五月雨
「ささ! 好きな席に座って! おぉ! スライムじゃないか! かわいいなぁー使役してんのか?! で、なに食べる? おすすめは玉子サンドだよ!」
「え、あ、じゃあそれで」
「はいよぉ!」
おずおずと店に入り、お座敷になっている席の一角に座る。お座敷と言っても掘りこたつのようになっていて、正座せずに座れる。ほとんどが四人掛けだが二人席もあって、僕は二人席の方に座った。
朝早いということもあってか、店内には僕しかいない。すっと鼻をつく木の匂いが懐かしい。初級氷魔法を発動させ、スラちゃんにご飯をあげつつ、そんなことを考える。
……なんか、母親の実家にでも帰省した気分だ。なにこれ。すごく安心する。今まで全く知らない世界で戸惑っていたのに、急に日本。とてつもない安心感だ。
「はいよ! 玉子サンドおまち!」
「はやっ!」
「へへ。早さとうまさが売りなもんでな。まぁ食ってみぃ、うまいからよ」
食パンにだし巻き玉子を挟んだだけのような素朴な玉子サンド。お皿に並んだ三つのうち、ひとつを手に取り口に運ぶ。
「うまっ!」
「だろだろ?」
とても懐かしい味がした。フワフワした玉子とパン。二つの味が合わさって、素朴ながら絶妙なバランスを生み出している。
「本当に美味しいです! 玉子も、出汁が効いてていいですね!」
「出汁……にいちゃん、出汁って言ったか!?」
「え?! あ、はい。言いましたけど……」
な、なんだろう。なにか僕、変なこと言ったかなぁ。と、そう思っていると、
「お前、日本人か!?」
「え!? あ、はい!」
反射的に答えた瞬間、玉子サンドを持っていない方の手を握って、上下にブンブン振られた。
「やったぜ! やっと日本からの転生者か! 寂しかったんだよぉ、俺は!」
「ちょ、ちょっと一旦落ち着きませんかぁ!?」
おじいちゃん……
転生者が多いこの地なら同じ日本人も現れるかと思い、店内を分かりやすいこの装飾にしたらしいが、30年間日本人の転生者が現れることはなく、諦めかけていたときに僕が来たと、そういうことらしい。
「黒髪黒目でも日本人じゃなかったりしたからよぉ……。ま、俺の髪はもう白いけどな! でも、出汁が通じて、もしかしてって思ったら、やっぱそうなのかぁ! 日本は出汁文化だもんな! いやー、待ったかいがあったぜ! 柳原羽汰、良い名前じゃないか!
まぁまぁ、ゆっくりと話そうぜ、な?」
「はぁ」
彰人さんは僕の向かい側の席に座り、にこにこしながら僕に話しかける。……た、食べにくい。
「俺がこっちに来たのは平成元年のことだけどよ、なんか変わったことあったか?」
「まぁ、いろいろありましたね。僕がよく知っているところだと……あぁ、大きな震災がありましたよ、世界的な規模の、本当に大きいやつ」
「なんだって? 一体どこで?」
「東北の方なんですけど、かなりの被害が出て……」
「…………そうか。明るい、話題はないか?」
「えっと……あ! その震災のあとに、東京五輪の開催が決まりましたよ!」
「本当か!? いやぁ、見たかったなぁ!」
「はい、僕も見たかったです」
「見ずにこっちに来ちまったのか?」
「はぁ」
「そりゃ災難だったな」
「あっ、あと、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたりとか」
「和食が!?」
「はい。あ、そうですよ! 消費税が8%になったんですよ!」
「うわそれ本当か? 俺らのときは確か3%……というか、元々無かったからなぁ」
「……ていうか、今年、平成最後なんですよ」
「ぬぁ?! て、天皇陛下が亡くなられたのか?!」
「いや、そうじゃなくて、生前退位って言って――」
そんなジャパニーズトークをしながら玉子サンドを食べ進め、あっさりと完食。美味しかった、普通に。
「……ていうか、僕と話してる間、人一人も来ませんでしたね」
「この時間は少ないのさ。来るとしたらアリア様とエマちゃんくらいだね」
そういえばよく来ると言っていた。
「実は僕、今、アリアさんのところにお世話になっていて」
「アリア様のとこか! いいねぇ、思春期の男の子には刺激が強いんじゃないのか?」
「やめてください!」
それから一息ついて、落ち着いた口調で、彰人さんは語る。
「アリア様は、良いお方だよ。誰にでも親切にしてくださる。この国のみんな、アリア様が大好きさ。彼女の身になにかが起こると知ったら、迷わずに助けにいくだろうさ。
……だって、アリア様ならそうするだろう?」
「…………そうですね」
「ぷるぷるっ!」
アリアさんは、いい人だ。それは分かっている。会って二日も経っていない僕にだって、分かる。
「な、羽汰。あれでいて、寂しがりやみたいなんだ、アリア様は」
「そうなんですか?」
想像できない。僕の中のアリアさんは、ひたすらに強かった。
「あぁ。だから、アリア様の側にいてやってくれ。アリア様は断るだろうが、その方が、きっといい」
だから、
「少し、考えさせてください」
すぐには返事ができなかった。
ヘタレな僕とアリアさんじゃ……僕なんて、頼りがいもない。
「僕じゃあ……アリアさんに、頼りっきりになってしまいますから」
「……そうか」
少し悲しそうに笑う彰人さんの顔が、やけに脳裏に焼き付いた。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
「お会計、銅貨1枚鉄貨2枚だよ」
「結構高いー!」
「こういうところはちゃっかりしてるのさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます