幕間にて 望んだ決闘と突きつけられた現実

 目の前の空間をにらみ拳を突き出し次に蹴る。他にも回り込んで肘をたたき込んだり、つかんで投げる。そして地面に倒した想像の相手の顔に拳を落としたところで、俺は動きを止めた。…………いつもなら良い感じに集中できて、誰かに止められるまで続けられるのに今日はダメだな。


「…………チッ」


 俺は立って空を見上げた後、周りを見渡す。広場の真ん中に陣取っているため、広場のあちこちで一人で俺のように動いていたり、二人で戦っている奴らがよく見える。……どいつもこいつも俺と同じか。今一つ集中できておらず、動きにキレがない。まあ……、この広場にいる奴らは全員ヤートのあれを見てるからしょうがないとは思う。


「おやおや、ずいぶんと雑な鍛錬だね」

「ばあちゃん……」

「集中してない鍛錬はケガに繋がる。お前達、今日はもう止めときな」

「…………あれを見てから動いてないと落ち着かねえんだ」

「気持ちはわかるよ。あたしもイーリリスもカイエリキサも同じだ。…………まったく、あの坊やはとんでもないものを見せてくれたね」

「ばあちゃん……、ヤートは?」

「何も知らない奴が見たら重傷を負ったとは思えないくらい静かにぐっすりと寝ているよ」


 また、あの光景が俺の頭に浮かぶ。あの時のヤートは、どうしてあんな事ができたんだ?


「……ばあちゃんは、ヤートの説明を理解できたか?」

「あたしは小難しい事を考えるは苦手だからわかったのは、あの坊やがあたしと戦いながら命をすり減らしていたっていうくらいだね」

「教える立場のあなたが考える事を放棄してどうするのですか?」

「そうですよ。まったくあなたと来たら昔から嘆かわしい」

「チ……、あんたらも来たのかい」

「ええ、身体を動かしたくなったので」

「同じくです。ヤート殿の事はラカムタ殿とマルディ殿に任せてきました」


 ばあちゃんとイーリリスさんとカイエリキサさんは俺から少し離れたところで三人での戦いを始める。…………一瞬焦ったけど、三人の動きはとりあえず身体を動かすといった感じで良かった。そんな中、ばあちゃんが二人に質問する。


「イーリリス、カイエリキサ、あの坊やをどう思う?」

「…………漠然とした聞き方ですが、言いたい事はわかります」

「そうですね……、あのあまりにも死に慣れているところが気になりますね」

「やっぱり、あんたらもそう思うかい……」

「はい、ヤート殿には同調という特殊技能があり、それで自分の状態を把握できてるとはいえ、あそこまで迷いなく自分を追い込めるものは見た事がありません」

「確認のため、ラカムタ殿とマルディ殿に聞きましたが、ヤート殿は幼少時に死にかけた事はないそうです」

「しかも、ギリギリの状態だった自分も冷静に説明できる。前に坊やは、自分を感情が薄くいろいろズレていると言っていたから、それだけの事と言えばそれまでなんだが、やっぱり気になるね」


 三人の話してる事は、俺の疑問そのものだ。ヤートとばあちゃんが戦っていた最後の方で、ヤートは地面に背中から叩きつけられた後、ゆっくり立ち上がり大きく息を吐くと明らかに変わった。なんていうか自分の中を削ぎ落として戦うだけの存在になったって感じだよな。


「あとは、あたしを崩せるくらいに異常な精度になったのも気にはなる」

「それに関しては、おそらく自分を極限まで追い込んだ事で普段使わない、または使えない力を発揮したのだと思います。かつて私にも先代水添えみずぞえと立ち会った時に、何度か経験があります」

「そう言われれば、私にも思い当たる事はありますね」

「あー、あたしは追い込まれた事も負けそうになった事もないからわからないねえ」

「「…………」」


 うげっ‼︎ ばあちゃんの発言聞いて、イーリリスさんとカイエリキサさんから殺意混じりの魔力が放たれた。


「二人とも、いきなり本気になってどうしたんだい?」

「負けを体験させてあげますよ」

「私も、好きなだけあなたを追い込んであげましょう」

「面白い。やれるものならやってみな‼︎」


 ばあちゃんまで身体から魔力を放ち始めたから、三人を見ていた俺達は全力で逃げた。爺さん、おっさん、早く止めてくれ。




 次の日になって、やっと俺はヤートと向い合っている。待ちに待った決闘だ。今の俺を全て出す‼︎


「今日は今まで我慢した分、全力でやるからな‼︎」

「うん、よろしく」


 前の交流会の時の決闘と同じで、ヤートに俺への緊張も恐れもない。まあ、ばあちゃんと戦ってるヤートからすれば緊張する方が難しいか。……だったら俺の事をビビらせてやる‼︎ 俺は準備のできたヤートに飛びかかって行った。




 クソクソクソクソッ‼︎ ここまでか、考えを読まれるとここまで当てられないのかよ‼︎ 俺は始めからずっと攻め続けてるのに、ほんの一撃も当てられないし、そもそもかすりもしない。しかも、ヤートは開始地点からほとんど動いていない。クソクソッ‼︎ どうにかしないと‼︎


「オラアッ‼︎」


 俺は一対一なら大人でもそうは避けられない自分の最速の一撃を繰り出した。でも、ヤートにとっては他の打撃と大差がなかったようで、当たる瞬間に俺の横へ回り込むように避けられ、さらに押されて勢いを殺せない俺の身体は地面に倒れていく。


「ウオッ‼︎ ……諦めてたまるか‼︎」


 倒れたら負けだと思った俺は、地面を強く叩き反動で姿勢を取り戻す。


「まだま……、えっ?」

「僕の勝ちだね」

「なっ⁉︎」


 俺が倒れる前にヤートがいた方を向くと、そこにヤートはいなかった。そして一瞬棒立ちになっていると、俺の後頭部が触られた。


 後頭部を触られるのは戦いにおいて後頭部を殴られるのと同じで、かなりの確率で決着となる。つまり俺の負けで振り向くと、ヤートはすでに黒が集まるところへ戻ろうと歩き出していた。俺は思わずヤートを呼び止める。


「待て‼︎」

「クトー、何?」

「……もう一戦、頼む」

「良いよ」

「すまない……」


 ヤートは迷わず受けてくれた。もう勝ち負けは、どうでも良い。あとはヤートに断られるまで俺とヤートの差を感じるだけだ。


 次の一戦で、俺は当てる事にこだわり手数と速さを限界まで上げた。しかし、ヤートには変わらず避けられ正面から眉間を触られた。これが実戦なら顔面を殴り飛ばされてるのか……。次だ‼︎ 二戦目はヤートを捕まえようと打撃の間にヤートへ何回も必死に手を伸ばす。でも、一度もヤートの服に触れなくて、逆に俺の伸ばした手をつかまれて地面に投げられた。しかも、抵抗できずに倒れた俺の顔のすぐ横をヤートに踏まれる。これは顔を踏み潰されたのと同じか……。ここまで何もできないと清々しくなるなと思っていると、ヤートに起こされる。


「まだ決闘を続けないとダメ?」

「いや、今の俺だとヤートには勝てないとわかったから大丈夫だ。……ただ一つ聞いても良いか?」

「うん、僕に答えられる事なら答えるよ」

「俺は交流会の時と比べて、今の俺はどうだ?」

「強くなってるよ。きっと兄さんや姉さんと良い勝負すると思う」


 …………ガルとマイネの魔力と強烈な視線は無視だ。


「それなら何で俺はお前に何もできない……?」

「単に僕の戦い方との相性だね。まあ、相手の思考を感知できる存在は、ほぼいないだろうから今の僕との勝敗は気にする必要はないと思うよ」

「負けは負けだ‼︎」

「……クトーがそう思うなら、それで良い。もし、僕に勝ちたいならグレアソンさんくらいに強くなるか、グレアソンさんや僕の父さんみたいに考えずに動けるようにならないと無理だっていう事だけは言っておくよ」

「ああ、それはわかった。今の俺とヤートの差が本当によくわかった。宣言しておく。俺は必ずヤートに追いつくからな。そして絶対にお前を倒すぞ‼︎」

「そっか、楽しみにしておくよ」


 少しずつ増してくる悔しさ、何もできなかった無力感、強くなれるのかっていう不安、全部飲み込んで絶対に強くなってやる‼︎




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューもお待ちしています。

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