交渉

「おまたせー! スパゲッティー三つとー、紅茶とー、カフェオレとー、ココアだよー!」


「ありがとうございます!」


「うまそうだな」


「ですね!」


「…………」



 僕らはポロンくんを連れて、ホテル・チョコレートの食堂まで戻ってきていた。丁度お昼時だったし、話しがてらご飯にしようと思ったのだ。ちなみに、昨日の夜もここで食べたが……かーなーり! 美味しかったです! 一泊、朝食夕食つきで一部屋銀貨二枚なら安いかなーってアリアさんと話していたのだ。……まぁそう思うなら部屋別々にしてよって話になるんだけどね。



「……どういうつもりだよ」


「え?」


「お前ら、どういうつもりでおいらをここに連れてきたんだよ」



 ポロンくんが言う。ここまでの話の通り、僕たちにはポロンくんを突き出すだなんて、そんなつもりは更々ない。スラちゃん好きに本当の悪はいない。……そう、この間公言したじゃないか!



「……んー、特に大きな意味はないんだが、強いて言えば、お前とゆっくり話がしたかったから……か?」


「話?」



 アリアさんがうなずく。そう、別に名乗り出ろとか盗賊をやめろとか、そんなこと、簡単に出来ないことだって知っている。

 ……ただ、前にポロンくんと会ったときの彼の言葉が、どこか、胸に残っていたのだ。それを確かめたかった。だから連れてきたのだ。



「話って、なんだよ。言っとくけど、話せるのと話せないのとあるからな?! なんでもかんでも話すと思ったら大間違いさ!」


「分かってる。

 ……お前、続けたいのか?」



 盗賊を、と、本当は続くのだが、この場所には僕ら以外の人もたくさんいる。これ以上は言えない。だが、ポロンくんにはちゃんと伝わったようだ。うつむきがちに、ポツリと言う。



「……おいらだって、やりたくてやってる訳じゃないや」


「……なぁ、どうしてお前は、あそこにいるんだ?」


「それは――」



 ぷつっと、ポロンくんの言葉が途切れる。おそらく、言えないことなのだろう。どうしようかとアリアさんと顔を見合わせると、隣であか抜けた声がした。



「おやぁー? こんなところに都合のいい紙とペンがあるよー!」


「あ、アイリーンさん!?」



 にこにこしながらアイリーンさんは、何枚かの紙と羽ペンを二本、僕たちのテーブルに置いた。



「つかうー?」


「は、はい! ありがとうございます!」


「いいのいいのー! ……そのかわりさ、」


「……チョコですか?」


「ううん、違うのー」



 チョコじゃない……? 紙とペンの代償、そんなにヤバイやつなの!? と思いかけたが、アイリーンさんはスラちゃんに手を伸ばし、なでなでした。



「はぁーーー、かわいぃー」


「……え、あ、はい」


「ちょっと愛でさせてー」


「……どうぞ」


「ありがとー!」


「ぷるぷる~!(いってきまーす!)」


「ぷるぷるで喋ってるー! かわいいー!」



 アイリーンさんはスラちゃんを愛でながらカウンターの奥へと戻っていった。



「……あ、で、ポロンくん、続きは?」


「あ、そっか。えっと…………」



 ポロンくんは羽ペンを手に取り、紙に文字をはしらせる。



『人身売買で売られた女の腹の中においらがいたらしい。それで、運ばれてる途中で生まれて、あまりに不憫だからって、そのときの売買担当の男が拾って育ててくれたんだ』


「そうか。文字も、その時教わったのか?」


「そうだい。お前も文字くらい書けないとって教えてくれた。それ以外のことも、大体は教えてくれたよ。

 ……父さんって、こんな感じなのかなって思ったりして」


「そうなんだ……その人って、今は?」



 ポロンくんは、また文字を綴る。



『二年前死んだ。よく知らないけど、上層部の命令に背いたとかで殺された。お墓くらい作ってやりたかったけど、おいらには無理だったよ。

 そもそも、キルナンスで人身売買やってるって時点で、人権なんてない。お墓どころか、死んだことも世間は知らない』


「…………」



 アリアさんも僕も、なにも言えずに黙りこむ。少しして、アリアさんがもう一本の羽ペンを手に取り、文字を綴る。



『盗賊を続けたいわけじゃ、ないんだな?』


「そりゃそうだい。でも、無理な話だから、諦めてるだけだい」


「そうか」



 そして、僕の方をちらっと見る。これはつまり、あの提案をしてもいいかということだ。ポロンくんの事情は僕らもよくわかっている。だから、少しでも力になりたかったのだ。



『私たちは、上層部を倒したいと思っている』


「……は?」



 ポロンくんが少し制止する。そして、



「何言ってるんだよ! そんなこと、出来るわけないや!」



 そう叫んで立ち上がった。が、周りの視線に気がついたのか、ゆっくりと座り、文字を綴る。



『無理だよ。上層部は強いんだ。レベル70もあるんだぞ?』


「…………」


『それ、教えてよかったのか?』


「あっ……! き、聞いてない! お前らは、なーんにも聞いてない!」


「聞いてない聞いてない」



 読んでるわけだしね。



『普通は勝率はゼロに等しいが、私たちには勝ち目がある。戦略を練れば、勝てるかもしれない』


「…………」


「……私たちが倒す。だから、教えてくれないか?」


「……失敗したらどうなるのか、分かってんのかよ」


「大丈夫! その時は、僕を身代わりにしてくれていいよ!」


「ウタ! お前はまたそんなこと……。

 ポロン、お前は来なくていい。私たちだけでやることはやる。お前のことは絶対に話さない。お前の安全は保証する。


 だから、教えてくれ。情報がないと、これ以上はどうしようもないんだ」


「…………」



 ポロンくんは押し黙り、じっと考え込んでいるようだった。が、顔をあげると僕らの目を真っ直ぐに見たのだった。



「……分かったよ、教えるよ。でも、条件があるんだ」


「条件?」


「いーだろ? そっちの言うこときくんだから」



 僕らは顔を見合わせ、うなずいた。



「…………おいらも連れてってくれよ」


「え」


「もううんざりなんだよ! ……自由になってみたいんだ。おいらの手で、自由を掴んでみたいんだ!


 ずっと言いなりだった。だから、失敗してもいい。おいらも連れてってくれよ!」


「……参ったな」



 アリアさんはそっと、肩をくすめた。それは僕も同じ。忘れてるかもしれないが僕はヘタレ。ヘタレは押しに弱いのだ。

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