蛻の空
枝垂
蛻の空
蛻の空(もぬけのから)
〈CAST〉
男
女
〈舞台〉
ある教室。舞台中央に机が向かい合わせに二つ置いてある。
【0】
男、女、どちらでも良いが、前説をする。
セリフ:それでは、大変長らくお待たせしました。「蛻の空」開演いたします。
二人、向かい合わせで座る。なんてことない、普段通りのよう。
男 よーい、
【A-1 冬】
男、手を叩く。
男 あ、蚊。
女 はぁ?今冬だよ。
男 や、ホントホント。(掌を見せる)
女 見せんなって。てか、こんな時期でもいるんだ。
男 そりゃ見ないだけで。セミとかだってそうだろ。冬眠してるだけで、生きてんだよ。
女 セミってアレだよね。
男 何。
女 ほら、ずっと長いこと土の中いるじゃん。のくせして、地上に出たら一ヶ月そこらで死んじゃうんだよね。なんか、勿体ない。
男 そんな長いこといたっけ?
女 最近じゃわりと長生きするらしいよ。九月にだって鳴いてるじゃん。
男 あぁ、そう言われれば。
女 もっと早く外出たいって思わないのかな。
男 出ても死ぬだろ。
女 なんで。
男 土ん中いるのって、幼虫の時でしょ。そんなんで出たらすぐ死ぬって。
女 あ、そっか。えー、でもそれって楽しいのかなぁ。土で一生のほとんど過ごすって。
男 楽しいとか、そういうの無いだろ。
女 えー、生き物だからあるでしょ。
男 そりゃあるっちゃあると思うけど。
男、気付いたように掌を見る。そしてゆっくり結び、忘れるように服に擦り付ける。
【B-1 冬】
男、手を服に擦り付ける。
女 寒い?窓閉める?
男 あー、うん。
女、窓閉める。
男 ん、あれ。
女 どした。
男 あー…なんだろこれ。
女 え?
男 こんな感じのやりとり、前にもした気がする。
女 まぁ、あるんじゃない。
男 なんだっけなぁ。
男、悩む。
【C-1 秋】
男、俯き口を結んで黙っている。
なんとも言い難い、気まずい空気が教室に広がる。
長い、沈黙。
男 ごめん。
女 え。
男 …ごめん。
女 何が。
男 や、何か、その、変な感じで。
女 別に、いいよ。
男 ごめん。
女 …ううん。
女、気まずさに耐えかね、窓を開けて外を眺める。
【D-1 夏】
女、外を眺めている。
ふと、男を見る。
男はいつの間にか机に突っ伏し、表情が見えない状態。
女 あれ、寝てる?
男 寝てない。
女 眠そうだね。
男 眠い。
女 寝れば?
男 んー…そうする。
女、少しの間眠る男を見ている。
男、起きる。
女 あれ。
男 机じゃ寝れない。
女 わかる。
男 暑いし、無理だわ。
女 セミ、すごいな。
女、セミの声を外に閉じ込めるように窓を閉める。
【B-2 冬】
女、窓閉める。
男 ん、あれ。
女 どした。
男 あー…なんだろこれ。
女 え?
男 こんな感じのやりとり、前にもした気がする。
女 まぁ、あるんじゃない。
男 なんだっけなぁ。
男、悩む。
男 あ、デジャヴだデジャヴ。
女 そっちかい。
男 へ?
女 前のやりとり考えてんじゃなかったの。
男 あれ。あぁ、そうだった。
女 (笑う)
男 んー……わー、思い出せねー。
女 大した会話じゃないしね。
男 うー、
女 うるせ。
男 …あ。
女 え。
男 思い出した。
女 そう。
男 会話じゃなくて…
男、手を見つめて、ゆっくり開く。
【E-1 夏】
男、掌を見つめている。
女 何してんの。
男 手相。
女 急だな。
男 んー…うわ、長生きできねー。
女 どれ?
男 ここ。
女 みじかっ。
男 もう死んでしまう。
女 さよなら。
男 セミじゃん。
女 え。
男 セミと一緒じゃん。
女 じゃ、冬眠しろよ。
男 やだー、
女 私のは?
男 んー…どこ。
女 え、嘘。
男 ない。
女 え、ないの。
男 ない。
女 既に死んでるじゃん。
男 土の中じゃん。
女 土の中で死んでる。
男 うわー。ん。
女 何。
男 蚊。
男、手を叩く。
【F-1 秋】
男、手を叩く。
女、驚く。
男 びっくりした。
女 した。
男 猫だましー。
女 すげー、出来るんだ。
男 うん。
短い沈黙。
女 ありがとう。
男 え。
女 ありがとう。
男 何が。
女 …なんか。なんだろ。
男 なんだそれ。
女 …小さい箱を持っててさ、
俺 …うん。
女 中身なんてぎゅうぎゅうで、もの凄い密度なんだよね。でも、「小さい」。それだけで、
全部駄目、っていうか。ちっぽけなものだった、って、いうか。
…価値が、ない、っていうのかな。
男 うん。
女 あー、もう。バカだー。
女、窓を見る。外からはかすかにセミの声が聞こえる。
女 死んじゃえば良かった、なんて、
男、手を叩く。
女、驚く。
男 びっくりした。
女 した。
男、手を下ろす。
短い沈黙。
女 ありがとう。
男、俯く。
【C-2 秋】
男、俯いている。
長い、沈黙。
男 ごめん。
女 え。
男 …ごめん。
女 何が。
男 や、何か、その、変な感じで。
女 別に、いいよ。
男 ごめん。
女 …ううん。
女、気まずさに耐えかね、窓を開けて外を眺める。沈黙を埋めきれず、再び男の方を向く。
男、何となく顔を上げる。女と視線は交わらない。
女、手を叩く。
男、驚く。
女 びっくりした?
男 …した。
女 猫だまし。
男 出来てないけどね。
女 え、嘘。
男 叩くだけじゃ駄目だよ。
女 そうなんだ。
男 俺たちさ、どっちも虫だね。
女 虫ってか、セミ。
男 そうそう。でも、虫だよ。
女 私、土の中だけどね。
男 幼虫か。
女 あんた、ちゃんとセミじゃん。短命だけど。
男 俺も幼虫。外の光が見たくて、出来上がってない身体で地上に出た…すぐ死ぬ、愚かな
幼虫。
女 …私たち、虫じゃないよ。
男 や、そりゃそうだけど。
女 人間だけだよ。虫の生き様を愚かだって思うのも、それに自分を重ねてしまうのも。
男 …うん。
女 人間だよ。私たち。
男 うん。
男、何かを隠すように俯き、机に突っ伏す。
女、少しの間、男を見つめる。
【D-2 夏】
女、男を見ている。
男、起きる。
女 あれ。
男 机じゃ寝れない。
女 わかる。
男 暑いし、無理だわ。
女 セミ、すごいな。
女、窓を閉める。
女 去年、こんな暑かったっけ。
男 覚えてねー。
女 うわっ、
男 何。
女 セミ、
男 え、
女 ほら、そこ。うわっ、うるさ。てか中身グロっ。
男 窓叩けば。
女 ムリムリムリ、キモい。
男 触るわけじゃないのに。
男、立ち上がって女に代わり窓を叩く。
が、セミは飛ばずにミンミン鳴いている。
仕方なく、窓を開け自分の指につかまらせ、飛ばす。
再び、窓を閉める。
女 おぉー、すごい。
男 まー、男の子ですから。
女 さすが。
男 うっわ、何かついた。
女 見せんなよ。
男 うわあぁ、
男、掌を服に擦り付ける。
【A-2 冬】
男、掌を服に擦り付ける。
そして、その手を見つめる。
男 感情が無かったら、生きたいとも思わない、か。
女 虫?
男 階段の踊り場にさ、死んでるのか生きてるのかわかんないセミいるじゃん。
人が近くを通れば、ビビって羽ばたく。壁にぶち当たって、また地面に落っこちる奴もいれば、なんとか空に向かう奴もいる。
それって、生きようと、している、怖がっているって、ことだよな。
女 うん。…怖がっているんだ。
男 そりゃそうだよな。自分よりデカい奴が死の間際、横切るんだもん。
女 本能だよね。別に危害加えるわけじゃないのに。
男 それでも生きることを選んだんだよな。
女 選べるかな。
男 え?
女 そうなったら。死の間際、とんでもない恐怖が襲ってきても、生きようって。
男 本能が、そうしようとするんじゃん。
女 どうだろうね。虫より理性あるからなぁ。
男 じゃ、理性でちゃんと生きること選べよ。
女 そうねー。私は、私たちは、選べるんだよね。
照明変化。
【春】
男、窓から外を覗く。何かを探しているように見える。
女 どうかした。
男 セミ、の、声がした。
女 は?何月だと思ってんの。
男 …あ、見て。
女 飛行機雲だ。
男 目立つな。
女 快晴だしね。
男 他に、なんにもないし。
女 うん。
男 くっきりしてる。
女 他になんにもないからね。
男 なんにもないから、進めるんだ。
女 なんにもないのに、進めるんだ。いいな。
男 …進める。進めるんだよ。
女 なんにも持っていないから、
男 うん。
女、ふと窓の外を見る。
男 どうかした。
女 …セミの声、がした。
男 …いないよ、土の中で、まだ眠っているよ。
女 うん、
少しずつ、セミの声が空間を、教室を、2人を覆い隠す。
しかし、確かにそこは春だった。
セミは、鳴きやまない。
了
蛻の空 枝垂 @Fern_1230
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