第06話 三島由紀の苦手科目は国語である(6)
時計の針が終わりの時刻を告げる。
勉強というよりかは、今日は遊んでいたせいか、いつもよりも時の流れが早く感じる。
「じゃあそろそろ時間だね」
「そっか、もう終わりか……。あーあ。先生ともうちょっといたかったなあ」
「うんうん、そうやって勉強のこと好きになってくれて嬉しいよ」
「好きなのは……勉強じゃないんだけど」
「なんか言ったか?」
「ううん、なんでも、ないです……」
そっか。
なんでもない、か。
小声で言ったから今度こそ本音かなって思ったけど。
なんでもないなら、しかたない。
ちょっと期待しちゃったな。
この子には振り回されてばかりだ。
「それじゃあ、片づけようか」
いただいた紅茶のティーセットやら、ケーキの乗っていた小皿を手に取る。
「いいよ、先生。私が片づけるから」
「いいって、このぐらい」
「で、でも――」
言い争ったせいで残っていたカップが、お盆から零れる。
「あっ!」
「ご、ごめん! って……」
よりにもよって、こぼれた紅茶が三島の染胸元のシャツにかかる。
薄らと下着が見えてしまう。
しっかり見えてしまうよりも逆にエロい恰好にしてしまった。
「も、もう、先生のバカッ! そんなわざとらしく見たいなら、ちゃんと言ってくれればいくらでも見せるのに!!」
「いくらでも!? って、何っているんだ!! さっさとタオルで拭いて!」
「あっ、今、先生揺らいだ!? 私の下着見たいって思った!? だったらあ――」
三島は人差し指を唇に当てて、蠱惑的な笑みを浮かべる。
「補習する? 胸、触ってもいいよ」
「じゃあな」
バタン、とドアノブを閉める。
「あー、せんせえ。ごめえん!」
部屋から謝罪の声が聴こえるが、追いかけてこない。
カチャカチャと片づける音がする。
流石に三島も引き際を弁えているのだろう。
俺が片づけ手伝うとなったら、またグダグダ居座りそうだ。
さっさと帰ってしまおう。
「ふー」
溜め息がでてしまう。
三島が嫌いなわけじゃない。
むしろ好きだからこそ、遠ざけるのが難しいのだ。
それに、秋の空並みに気持ちの移り変わりが激しいので、彼女とかになると今日みたいに疲弊しそうだ。さっさと家に帰りたい。
いやいや。
なんで、三島が彼女になるとか妄想しているんだ!?
そんなこと考える必要ないだろ!
頭をブンブン振り回しながら、階段の手すりから手を放すと、
「どうされましたか? 先生」
「うわっ! い、いえ、すいません。な、何にもないですよ!?」
角からいきなり三島のお母さんが現れて、うわっ、と失礼にも言ってしまった。
気配が全然なかった。
音もなかった。
もしかして、ずっと死角から待ち伏せしていたのだろうか。
心臓が口から溢れるかと思った。
「す、すいません。片づけできなかったんですが、いつも紅茶ありがとうございます。おいしかったです」
「よかった。紅茶集めが好きなんですよ。美味しい紅茶のために、ネットで取り寄せたものが先生の口に合ってよかったです」
「へえ、ネットで」
「昔はわざわざ県外まで探したものですけど、今はネットで便利になりましたね」
「そうですねー」
三島の誘惑から逃げるためにも早く帰りたいオーラをガンガンだしているのだが、気づいてもらえない。……というよりかは気づいていないふりをしているように見えるんですけど。
娘も癖があったけど、この人は一癖も二癖もありそうだ。
「あら、先生、紅茶がこぼれてますよ」
「えっ、ほんとうですか?」
うわっ、恥ずかしいな。胸元あたりかな、と思っていたら、三島の母親は拭うハンカチを俺の股間に当ててきた。
「って、げええっ!」
「拭いて差し上げますね」
「いえっ、ちょ、いいですから」
俺の股間をジャージ越しに擦ってくる。
フキフキ上下にだ。
いや、この人何してくれてるの?
わざとか?
この人も結構天然入っているところあるからな。
ちゃんと旦那さんもいたはずだし。
二階に娘さんもいるのに、ねえ、さすがに浮気とかしませんよねえ!?
こんなの夜の営みの前準備みたいなものですよねぇ!?
しかも、三島の母親だけあって胸がさらに大きい。ひざまずいて俺の股間を一生懸命擦っている姿を見ているだけで、色々と我慢ができなくなる。
「大丈夫ですよ、大人だからって恥ずかしがらなくたって。誰でもありますから」
「いや、大人だからとか、恥ずかしいとか、そういうことじゃなくて!!」
屹立しそうな俺の分身を鋼の意志でその場でとどめているのも、限界だ。
ボロン、と正体が現れになる前に、三島の母親の手を振り払おうとしたが、逆につかまれてしまう。
「先生」
「は、はい!?」
「今日は夫が帰ってこないんです」
「へ、へー。そうなんですか」
「濡れたままじゃあ、帰れないですよね。ぜひお風呂にでも入ってください。お夕食もあるので、食べてくださいね」
「いえいえ、そこまでお世話になるわけには!」
紅茶を溢したのは俺のせいだ。
そこまで至れり尽くせりだと、恐縮してしまう。
「あっ、そうだ、せっかくだし泊まっていきませんか?」
「ええっ、いやいやいや。ほんとに! ほんとにいいですから! ご迷惑になりますから!」
早く帰りたいっ!
さっきからどんどん近づいていくるし。
圧が凄い。
背中が壁に当たる。
もう逃げ場がない。
「大丈夫ですよ。私も、それに娘も迷惑なんて思いませんから。それに、今日のお夕飯には自信があるんです。先生に食べて欲しくて」
「ゆ、夕食ってなんですか?」
「『親子丼』です♡ ぜひ、召し上がってください」
「失礼しましたアアッ!!」
脱兎のごとく逃げ出す。
玄関をちゃんと閉めずに、俺は走り出した。
だって、あの場にいたら喰うどころか、喰われるだろうがっ!!
違う意味でなッ!!
今度からはお母さんと会う時も気を付けるようにしよう!!
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