チョコレートの恩恵

「と、悪いが安心している暇はないんだ」



 渦からびしょ濡れのアリアさんとカーターが出てきて、ほっとしたのもつかの間。アリアさんは少し早口に言う。



「すぐにアイリーンのところに行くぞ」


「大丈夫なのかよ!」


「大丈夫だ。入る直前に『王室の加護』を使った。水魔法の効果は全て打ち消されている」


「あ、アリアさん! 移動しながらでもいいんで色々説明してくれますか?」


「あぁ、そうだな」



 アリアさんが中にいる間にポロンくんに聞いてみたが、ポロンくんも分からなかった。本当に最低限の教育だったから、知らなかったのかもしれない。

 アリアさんはカーターを落とさないよう気を付けながら、しかし出来るだけ急ぎながら階段を下りる。



「MPが尽きると、体はHPを消費して魔法を使おうとするんだ。

 それだけじゃない。MPはHPを守るクッションの役割もしている。MPがなくなると、それだけでHPは少しずつ減っていくんだ」


「じ、じゃあ! 早くMPを回復させねーと!」


「あぁ。だが、私の回復魔法じゃMPを回復させられない」



 だからアイリーンさんのところに行くのか。階段を降りきった僕らは入り口の扉へと走る。そして、それを開いた瞬間だった。



「だいじょーぶ?」


「うっわ!」


「あ、アイリーン!? どうしてここに……」



 そのアリアさんの質問には答えず、アイリーンさんは軽く腕組みしながら言う。



「あのねー? 回復魔法って基本的に、HP回復させるやつだからー、熟練度10でもMPって10しか回復できないんだよー? しかもちょっとの時間だからすぐなくなっちゃうし」


「そ、そうなのか!?」


「まぁ、回復極めてる人って少ないから、知らなくってもしょうがないよねー。回復師でも8くらいだしー?

 まぁまぁ、落ち着きたまえ諸君ー!」



 落ち着けと言われても、落ち着けない。どうにかしてカーターを助けないといけないのに……。こうしている間にもカーターは弱ってると言うのに。

 そんな僕らをよそ目に、アイリーンさんはアリアさんに近づき、抱き上げられ、眠ったままのカーターの頭を撫でる。



「……何、してんだ?」


「んー?」



 すると、カーターの体が真っ白い光に包まれ、しばらくしてゆっくりと目を開ける。



「…………おねぇちゃん、だれ?」


「アイリーンだよー。はい、これあげるねー」



 アイリーンさんがカーターに差し出したのは小さなチョコレートだった。おずおずとそれを受け取ったカーターは、チョコレートを口に運ぶ。そして、小さく微笑んだ。



「……おいしい」


「はーい! アイリーンの治療しゅうりょーう」


「え? 今のでか?

 ……最初のは、普通に回復魔法使ったんだよな?」


「そーだよ?」


「……で、チョコレート食べさせただけですよね?」


「うん!」


「……本当に大丈夫なのかよ」


「心配なら鑑定してみればー?」


「ウタ」


「……カーター、いいかな?」


「うん、いいよ」



 ……見た目だけで結構元気になってる気がするのだが。まぁ、念には念を入れておこう! 鑑定!




名前 カーター


種族 人間


年齢 9


職業 暗殺者


レベル 60


HP 7300


MP 4000


スキル アイテムボックス・剣術(中級)・体術(初級)・初級魔法(熟練度6)・水魔法(熟練度8)・氷魔法(熟練度5)・光魔法(熟練度2)・闇魔法(熟練度4)・魅了


ユニークスキル 水龍


称号 キルナンス四天王・水の使い手・天才少女




 …………。

 ……全回復、だと!?


 と、そこまで思った僕は思い出す。アイリーンさんのスキル、『チョコレート』のことを。確か、HPMPを特大回復って……。



「……もしかして、チョコレート、使いました?」


「使ったー! 起きてないとちょっと無理だからー、回復魔法でMPちょっと回復させてー、起きてもらったー!」


「……チョコレート使ったのはおいらたちも分かるんだけど。普通のチョコレートでMPもHPも回復しねーよな!?」


「スキルの『チョコレート』使ったみたいで」


「回復、してたのか?」


「はい、全回復です」


「……うわぁ」



 うん、忘れかけていた節はあるけど、この人だいぶヤバイ人だからね。というかしれっと無詠唱で回復魔法使ったよね?



「っていうわけだからー……チョコレートー!」



 ぽんぽんぽんっと、僕らの目の前にもチョコレートが現れる。それを手に取り口に運ぶと、文字通り力がみなぎるような気がした。



「……チョコレートって、すごいな」


「ですね……」


「いや、普通違うからな!?」


「ところでアイリーン、」



 話を切り替え、アリアさんがアイリーンさんに訊ねる。



「お前のことだから、分かってること前提で話すが……カーターのこの症状、どう思う?」


「……うーん、」



 アイリーンさんは答えにくそうに笑ったあと、僕を見て言った。



「PTSDって、知ってる?」


「あっ」



 PTSD……心的外傷後ストレス障害。自分の命に関わるほど強いストレスを味わったとき、強いショックを受け、精神的に不安定になったり、その事に対して強い恐怖を抱いたりするようになる病気だ。

 この世界の人も前の世界と同じような症状を持つとしたら、カーターの過去を考えて、あり得なくはない話だ。



「PT……? なんだ、それは」


「あとでちゃんと説明しますけど、心の病気のことですよ」


「……病気?」



 カーターが不安そうにアリアさんにぎゅっと抱きつく。みかねてポロンくんがアイリーンさんに聞く。



「それってさ、魔法で治せるのか?」


「魔法では無理だし、そうじゃなくても簡単には治せないよ……」



 PTSDにこれといった薬はない。考えを根本的に変えるなりして体に覚え込ませなきゃいけない。



「ねー、とりあえず帰らない?」



 アイリーンさんが言う。



「提案があるんだよねー」

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