幕間にて 勝負の後と白の少年への興味

 ヤート殿が掌のケガの状態を確かめているとラカムタ殿が近づいてきてヤート殿の頭に拳骨を落とした。ゴツンという鈍い音がしてヤート殿が無事な右手で頭を押さえる。


「痛い……」

「ヤート、無茶をするなと言ってるよな?」

「最後の方は少し意地になってたけど冷静に戦ってたよ?」

「本当に冷静に戦ってたら、模擬戦でそんなケガはしない」


 ラカムタ殿がヤート殿の左掌を指差しながら指摘する。しかし、ヤート殿の負ったケガはヤート殿のせいではないので、そこはきちんと言っておくとしよう。


「ラカムタ殿、ヤート殿を責めないでいただきたい」

「タキタ殿……しかしだな」

「わしがヤート殿から思いもよらぬ攻撃を受けて動揺し雑な対応をしてしまったのが原因です。責めるならわしを」

「……今はこれ以上言わない事にする。ところでヤート、そのケガは治せるのか?」

「折れた骨を骨継ぎしたら、すぐに治せる」

「手伝うか?」

「うーん、とりあえず自分でやってみる。それでダメなら手伝って」

「わかった。慎重にやるんだぞ」

「うん」


 ヤート殿が治療を始めようとしたら歩いてきた人型の植物――名前はディグリ殿だったかな――がヤート殿の隣に座りヤート殿に話しかけた。


「待ッテクダサイ。私ニヤラセテクダサイ」

「ディグリ、まずは自分でやってみるから良いよ」

「手ノ骨ハ細イノデ、無事ナ片手ダケデ繊細サガ必要ナ骨継ギヲスルノハ難シイハズデス。私ニ任セテクダサイ」

「…………それもそうか。それじゃあ、お願い」

「ハイ」


 ディグリ殿がヤート殿の骨が折れている左手を手の甲を上にして両手で包むように持つと、ディグリ殿の両手の形が崩れていきヤート殿の左手を包む樹の球となった。


「ソレデハ親指ノ骨継ギカラ始メマス」

「うん、任せる」


 ディグリ殿が宣言してヤート殿が了承すると、ヤート殿の親指があるだろう部分が急激に形を変えペキッという音が響く。その後も次々と形を変えていき順番に人差し指から小指の骨継ぎしていく。そして骨継ぎが終わると今度はディグリ殿の両手である樹の球が何かをこねるような波打つ動きに変わり内部から湿ったものが形を変えるクチャクチャという音がする。


「なかなか痛いね」

「モウ少シデ終ワルノデ我慢シテクダサイ」


 ……おそらく、わしがズタズタにしてしまった左掌の肉を整形しているのだろうが聞いていて気分が良い音ではない。ヤート殿はうめきも身動きもせずに静かにディグリ殿の治療を受けていて、むしろその様子を見守っているラカムタ殿や他の水守みずもり達に姫さまや子供達の方が痛そうに顔をしかめたり少し腰が引けている。


 わしは気になっている事を確認するためラカムタ殿に話しかけようとしたが、ラカムタ殿は察してヤート殿とディグリ殿の邪魔にならないように少し離れていったので、その後を追い話しかけた。


「ラカムタ殿、ヤート殿は痛みを感じるんですよね?」

「ああ、それは間違いない。ただヤートは痛みを痛いと思うだけで外に反応を出さない」

「今のヤート殿のケガは我慢強い大人でもうめくぐらいはするはずですが……、あれはまるでケガに慣れたものが小さな切り傷を淡々と処置しているかのようです。ヤート殿はケガに慣れているのですか?」

「俺の知っている限り大きなケガをしたのは普人族ふじんぞくの城で騒動に巻き込まれた時くらいだな。ただヤートの場合、黒のみんなが知らないところでケガをしているかもしれないが、あの三体が見逃すとも思えない。さらに言えばヤートは植物の力を借りれるが、今のヤートが鎮痛効果のある植物を使っていない」

「それでは一体……?」

「……わからないとしか言えないな。はあ、まったくヤートの事となったら確かな行動を取れないのが歯がゆい」


 ラカムタ殿が頭をかきながらため息をつく。ただヤート殿を見るラカムタ殿の目は、どこまでも優しげで心配の色に染まっていた。


「ヤート殿は、そこまで周りを心配させているのですか?」

「心配だけじゃなくて困惑もあると言えばあるな」

「ほう……」

「ヤートが一人で散歩するようになったある日、突然上半身裸で血だらけになって帰ってきたと思えば高位の魔獣である鬼熊オーガベアの傷の手当てをしていたと言うし、普人族ふじんぞくの城で騒ぎに巻き込まれた時にはヤートは自分ごと相手を串刺しにした」


 たった二つの事を聞いただけでもヤート殿が普通ではあり得ない体験をしているのがわかる。


「……それは目が離せませんな」

「本当にそうだ。昔に比べると今は事前に報告なり相談してくれる事もあるからマシにはなってるが、ヤートは他の奴らが二の足を踏む状況でもためらわず進んで、あっさりと帰ってくる」

「わしも青の村で数々の問題児を見てきましたが、ヤート殿はそういうもの達とは違うようですね」

「ああ、ヤートはどんな状況でもほぼほぼ無傷で帰ってくるから危ない事するなって言っても本人にケガが無いせいで強く言えない。それにヤートの行動で黒の村が不利益になった事もない」

「怒りづらいですね」

「まあ散歩として危険地帯に足を踏み入れるのは、あの三体がヤートを守るためにそばにいるだろうし百歩譲って良くはないが良いとしよう。だが、せめて事態を解決するのに必要ならば自傷もするという、あの思い切りの良さは何とかならないかと黒ではよく話になる」


 ラカムタ殿は愚痴にも聞こえる事を言っているが表情は苦笑していた。


「何やら楽しそうにも聞こえますが……」

「……そうかもしれない。黒はヤートが生まれてから日々刺激だらけだ。おかげで精神的に強くなったんだが、それでもヤートには驚かされてばかりだな」


 その後もラカムタ殿からヤート殿の話を聞いていると、ヤート殿は自然体で周りとは関わり合う事は少ないにも関わらず周りに影響を与えているのがわかる。かく言うわしもヤート殿の言動に目が離せなくなっているのだが、ヤート殿のこの求心力はどこから来ているのか? それにヤート殿の欠色けっしょくを受け止める考え方は誰にも習っていないようだが、なぜそのような考え方に至ったのか? 興味が深まるばかりだ。




 ラカムタ殿との話が終わりヤート殿のところに戻ると姫様が近づいてきた。その表情は生まれた時より見守ってきた中で一度も見た事がない表情をしていた。


「タキタ、青の村に戻って時間ができたら私と手合わせをしてほしい」


 決意のこもった強い言葉だった。これもヤート殿の影響だろうか?




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューなどもお待ちしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る