アリアの想い
「う、ウタ……?!」
……こういうときって、よくいる心イケメン主人公ならかっこいいこと言ったりして慰めるのだろうけど……あいにく僕は柳原羽汰。そんなスキルは持ち合わせてない。
「あっ、アリアさん! なか、泣かないでください!」
「いや、ウタっ、やめ」
アリアさんの肩をつかみガクガクと揺する。とっさに体がこの行動を選んだのだ。僕のせいじゃない。というか、この行動かその場から逃げるしか選択肢がなかった。
「な、泣いちゃダメです! 泣いちゃダメですって!」
「ウタ」
「泣いたら……泣いたら! 塩分不足になります! 熱中症予防! ミネラル補給! だから、ダメです!」
「分かった! 分かったから」
……言っているのは僕なのだけど、まるで意味不明である。
「目が腫れますから! 赤くなりますから! 痛いですから! よけい泣いちゃいますから! だ、ダメです!」
「う、ウタ……落ちつ」
「落ち着けませんよこんなのぉ! あ、アリアさんが泣いたら僕も泣きますから! というか、僕の方が大泣きしますからぁ!」
言っていたら目の前がにじんできて本当に泣けてきた。
アリアさんは泣き出した僕を見て、キョトンとしたような顔をして、やがて、
「……っく、あははっ!」
「……ふぇ?」
「お、おっまえ……くく、本当に、優しいやつだな」
「…………?」
アリアさんは肩から僕の手を離すと、机の上にあったハンカチを手に取り、少し乱暴に僕の涙をぬぐう。
「お前こそ泣くなって。というか、さっきのはなんだ? どうして私が泣いたらお前が泣く?」
「だっ……だって、誰かが泣いてたら、か、悲しいじゃないですか……」
「だからって泣かないだろ、普通」
そして自分の涙もぬぐうと手鏡を棚から取り出して覗き込む。
「あー、完全に腫れてんな。泣いたおかげでだいぶましになったが……ちゃんと目薬さすか」
「……えーっと、状況がよく分かりませんが、そのー、回復魔法とか効果ないんですか?」
「あっ、その手があったか。ヒール」
アリアさんの目の腫れが引く。ホッとしたように小さく笑うアリアさんを見て、安心はしたが疑問は膨らむばかりだ。
「…………で、えっと?」
「あぁ、ビックリさせちゃったかな。これだよ」
「これは……?」
霧吹きのようなものに入った液体。……なんだろ、これ。
「気をつけろよ。お前じゃ多分過呼吸になるくらい泣くからな」
「うぇぇぇ?! なんですかこれ!」
「催涙スプレーだよ」
「催涙スプレー?!」
それって、護身用とかのあれだよね? 魔物に効くの? っていうかアリアさん使うの、これ?
「いや、鎧とか買いにいったら、そこの店主が、これ、売れ残りでってくれたんだよ。
でも使ったことなくてな。間違えて自分の顔に吹きかけてしまって」
「だから、泣いてたんですか……?」
「そうだよ」
紛らわしい……。
「で、ウタは私を探していたのか?」
「あっ」
危ない危ない。当初の目的を忘れるところだった。僕はアイテムボックスから小さな箱を取り出した。
ここに入れといてよかった。大惨事になるところだった。
「あの、これを渡そうと思って」
「……どうしたんだ? これ」
「買ってきました。アリアさんに少しでも何か返したくて」
アリアさんがそっと箱を開ける。そこには、小さいケーキが入っていた。
エマさんに相談したとき、街の中の洋菓子店を教えられたのだ。
『洋菓子、ですか?』
『そう! ……アリアの称号、覚えてない?』
『……あっ!』
甘い物好き。そんな称号があって苦笑いしたような記憶がある。
「……貰って、いいのか?」
「あたりまえですよ! 第一、僕はアリアさんがいなかったら三回は死んでますからね!」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないです」
「そうか」
アリアさんは、髪を耳にかけて僕のことを見た。
「……ありがとう、ウタ」
おもわずドキッとした。ふわりと微笑んだアリアさんから、なんとも言えない色気というかなんというか……そういうものが垣間見えたのだ。
「……なぁ、ウタ」
「は、はいぃっ!」
「私は……どうしたらいいんだろうな」
「えっ……?」
唐突の質問。それも、どこかで聞いたことのある質問。
僕は一旦落ち着いてアリアさんに聞き返す。
「……どう、したんですか、急に」
「お前は決断した。これからのことを、自分で決めた。……私は、どうしたらいい? 私は……どうするのが正解なんだ?」
「アリアさん……?」
……何を迷っているんだろう。アリアさんは、これからもこの街で街の人を守っていくものだと思っていた。それが当たり前で、普通のことだと思っていた。
……でも、違うのか? それとも、アリアさんは別にやりたいことでもあるのか?
どちらにせよ、僕が言えるのは一つだけだ。
「……アリアさんの、やりたいようにやっていいんじゃないですか?」
「私の、やりたいように……?」
「僕にもそう言ってくれたじゃないですか! アリアさんが正直に言ったことなら、みんな受け入れてくれますよ!」
「そうかな」
「そうですよ! 絶対、大丈夫ですって!」
「……そうか。なら、無理だったとしても、言ってみる価値はありそうだな」
アリアさんはそう、何かを決意したようだった。そして、ケーキと一緒につけてもらったフォークをビニールから出した。
「いただきます」
……アリアさんの決意を知ることになったのは、そのすぐ後のことだった。
夜ご飯を食べながら、アリアさんは唐突にエヴァンさんに言ったのだ。
「ウタと一緒に、冒険者になりたい」
一瞬、その場の空気が凍りついた気がした。
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