青の村にて 魅惑の香辛料と尾を引く不穏

 ラカムタさんとの話し合いが終わり食事になる。ちょうど僕達三人が起きた時が昼時だったから良かったよ。


 まともに食事ができなかった前世の時は、食べるっていう感覚がわからなかったし食欲すら無かった。やっぱりまともな身体って大事だね。僕は自分の食欲を満たしつつ僕の両隣に座って焼けた肉を食べている兄さんと姉さんをさりげなく観察する。


「アグゥ、ムグムグ。……お、これも焼けてるな」

「ちょっとガル!! それは私が目をつけてた肉よ!!」

「食うのが遅い方が悪いんだよ。それとも、この焼けた肉のどっかにお前の名前が書いてあるのか?」

「グギギ」


 珍しく姉さんが兄さんに言い負かされてギリギリと歯をくいしばってる。……二人の食べっぷりも言動も、いつもと変わらず違和感は無い。やっぱり昨日の夜だけ様子がおかしかったんだな。


 おっと、姉さんが怒りで女の人がしちゃいけない顔になってるから、これ以上姉さんの機嫌が悪くなってケンカにならないようにしないと。僕は腰の小袋から、さらに小さい小袋を取り出して姉さんに話しかける。


「姉さん」

「……何よ」

「焼けた肉にこの小袋の中身の一摘み分を指で潰しながらふりかけてみて」

「これを?」

「うん」


 姉さんがほんの一摘みの実をすり潰しながら焼けた肉に振りかけると、周りに刺激的な食欲を誘う香りが広がっていく。


「ヤート……これは?」

神林胡椒グリーンペッパーだよ。食べてみて」

「え、ええ、アム……、美味しいわ!!!!」


 三体が大霊湖だいれいこの水を飲んだ時みたいに、叫んだ姉さんが一心不乱に肉を食べ始めた。姉さんが喜んでるのを見て僕が満足してるとグゥーっていうお腹が鳴る音が僕の後ろから聞こえて、振り返ったらラカムタさんが立っていた。


「ヤート、その神林胡椒グリーンペッパーだったか? それはどうしたんだ?」

「前に大神林だいしんりんの奥に行った時に見つけたのを焙煎ばいせんしてみたけど、僕だと刺激が強すぎて食べれないから使い方に悩んでたんだ。ラカムタさんも使ってみる?」

「あ、ああ、試させてくれ」


 夢中になって肉を食べている姉さんの手元から神林胡椒グリーンペッパーを取ってラカムタさんに袋の口を向けた。ラカムタさんは姉さんと同じように袋から一摘み取り出し焼けた肉に振りかける。そして意を決して肉にかぶりつくと目をカッと見開いた。……三体や姉さんと似た反応だけど、ものすごく美味しいものを食べた時は、こういう反応になるのかな?


「……これはうまいな」

「ラカムタさん」

「……」

「ラカムタさん?」

「…………」

「ラカムタさん!?」

「…………」


 ラカムタさんはボソッとつぶやいた後に、姉さんと同じかそれ以上の勢いで焼けた肉を食べてる。僕が呼びかけても気づかないくらい夢中になってるのは、さすがにこれは異常だ。


神林胡椒グリーンペッパーは、別の使い方を考えた方が良さそうだな」


 僕が神林胡椒グリーンペッパーの小袋を閉じて腰の袋に戻すと、周りから「ああ……」っていう残念そうな声が漏れ聞こえてきた。




 みんなの食事が終わって片付けてると、ハインネルフさんが近づいてくる。僕に何か用かな?


「ヤート殿、この後は何か予定はあるのだろうか?」

「三体と話した後は、ゆっくりするつもりだよ」

「それでは青の畑を見てもらいたいのだが」

「わかった。村の中にあるんだよね?」

「そうだ。よろしく頼む。……それとだ」

「何?」

「わしも先ほどの神林胡椒グリーンペッパーを試してみたくてな」

「うーん……」

「ダメか?」

「たぶん大丈夫だと思う。でも刺激が強いから使うのは本当に少しずつにしてね」

「心しておく」


 ハインネルフさんに神林胡椒グリーンペッパーが入った小袋を渡した。この時に周りのみんなの目がギラッて光った気がしたから一応頼んでおこう。


「その神林胡椒グリーンペッパーは、僕もいろいろ試してみたいから使い切らないで」

「うむ、その辺りは重々心得ている」

「それじゃあ、また後で」

「うむ」


 片付けも終わったから三体のところへ向かう。ハインネルフさんの周りに集まってくるみんなが鼻息を荒くして神林胡椒グリーンペッパーを見てるのは気にしないでおこう。




 青の村を出て三体のところへ行くと、鬼熊オーガベア破壊猪ハンマーボアは地面にうずくまり大霊湖だいれいこからの風に気持ち良さそうに吹かれていて、ディグリは人で言うと髪の毛にあたる部分の葉を大きく広げてサンサンと降り注ぐ日光を浴びていた。


「今日の朝ぶり。調子はどう?」

「ガア」

「ブオ」

「良イ感ジデス」

「良かった」


 三体に同調しても今の三体の身体に何の問題は無い。やっぱり、おかしかったのは昨日の兄さんと姉さんだけか。


「実はさ、昨日の夜に兄さんと姉さんの様子が変だったんだ。ここにいて何か変な事とか嫌な気配はなかった?」

「……ガア。ガ?」

「ブブオ」

「……私モ特ニ何モ感ジナカッタデスネ」

「そうか……、まあ、兄さんと姉さんがおかしかったのは偶然かもしれないし、ちょっと変な事があったって警戒まではしなくて良いから覚えてて」

「ガア」

「ブオ」

「ワカリマシタ」


 三体に聞いても異常は無いけど、もし人知れず嫌な事態が進んでいるとすれば、の同類が近くにいるのかもしれない。三体には偶然かもしれないとは言ってみたものの、こういう嫌な予想は当たるものだから油断はできないか。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューをお待ちしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る