制限時間2分

「ストリーム! ……っ、ごめ、無理だっ!」



 水龍の攻撃をとっさに防ごうとしたポロンくんだったが、ステータスが元に戻ってるため、全く防ぐことが出来ずに、僕らはみんな攻撃をもろに受けてしまう。



「ったぁ……」


「ポロンくん! 大丈夫!?」


「だ、大丈夫……だけど、どーすんだよあれ」



 水龍は主の指示を受けてなのか暴走しているのか、とにかく暴れまくっている。そしてそれを出現させたカーターの目も虚ろだ。



「ウタ!」



 アリアさんが焦ったように僕の名前を呼ぶ。



「カーターを鑑定してくれ! 完全な無防備だ。HPとMPだけでいいから覗け!」


「わ、わかりました!」




名前 カーター


レベル 60


HP 6700/7300


MP 0/4000




 ……え?



「あ、アリアさん! MPが0になってます! あと、HPが」


「減ってるのか!?」


「は、はい! あの、これってどういう……」



 そうこうしている間に、水龍は完全にカーターの指示を無視し、主人を取り囲むようにぐるぐると回り、大きな渦になった。

 僕の言葉には一切答えず、アリアさんは僕らに言う。



「――2分だ」


「え?」


「2分経って私が戻ってこなかったら、すぐにアイリーンに助けを求めるんだ! いいな!?」


「あ、アリアさん!?」



 アリアさんはたった一人で、渦の中に飛び込んでいった。

 僕は追いかけようとしたが、ポロンくんに止められてしまった。



「おい! お前まで中に入ったら、誰が助けを呼びに行くんだよ! おいらは身分証がなくて、簡単に街には入れないんだ!」


「でも!」



 話している間にも、渦はどんどん巨大になっていく。



「……おいらたちがあの中に入ったら、その時点で終わりだ。待ってるしか出来ねーんだよ」



 悔しそうに唇を噛むポロンくんの横で、僕もただ、その渦を見つめた。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「王室の加護!」



 渦に飛び込んだ瞬間、私はそう叫んだ。王室の加護は最上級クラスのサポートスキル。ステータス10倍なんてのは出来なかったが、水魔法の効果を全て打ち消すことは出来るようだった。

 ただしその発動時間はたったの2分。その間に、なんとかカーターをこちらに呼び戻さないと。


 ……ウタが、MPが0になり、HPが減っていると言っていた。かなり危険だ。魔法を使うだけでHPが減ることはまずない。あるとしたら、力が暴走し、MPが尽きてもなお、魔法を使い続けようとする意思が働いているときだ。

 このままだと、カーターは確実に死ぬ。なんとかしなければ。



(……いた)



 渦に飛び込んですぐ、カーターがいるのが分かった。混乱状態にあり、今は水龍に力を奪われ続けるだけの存在になっている。カーターの意思を呼び戻さないと。



「カーター! 私だ! アリアだ! 頼む、戻ってきてくれ! このままじゃお前は――」



 ……ダメだ! 受け答えるどころか、聞こえてもいない。どうしたらいい? もう、声は届かない。声が届かないのなら、どうしたらいい?


 …………。

 ……ええい! 一か八かだ!


 私は、カーターを思いきり、強く抱き締めた。



「…………!」


「…………」



 小さな顔が、私の胸に収まる。

 何も言わず、ただ、抱き締める。

 何も言わなかったのは単に、何を言ったらいいのか分からなかったからだ。今のカーターに、私の言葉を信じろというのも、無理な話だ。



「…………やめ、て……」



 小さくカーターが呟く。かすれた、小さな小さな声だった。

 私は、抱き締めるのをやめない。



「こわいの……」


「…………」


「ひとりになるのが、こわいの。くらいのは、こわいの……」



 もう二度とそうはさせないと、させやしないと、そう伝わるように、抱き締める。

 小さな体だ。強く抱き締めたら壊れてしまいそうだ。


 それでも、強く強く、抱き締める。



「たすけてって、よんでもね……だれもきてくれないんだよ? ナイフをもった大人が、くるだけだよ……」



 でも、と、か細く付け加える。



「生きるために、同じことをしたんだから……こうやって死ぬのが、とうぜんなのかな」



 私は、そっと告げる。



「……お前が今しなければならないことは、生きて、償いをすることだ。たとえそれが、どんなに辛い状況だったとしても、罪は消せない」


「…………」



 …………。



「――でも、私だって人間だ。思うこと、感じることだってある」


「…………え」



 一度顔をあげたカーターを、もう一度強く抱き締めた。



「…………辛かったな」


「…………!」



 私の服を濡らすのは、水龍の滴だ。

 そして、私の頬を濡らすのも。



「私は絶対、お前を裏切らない。絶対お前を見捨てない。お前が……カーターが、本当のカーターになれるように、私は、お前を、心から愛することにした」



 カーターの細く、短い腕が、私の体をおずおずとつかむ。そして、ぎゅっと抱きついてきた。泣きじゃくるカーターの頭を、そっと撫でる。

 その瞬間、渦となっていた水が一気に形を失い、雨のように床に降り注いだ。と同時に糸が切れたようにカーターがふっと意識を手放し、そのまま眠ってしまった。


 カーターを抱き上げ周りを見渡すと、心配そうにこちらを見るウタたちを見つけた。そちらに向かって歩いていき、無理矢理笑って見せる。



「終わったぞ」



 二人は、ほっと安堵したようにため息をついた。

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