帰りの旅にて 同調と原因

「我らの主を診てはもらえないか?」

「サムゼンさん、それは……」

「お前の言いたい事はわかる。だが、この先で偽毒を解毒できるような技量の薬師に出会えると思うか?」

「…………いいえ」


 豪華な馬車があって中から人が出てこないから頼まれるかもしれないとは思ってだけど、どうしようかな。はっきり言えば、これ以上この人達に関わりたくないけど、サムゼンさんの言い方だと明らかに病人、それも重症みたいだから見ないふりするのもな。……うん、結局乗り掛かった船だし最後まで関わろう。


「話はまとまった?」

「すまない。もう少しだけ待ってくれ。今、近衛に確認する」


 サムゼンさんは馬車の入り口に向かうと、トントントトン……トン、トトンって扉を叩いた。合言葉みたいなものか。おっ、馬車の中から女の騎士が顔を出した。と言う事は、護衛されてる主って言うのは女の人だね。


「サムゼン殿が合図をしたと言う事は盗賊を退けたみたいだな。被害状況は?」

「ほとんどのものは軽い打撲や切り傷だが、盗賊の襲撃当初に矢を受けた騎士二名が偽毒と思われる毒にかかった」

「……盗賊が偽毒? いや、今は解毒の為になんとか先を目指すべきだな。この先の旅に耐えられそうか?」

「すでに二人の解毒は終わっている」

「何? どういう事だ?」

「そのままの意味だ。盗賊の討伐に協力してくれたもの達の中に解毒ができるものがいたのだ。そのものによって、すでに二人の体調は回復に向かっている。そこで提案をしたい」

「なんだ?」

「姫さまの身体をヤート殿に診せたい」

「本気で言っているのか?」

「ああ、もちろんだ」

「どこと関わっているかわからないものに姫様の身体を任せれるはずがないだろう」

「通常であればそうだがヤート殿であれば問題ない」

「何故そう言い切れる」

「本人を見てもらった方が早い。ヤート殿、こちらに来てもらえるか」


 呼ばれたから行くわけだけど、あの女の騎士は関わり合いたくない。見るからに堅物そうだし今も僕の事を鋭い目で見てくる。


「何?」

「こちらは近衛騎士のリリ殿。リリ殿、先ほど言った偽毒の解毒を行なったヤート殿だ」

「なるほど竜人族りゅうじんぞくなら、確かに問題ないな。しかし、君は何色なんだ? いや、まずは私が名乗るべきだな。私はリリ。我が主、ミラルカ様の筆頭近衛を任されているものだ」

「僕はヤーウェルト。こういう見た目だけど黒の竜人族りゅうじんぞくだよ」

「そうか、姫様を診てほしい。よろしく頼む」

「てっきり拒絶されるかなって思ってたんだけど、本当に良いの?」

「ああ、君が普人族ふじんぞくならはっきりと断っているところだが、竜人族りゅうじんぞくなら問題ない」

「なんで?」

普人族ふじんぞくの最大の敵は同じ普人族ふじんぞくという事だ。さらに竜人族りゅうじんぞくは一切政治やら外交なんかの回りくどい事には関わらないと有名だからな。君が竜人族りゅうじんぞくという事と面倒事に関わりたくないという態度、この二つの理由で警戒する必要はほぼ無いと言って良いから君に頼む事にしたんだ。姫様をよろしく頼む」

「ふーん、わかった。診てみるよ」


 割と無表情で何を考えているかわかりづらいって言われるのに、この人は僕の考えてる事がよくわかるな。兄さんと姉さんに馬車に入る事を言ってから中に入った。馬車の中はお姫様の部屋って言われて思い浮かぶような感じの内装で、白と薄ピンクを基調にして棚などの家具だけでなく壁や天井にも花柄が散りばめられている。そして一番奥には天蓋付きの大きな寝台があり、そばに落ち着いた感じのする長身の侍女が立っていたけど、この人なんか見た事あるな。……とりあえず入り口に立っててもしょうがないから近づこう。寝台のそばに行くと侍女さんが一歩下がり頭を下げてきた。


「ミラルカ様付き侍女のリルと申します。姫様をよろしくお願い致します」

「ひょっとして、あの近衛の人と姉妹か何か?」

「はい、私が姉になります」

「なるほど、あと一つ確認したいんだけど、お姫様に触っても大丈夫? さすがに触らずに判断はできない」

「通常であれば問題になりますが今は緊急を要するので軽く触る程度でしたら不問となります。またどうしてもより多くの触診が必要な場合は指示をしていただければ、これでも薬と医術の心得がありますので私が代行いたします」

「わかった。それじゃあ、まず今までの状況を教えて」

「はい、事の起こりは今から二週間ほど前になります。突然、姫様が脱力感や目まいに襲われるようになりました。その時は微熱も確認できたので、王城の医務官や私も風邪の初期症状だと判断し薬草を煎じました。しかし、回復に向かわないため身体の活力を高める別の薬草を使用するなどして様子を見ていたのですが、一週間前を境に昏睡状態になりました。毒や呪いなどの他の原因も疑って思いつく限りのものを試したですが正直手詰まりの状況です」


 リルさんの表情や態度は変わらない。でも、目が何度もお姫様を心配そうに見てるから優しい人みたいだ。


「なるほど、他に何かある?」

「何かと言いますと、どのような事でしょう?」

「肌にカサブタ、デキモノがあるとか、一部が変色してるとか、何でも良いんだけど」

「そういうものは姫様の身体を清める時に毎回確認しておりますがありませんでした」

「そう……」

「あっ、そういえば……」

「何か思い出した?」

「……おそらく私の勘違いだと思うのですが」

「何?」

「姫様が昏睡状態になる前に、一度だけ身体の一部分が妙に冷たかったような気がしたのですが、もう一度そこを触った時には普通の体温でした。すみません、やはり私の勘違いですね」

「一部分だけ冷たい……、それってへその辺りじゃなかった?」

「確かその辺りだったと記憶しています」


 これは想像通りなら偽毒より面倒だ。いや、安易な判断はいけない。まずは同調でしっかり調べる。


「あの、姫様は……その……」

「ああ、ごめん。これかなって思うのがあって、ちょっと考えてただけだから」


 いけないいけない。患者とその関係者に不安を与えないように態度に出したらダメなのに、……当たり前だけどなかなかできないものだね。


「それじゃあ触るよ」

「はい、姫様をお願いします」


 なんというか律儀な人だね。それとも王族の周りで働く人は、こんな感じなのかな? かなり脱線した事を考えながらもお姫様の腕や足を触っていく。特にへその周りや脇腹を念入りに確かめたけど異常はなかった。たぶんあれだと思うんだけど確証がない。やっぱり同調で探るしかないか。


「これからお姫様の身体にもっと詳しく調べるから静かにしてて欲しい」

「……わかりました」


 明らかにためらってたね。僕も兄さんや姉さんの身体を触らせろって言われたら確実に同じ反応をする。でも緊急時だから我慢してもらう。僕はお姫様のお腹に手を当てると、同調で深く探っていく。


 青のイリュキンにも話したけど僕の同調には二通りのやり方がある。まず一つ目は、昔から僕がやっている同調で時間をかけて行うものだ。この同調の時間がかかる理由は、たぶん僕から積極的に同調せずに対象の魔力、匂い、感触、味など色んな情報を何となく受け取っているからだと思う。例えるなら同調対象から自分はこんな感じですよと話しているのを聞いている感じかな。それじゃあ二つ目の同調は何が違うかというと、対象に触って自分から積極的に同調するところが違う。一つ目を対象からの話をただ聞くものなら、二つ目は自分から対象にどんどん質問して聞き出していく感じかな。ただ、自分で探る同調は、すごく集中しないといけないし疲れるから本音を言えばあまりやりたくない。


 お姫様のお腹に触って同調を始めると頭の中にお姫様の身体の状態が浮かんでくる。ちなみに僕は前世で自分の身体の事を医者から映像で散々説明されたから、けっこう詳しかったりもする。……あー、やっぱりか。この世界で一般的に魔力の発生場所って言われてるみぞおちの奥の方、具体的に言うと胃の裏辺りに原因がいた。ここまで奥だと触っただけじゃわからないわけだね。


「やっぱり、そうか」

「何かわかったのですか!? 姫様は、姫様は大丈夫なんですか!?」

「大事な人の事だからわかるけど落ち着いて」

「……取り乱しました。申し訳ありません」

「大丈夫?」

「はい、もう大丈夫です」

「そう、じゃあ説明はまとめてした方が良いから、サムゼンさんとリリさんを呼んでくる」

「私が呼んできます」

「わかった。お願い」


 馬車の入り口近くで今後の打ち合わせをしていたサムゼンさんとリリさんにリルさんが近づき声をかけると、リリさんが僕に向かって殴りかかりそうな勢いで迫ってきた。本当に殴ろうとしたわけじゃないと思うけど反射的にサムゼンさんがリリさんの肩をつかんで引き止めるぐらいの勢いだ。


「おい!! 姫様は大丈夫なのか!? 早く説明しろ!!」

「リリ殿、落ち着け。貴殿が騒げば、それだけヤート殿が説明を始めにくくなる」


 やっぱり兄弟とか姉妹って似るんだね。兄さんと姉さんも性格は似てて取る行動が同じような感じだし、リルさんとリリさんも同じような反応だ。でも、王族の近衛でこの慌てぶりはどうなんだろうって思うけど、それは僕が考える事じゃない。今はこの場に薬師の見習いとは言え誰かの身体を治すものとしているんだから、きっちり説明する。それが最優先だ。


「説明を始めて良いならするよ?」

「お願いします」

「わかった。結論から言うとお姫様は身体に虫が入ってる。だから昏睡状態になってるのも、その虫のせい」

「バカな!! 姉さんや城の医務官が念入りに調べたが、そんなものは見つけていない。見落とすはずがない!!」

「補足するとすれば、私達も姫様が昏睡状態になった後は虫の可能性も考えましたので、虫下しの香を焚いたり薬草を身体に貼るなどしております。直接飲むよりは効果は落ちますが、虫が原因なら何かしらの改善があったはずです」

「うん、普通の虫ならそれでも良いんだけど、今回の奴には意味がない」

「……ならば、姫様に入った虫はなんなんだ?」

「お姫様に入ったのは幻虫パラサイトゴーストだよ。魔力食マジックイーターって言えばわかる?」

「なんだと…………」


 サムゼンさん、リルさん、リリさん、三人が三人とも絶句していた。もちろん僕も、予想はしてたけどこの幻虫パラサイトゴーストを確認した時は驚いた。はっきり言って色んな意味でちゃんとした薬師や魔法使いが協力して対応する奴だ。……でも、今目の前で苦しんでいるお姫様を治せるのは、この場で僕だけだから何とかしてみせる。



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◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューなどもお待ちしています。

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