出発

 結果から言おう。また寝むれなかった。まぁ、昨日よりは寝れたかもしれないけど、作戦会議が盛り上がってしまったおかげで気がついたら真夜中。急いでベッドに潜ったが、寝たと思ったら夜明け。……当日なのにこんなんで大丈夫か?



「……おはよう、ウタ」


「おはようございます……眠そう、ですね」


「お前もな。……あー、くっそ。昨日夜中まで話してたからだよなぁ」


「ま、まぁ。仕方ないですよ。とりあえず、ごはん食べましょ」



 そうして、服を着替え――一応言っておくが、僕は洗面所の方で着替えている。そしてアリアさんにちゃんと確認とってから中に入っているよ!――スラちゃんを連れて下の食堂におりてきた。



「…………」


「……寝てるな」


「寝てますね」


「ぷる……」



 アイリーンさんは例のごとくカウンターですやすやと寝息をたてていた。



「気持ち良さそうで、いいな……」


「眠くなってきました……」


「あー! もう! またアイリーンが寝てる!」



 僕らがうとうとし始めたその瞬間、前に聞いたことがある声がして振り向いた。



「あ、チョコレートの銀貨の人」


「えっ?! そ、それ、俺のことっすか?」



 そう、始めてここに来たとき、アイリーンさんを必死にサポートしようとしていたが、結局振り回されるだけ振り回されていた、あの人だ。



「あーーー……あのときのお客さん! 聞きましたよー、アリア様だったんですね! うちのアイリーンがとんだ無礼を……」


「い、いや、気にしていない、大丈夫だ。な?」


「は、はい」



 というかそのあとめちゃくちゃ助けられてるしね。



「というか、あなたは一体……アイリーンさんの兄弟とか、旦那さんとか?」


「いや、俺はただの隣人Aです」


「……はい?」



 意味がわかりません。



「いやー、わりと前のことなんですけど、パーティーで個性の塊'sに戦い挑んで、ボコボコにされまして」


「なんてことを」



 勝てると思ったのか?! アイリーンさん一人倒すにもどれだけ人手がいるか……。



「その後、塊'sが解散して、アイリーンが『宿屋開きたいから手伝ってー』って」


「……それで、手伝ってるのか?」


「はい。自分達から挑んだ勝負で負けて、冒険者としてのメンツもボロボロだったので、新しいことを始めるいいきっかけになればいいな、なんて」



 なるほど、だからちょくちょく通って手伝ってるのか。……まぁ確かに、アイリーンさん一人じゃ危なそうだ。客が。



「他のメンバーって、なにしてるんですか?」


「塊のですか?」


「いや、あなたの」


「俺のですか? みんなここで働いてますよ」


「えっ?!」


「はい。ここで働いているのは、みんな、過去に個性の塊'sに負けた元冒険者です」



 ……ここ、すごいところだった。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「ご飯おいしかったー?」


「すっごくおいしかったです!」


「朝なのに結構食べちゃったな」


「ですね!」



 あの男性と話してから、やっとアイリーンさんが起きた。食事を終え、僕はアリアさんと顔を見合わせた。



「……じゃあ、僕らは行ってきます」


「色々ありがとうな」


「うん! 帰ってきたとき用に、ご馳走つくって待ってるー!」



 僕はポケットの中にある小さな球体をぎゅっと握りしめた。……大丈夫、全部うまくいく。



「大丈夫か? ウタ」



 ポロンくんとの待ち合わせ場所に向かいつつ、アリアさんが尋ねてきた。



「うーん……どうですかね。戦うって分かってて戦うのって、しかも、相手は人間ですからね」



 今まで相手にしてきたのは魔物たち。それと、ドラくんと、手合わせでアリアさんだ。ちょっと躊躇ってしまうかもしれない。



「……いざというときは、私を呼べ。何とかしてやるよ」


「……アリアさん」


「ぷるっ! ぷるるっ!」


「スラちゃんも、ありがとう」



 ラミリエを出て、ポロンくんと会う。昨日よりもどこか落ち着いたようなポロンくんは、僕らを見ると小さく笑った。



「……よっ」


「おはようポロン。準備はできてるか?」


「当たり前だい。おいらは、ちゃんと覚悟を決めてきたんだ」



 だから、と呟いて、僕らのことを見上げ、言うのだった。



「……おいらのこと、信頼してくれよ?」



 僕らの答えは、昨日のうちに決まっていた。



「もちろん!」


「あぁ、絶対だ」


「……本当か?」


「本当だよ。……絶対、信じるから」



 ポロンくんが、柔らかく微笑んだのが分かった。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「よっ!」


「あー! 久しぶりー!」



 場所を戻そう。ウタ達がラミリエの外へ出たあと、とある二人がホテル・チョコレートのカウンター越しに話している。一人はチョコレートをもぐもぐ食べつつ、もう一人は侍のような格好をしている。



「いやー、なんか面白い情報聞いたからさ! ちょーっとつけ回そうかなーなんて」


「わりと迷惑してたよー? 時計とかー、枕とかー?」


「でもちゃんと協力してるよ! 今回だって、順番教えてあげたし!」


「まぁねー。よく分かったねー、忘れてるんじゃないかなーって」


「人間は忘れる生き物だからね……」


「はいはい」



 みたところ、二人は気のおけない仲のようだ。侍の方がカウンターにのりだし、もう一人に問いかける。



「てかさ? ほんっとーにヤバくなったらどうするの? 助太刀する?」


「んー……しようかなー、とは思ってるよー? 起きてたら」


「起きてたらかぁ……そっかそっか。

 でもま、大丈夫そうだけどね」


「大丈夫だよー! 私も……ふぁぁ……寝ないしー…………多分」


「……きっと?」


「もしかしてー」


「不確かだ。これは寝るわ」



 これはそう、そんな……他愛なくくだらない話。

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