



「指……ですか? 普通の指だと思いますけど。それが、なにか?」


「テラーの右の親指だけ、いやにボロボロだったそうだ。理由は知らないか?」


「いやー、知りませんね」


「……そうか」


「申し訳ありません」


「いや、ありがとう」



 そして、コックスさんが奥に下がっていくと、僕らは入って左の方にある食堂へと向かった。

 広い割りにはがらんとしている食堂だ。椅子や机はそれなりにあるのに、いるのは僕らだけのようだ。



「んー、気になるなぁ」


「まだ言ってるのか、ポロン」


「んじゃ、アリア姉は気にならねーのか?」


「そりゃ、気になるには気になるが、知られたくないことの一つや二つあるだろう?」


「そうだよ。ポロンくんだって、昔のことをしつこく聞かれたら嫌でしょ?」


「……そっか」


「だからさ、このことはとりあえずおしまいにしよう」



 過去のこと……しかも、テラーさんは指のことを、『元の世界の副産物』と言っていた。僕にとっての副産物を、知られたり、探られたくはなかった。



(利用しちゃって、ごめんなさい)



 心の中でテラーさんにそっと謝ると、ふと視線の先に、フローラが立っていることがわかった。壁の向こうから、そっとこちらをうかがうように見ている。

 僕はちらりと二人を見る。二人とも気がついたようで、小さくこくりとうなずいた。



「フローラ」


「あっ、は、はい!」


「こっちおいでよ。ちょっと話さない?」


「え……わ、分かりました」



 軽く手招きすると、フローラはおずおずとこちらに近づき、それから、ポロンくんに促され、アリアさんの隣の椅子に座る。



「えっと……お話って、なんでしょうか?」



 どこか不安そうにフローラが言う。

 いやぁ、用とか考えてなかったなぁ。考えておくべきだったか。そりゃそうだよね! 今気づくって僕はバカなのか? バカなのか!



「……二人は、ここに来たのが始めてで、私はずいぶんと久しぶりなんだ。だから、この街のことがあまりよく分からなくてな。よかったら明日、街を案内してくれないか?」



 と、僕が僕のことをバカだバカだと罵っている間に、アリアさんが助け船を出す。

 なるほど、街案内か。それならフローラに頼んでも違和感はないし、適度に会話もできるだろう。



「ま、街案内……ですか?」


「そうだ。無理にとは言わないが……頼まれてくれるか?」



 そうすると、フローラはこくっとうなずいて言った。



「はい、分かりました。あまり詳しい案内は出来ないかもしれませんが、出来るだけ、お役にたてるようにします」


「そうか、ありがとうフローラ」


「いえ!」



 ……あれ? そういえば、フローラのステータスって、どんなのだろう? そういえば見ていなかったなぁ。



「ねぇフローラ?」


「はい、なんでしょうかウタさん」


「ステータス、見せてもらっていいかな? ちょっとした興味本意なんだけどさ」


「別に、いいですよ。私は構いません。えっと、水晶版は――」


「あ、大丈夫! 鑑定スキル持ってるからさ」



 と、本人からの許可もおりたので、ステータスを確認してみることにした。鑑定!




名前 フローラ


種族 人間


年齢 13


職業 村人


レベル 20


HP 3700


MP 1800


スキル アイテムボックス・暗視・剣術(中級)・体術(初級)・初級魔法(熟練度3)・土魔法(熟練度1)・光魔法(熟練度1)・闇魔法(熟練度1)


ユニークスキル 表裏一体・転


称号 宿屋の看板娘電車・さみしがりや・自然を愛する者




 ……さみしがりやという称号に目が行ったが、触れるのはやめておいた。

 にしても……なんだろう、このユニークスキル。



「ねぇフローラ、この、『表裏一体』っていうのと『転』っていうスキル? どういうものなのかな?」


「えっと……私にも、実はよく分からないんです……。よかったら、鑑定して、教えてくれませんか?」


「うん、分かったよ」



 表裏一体から鑑定してみる。ちょっと気になりすぎるから。



表裏一体……全ての物事は表裏一体。HPMPが共に三分の一を切ったときに自動発動。減少値と残りの値が入れ替わる。



「うーん……これ、どうやって説明したらいいんだろう」


「…………?」


「えっと、表裏一体の方だけど、例えば、HPMPが両方1000の人がいるとします。

 その人のHPMPが両方300以下……200とかになったとしたら、値が入れ替わって、減少値が200になるってこと……かな。どう? 分かったかな?」



 フローラがこくりとうなずいたのを見てほっとする。はぁー、人に何かを説明するって、難しいなぁ。

 さて、『うたた』だけど……なんだろうこれ。今までの他のスキルと違って、文字だけじゃなんにも分からない。



転……めまぐるしく巡る時の中で最善の策を見定めよ。時の流れが二分の一倍速になる。自動発動。発動時間は実際の時間で1分間。



(……時の流れを、変える?)


「……ウタ兄、どうかしたか?」


「いや……。フローラ、『転』の方なんだけど、どうやら、時間の流れをゆっくりに出来るみたいなんだ」


「えっ」



 フローラが驚いたような声をあげる。そりゃそうだ。時間を操るなんて……。誰だってビックリするスキルだ。



「だからあのとき……」


「え?」


「あっ……」



 フローラにその事を聞こうとしたら、ちょうどコックスさんが夕食を運んできた。おかげで、これ以上は聞けなかった。

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