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第57話 三島由紀の苦手科目は国語である(7)

 夏休み。

 大学生ともなると贅沢にも二ヶ月ほどの休暇を得ることができる。

 だが、休みであってもやらなくてはいけないことがある。

 卒論の仕上げだ。

 卒論で必要なものといえば、資料になる。

 卒論一つのために、膨大な資料が必要となる。

 作家が一つの本を書くために、何十冊の資料を調べるように大学生も資料が必要なのだ。今の時代インターネットが普及しているといっても、浅い知識しか得ることはできない。

 調べたとしても、他の人間が書き上げた卒論が丸ごと例として載っているなんてことは稀だろう。

 だが、紙は違う。

 ちゃんとした情報が書き込まれている。

 こんな時代でも重宝されるべきは書物なのだ。

 今まではゼミの教授の部屋に入り浸ってなんとか書いていたのだが、それも限界というものがきてしまった。

 あまりにも教授の部屋にいすぎたので邪魔に思った教授が、いい加減図書館に行って本を借りて来いと叱責されてしまったのだ。

 本は好きでも図書館は苦手で、今まで行ってこなかったには理由がある。

 それは――

「はーい。おにいーさん。バックはそこのロッカーに置いてねー」

 この警備員の存在を含めたセキュリティの厳重さだ。

 この県立図書館に入館したら、まずバックをロッカーに預けなければならない。

 もちろんロッカーに入れた十円は返ってくるのだが、十円を用意しておかなければならないのが一々面倒だ。毎回思うのだが、ICカード等で入室できるか、そこらへんに両替機を用意して欲しいものだけど、俺の心の声は決して届かないようだ。

「重いんだよなあ……」

 本を借りたらここまでバックなしで持ってこなければならないのが面倒なのだ。

 卒論で使う資料となる本は漏れなく分厚い。

 どれもこれもお高いのだ。

 本当は何冊も買って家でじっくりと読んでおきたいのだが、一冊五千円から一万円以上するのだってゴロゴロある。それぐらい高いやつじゃないと、資料として役に立たないのだ。

 大学生はある意味人生において最もお金を持っていない時期なので、そんな一生で卒論にしか使わないような書物のために食費を削らないといけないのは困難極まる。

 市立図書館もあるのだが、そこよりかは本が大量にあるのでこうして県立図書館へと足を運んだのだ。

「いやー、暑いですねー」

「そうですねー」

 そしてここの警備員は無駄にお喋りしてくる。

 喋るのはそこまで嫌いというわけじゃないが、知り合いじゃない人と話すのは少しばかり苦手かもしれない。どこまでフランクに話せばいいのか分からないのだ。

 それなのに、美容院の人とかタクシーの運転手とか、服屋の店員など自然と話しかけてくる気持ちが分からない。

 この前、スーパーの店員にあれ? 今日も来てくれたの、ありがとう、とおばちゃんが話しかけてきたのだが、それ以来その人のレジに行かないことにした。顔が覚えられていることが妙に恥ずかしかった。

 もやしの安売りの時に買いだめしていたのを覚えられていたのかと思うと、あまり気分のいいものじゃない。

 そういうこともあるから、赤の他人とはあまり話したくない。

「まだこの図書館は冷房きいているからいいけど、出た時にはブワッと汗かいて大変だよー。あはははは」

「あっ、そうですね」

 適当に切り上げると、俺はようやく本棚が並んでいるところに到着する。

 何度かこの図書館にはお世話になっているので、卒論資料になりそうな本がどこにあるのか分かる。奥の方だ。

 シン、と図書館は静まってはいるが、微妙に話声が聴こえる。

 中高生だ。

 この季節になると夏休みか、テストのせいで半日休みになることが多い。

 そのせいで、ベラベラ図書館で話すような中高生が多くなる。

 だから図書館は苦手だ。

 微妙に会話が聴こえてくるのが逆に、気になる。

 ファミレスのようにガヤガヤ騒がれる方が楽だ。

 いくら友達とか知り合いがいるからといって、話してはいけないという注意書きまで貼っている図書館で話す人の気持ちなんて分からない。

「……あ」

 思わず声を上げてしまったことを後悔する。

 あっちが俺に気が付いてしまって、本から目を離してしまう。

 そのせいで、バッチリ眼が合ってしまう。

 日光が入る席に座っている彼女は読んでいる姿がとても様になっていた。

 だが、非常に違和感がある。

 だって、こんなところで会うとは思えなかったから。

「もしかして、三島か?」

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