決戦にて ある人の記憶と決意

 今は魔石を一体残らず殲滅している最中だ。それゆえに僕の魔法で撃破された魔石の欠片が辺り一面に飛び散っていく。形や大小の差はあっても僕の魔法にさらされたものだから、どれも魔石としての性質がなくなり時間とともに砂や土に戻る。僕のところへ降ってきた欠片も撃破された魔石から飛んできたという点では同じだけど、問題は魔石の欠片に埋まっている小さな指輪。


 これは絶対に魔石には必要のないもので、どう考えても人族の装飾品だ。僕は知りたくもない事実を確かめるために界気化した魔力を指輪に流し、刻まれた持ち主の記憶を最後まで読み取っていく。




 …………この人はここから離れたところの村で暮らしてたのか。そこで畑を耕し家族や村の仲間と笑い合う、そんなごく普通の生活をしていたある日、町へ出稼ぎに行っていた家族が帰ってきてお土産として指輪を渡され結婚を申し込まれた。この日はこの人にとっては人生で一番嬉しかったみたいだね。新しい生活も始まり、いつまでも笑いの絶えない日々が続くと思っていた矢先、村の近くで戦が起きる。


 すぐに戦火は村を飲み込み家が焼かれ畑も荒らされた。なんとか生き残った他の村人と連れ立って町まで逃げたけど、町も荒れていて受け入れてもらえない。帰る場所もなく途方に暮れていると、一人の男から話しかけられる。


『良ければ戦のない安全なところへ連れて行くが、どうか?』


 突然の誘いに怪しさを感じても、自分達だけではこの先の展望を見い出せずどうしようもなかったため誘いを受けるしかなかった。こうして男の先導のもと旅路を行くと、同じように別の人物に先導された戦火に追われた人達が合流していく。最終的に百人以上の集団となった頃、男は遠くに見えてきた砦のような町を指差す。


『私達の目的地は、あの町だ。あの場所なら誰しもが静かに暮らせていけ食料にも困らない』


 この人はその言葉を聞いて安心した。でも……、あの町を見た時から薄らとした寒気も感じていたみたいだね。この人と同じ悪寒に襲われていた人達が他にもいたみたいだけど、戦火に追われたという状況が、生きるか死ぬかの瀬戸際という環境が逃げるという選択肢を取れなかったのか。


『それでは門をくぐり中へどうぞ。道沿いにまっすぐ行けば広場があり、そこに食事を用意しています』


 男に言われるがまま門を抜け道を歩くと、この人は違和感を感じていた。止まって違和感の正体を確かめたい思いもあったけど、どんどん後続も進んでくるため止まってはいられない。それに漂ってくる料理の良い匂いが足を進めさせる。そして広場に着くと、そこには山盛りのおいしそうな料理が机に並べられていた。


『量はたくさんあります。皆さんで食べながら旅の疲れを癒してください』


 いつの間にか広場の真ん中にいた男が両手を広げながら呼びかけると、子供達が料理に飛び付き大人達も一人また一人食べ始めた。この人も戦火に追われて以来のきちんとした食事という誘惑に耐え切れず食べ始める。明日、自分達がどうなるかわからないから、今日を生き残るためにとにかく食べた。そして、もうこれ以上食べられないというところまで食べて一息つく。


『こんなにたくさんの料理を用意してくれた人達に感謝しないといけないね』


 この人は近くの人達の会話が聞こえて門を通った時に感じた違和感の正体に気づく。自分達が住んでいた村よりもはるかに大きい町なのに、ここには人がいればあるはずの生活音がなかった。音だけじゃなく馬などの家畜の臭いもしないし、まるで新しく町に足を踏み入れた自分達以外に誰も何もいないかのようだ。この事実に気づいて、この人は怖くなり目立たないように周りを見てみた。


 願うように探したが最もにぎわいがあるはずの広場の周りに自分達以外にいないし、広場に面した建物だけでなく目に入る全ての建物の扉や窓は閉められていて人がいるようには見えない。そして決定的な事に、これまで自分達を先導していた男が、自分達を何の感情も表さない目で見ていた。


 何もかもおかしいに気づき叫び出しそうになっても我慢し、この人は男が自分から目線を外した時にできるだけ静かに席を立ち広場から離れた。そして必死に走り自分達が通った門まできたが、その門が閉まっているのを見て呆然と立ちすくむ。見上げるような門が閉まれば絶対に音が鳴るはずなので、例え食事に夢中になっていたとしても聞こえないはずがない。


『おやおや、あなたは気づいてしまいましたか』


 声が聞こえて振り向くと男がいた。わけのわからない事態と不気味な男から逃げたい一心で別方向へ走り出すが、角を曲がったら男がいた。


『無駄ですよ。あなた達はある役目のためにここへ連れてこられた存在なので逃げられません』


 もう一度、振り向いて逃げようとしたけど動けない。この人が足を見ると石畳みに沈んでいた。次の瞬間、広場の方から叫び声が聞こえてくる。そしてこの人の身体も、どんどん沈んでいく。


『あなた達のような何の価値もないものでも栄養にはなります。神の卵の一部になれる喜びとともに沈みなさい』


 男のこの言葉を最後に、指輪に刻まれた持ち主の記憶は途切れている。




 本当に、本当にこいつらは気に入らない。命を軽んじて弄ぶ奴らは必ずここで潰す。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューもお待ちしています。

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