帰りの旅にて 治療と依頼

 兄さんと姉さんが盗賊を殲滅してにらみ合っている。お互い良い感じのケンカ相手みたいに思ってるはずだから、本気の殺し合いにはならないはず、きっと、たぶん、ならないと思う。不安だけどね。それはそれとして治療は急いだ方が良いか。


「治療できるけど?」

「ああ、そうだった。今、被害を確認するから少し待ってもらえるか」

「わかった」


 団長さんが確認している間待っていると破壊猪ハンマーボアが近づいてきて、それとともに周りにいる騎士達の緊張が高まっていく。そう言えば普通の人達は魔獣に慣れてないんだったね。


「待たせて悪いんだけど少し離れるか、じっとしててほしい」

「ブ?」

「普通の人達には魔獣はそれもお前みたいな高位の奴が、そばにいるのは中々辛いはずだからね」

「ブオブオ」

「ごめん」

「ブ」


 僕の話を聞くと破壊猪ハンマーボアは少し離れた場所に歩いていき、うずくまり目を閉じた。どうやら呼ばれるまでは寝て過ごすようだ。


「すげえな。あんな高位の魔獣を従魔にしてんのか」

「そんなんじゃないよ。あいつは散歩仲間」

「……散歩? 魔獣とか?」

「そうだけど、何?」

「いや、なんでもない」

「そう」


 なんか騎士の一人に妙な反応された。やっぱり兄さん達が言う通り魔獣と一緒にいる僕が変みたいだ。一人で納得していると団長さんが戻ってきた。


「被害状況の確認に多少手間取った。すまない。こちらに来てくれ」

「うん」

「ああ、それと私は護衛の責任者であるサムゼンだ。今回は助かった。改めて礼を言わせてくれ」

「僕はこんな見た目だけど、黒の竜人族りゅうじんぞくのヤーウェルト。周りのみんなからはヤートって呼ばれてる。それから盗賊を倒したのは兄さんと姉さんと破壊猪ハンマーボアだから別に僕に礼を言う必要はないよ」

「そうか」


 それっきり特に会話もなくケガ人が集められている場所に歩いて行った。


 案内されたところで騎士のケガの具合を確認したら、ほとんどが小さい打撲や切り傷なんかの軽いケガだった。さすがに護衛に選ばれるだけあって不利な状況でも被害を最小限に抑える実力があるみたいだね。手早く手製の薬草軟膏を塗り動かさないように言うと、明らかにグッタリしている二人の騎士のもとへ行き状態を確認する。


「ケガは矢が腕に刺さったてるけど刺さり具合も浅いし、そこまで出血する部位でもないのに二人は衰弱が激しい。毒だね」

「やはりヤート殿も、そう思うか。襲撃当初にこの二人が矢を受けて、すぐに動きが鈍くなったから他の部下には盗賊の武器には細心の注意を払えと厳命した。そうして被害を抑えているところに、ヤート殿達が突撃してきたというわけだな。おかげ被害が小さく済んだのだが、我らにはこのもの達の解毒ができない。頼めるだろうか?」

「やってみる。……僕の声は聞こえる?」

「あ、……ああ」

「うう」


 呼びかけても反応が鈍い、手足が冷たくなって若干の痺れに熱もある。たぶん、これは本で見たあれだ。熱を確かめるついでに、触って同調してみても結果は変わらない。また、面倒くさい毒を使ってるな。


「どうだろうか?」

「…………」

「ダメなのか?」

「いや、解毒はできるけど、……ちょっとね。兄さん!! 姉さん!!」

「おう、どうした?」

「なにかしら?」

「なっ……」


 少し離れた場所でにらみ合ってた兄さんと姉さんが、一瞬で僕のそばに来た事に団長さんが驚いてるけど、今はどうでも良い。


「ちょっと厄介な毒だから、解毒するための材料集め手伝って」

「わかった。何を集めたら良い?」

「兄さんは雫草を五つ、姉さんはリンの木のできるだけ若い葉を十枚お願い」

「わかった」

「まかせて」


 よし、これで材料はそろうから下準備をしておくか。まず、腰の小袋から薬草を乾燥させて小分けにしたものを取り出し、手でさらに細くちぎって木の小皿に入れておく。次に毒草を一つ取り出しこれも細くして別の小皿に入れて水を混ぜる。


水生魔法ワータ

「……ヤート殿、それは毒草だな。なぜ、それを使うんだ?」

「盗賊が使ってた毒は偽毒って呼ばれる奴で、決まった量の毒草を使わないと解毒ができない」

「偽毒だと……」

「それで、ここからちょっと慎重に作業しないといけないから、静かにしてくれると嬉しい」

「わかった。部下をよろしく頼む」


 サムゼンさんや周りの騎士が静かになったところで、水と混ぜた毒草をその辺の石を使ってすり潰す。そして騎士の状態を同調で確認しながら解毒に必要な量を割り出していく。


「ヤート!! 採ってき「ガル」なんだ?」

「ヤートは作業中よ。静かにして」

「悪い、そうだった」

「ヤート、採ってきた物はここに置いておくわ」

「……ありがとう」


 材料が揃った。まずは乾燥薬草を細くしたものに雫草の搾り汁を入れて混ぜ薬草の薬効を高め、これを騎士二人に食べさせる。


「かなり苦いけど、まだ死ねないなら食べて」


 「うぐっ」とか「ぐおぉ」とか呻きながら、なんとか食べている。よしよし、次の準備だ。必要量にそれぞれ分けた毒液にリンの木の若葉をすり潰したものを入れて混ぜ毒性を弱める。うん、これで準備完了だ。


「ヤート殿、部下を預かる身としては、これからの説明をして欲しいのだが……」

「それもそうか、わかりやすく言うと毒を以て毒を制するって感じ」

「……毒同士による中和か」

「そう、まず乾燥薬草と雫草の搾り汁をまぜたもので回復力を高めて、次にリンの木の若葉を混ぜて毒性を弱めた毒液を飲んでもらって毒同士の中和を起こす」

「…………成功率はどれくらいだろうか?」

「この二人の体力気力回復力次第だけど七割くらいかな」

「そうか」

「あと、先に言うけど毒をもらったところに弱めたとは言え、また毒を身体に入れるから中和が成功するまで、かなり苦しむよ」

「具体的には、どうなる?」

「強烈な吐き気、色んな場所からの出血、身体の損傷を治す時の激痛とかかな。あと二人が確実にのたうち回るだろうから抑え込む事になる」

「そうか、……耐えれるな?」


 サムゼンさんが問いかければ、毒に耐えている二人がゆっくりと、でもしっかりと頷いた。良い信頼関係だね。


「中和を始めてくれ」

「わかった。じゃあ、これ飲んで。飲んで少ししたら中和が始まるから縛らせてもらう」


 震える手で少しずつ弱い毒を飲んでいく。全部飲み干すと僕は小皿を回収して地面に手をつけ魔法を発動させる。


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 僕の魔法で、地面に座っている二人の周りの植物が急激に成長していきどんどん絡みついていく。そして最後には口から下のほとんどが植物に覆われた。その直後、二人の身体がビクンッと大きく揺れた。


 まず、目をカッと開くと真っ赤に充血していき鼻血が出始める。次に身体の震えとともに吐血に、皮膚の薄い部分が裂けて血が吹き出す。予想はしてたけど、なかなかキツイ光景だ。実際、まともに見れてるのは僕とサムゼンさんくらいで兄さんや姉さんも引いてる。


「おい!! 二人は大丈夫なのか!?」

「さあ?」

「なんだと!! てめえ、手ェ抜いてるのか!!!!」

「やめろ」

「サ、サムゼンさん、ですが……」

「お前は解毒がどのようなものか知らないようだな」

「はっ?」

「基本的に解毒は解毒に必要なものを用意して、それを患者に体内に入れる。そこまでしか関与できないものだ。つまり最終的に解毒を完了できるかどうかは、ヤート殿が言っていた通りこの二人の体力気力回復力次第という事だ」

「そんな……」

「それに、もしこの二人に何かまずい事が起きた時を見逃さいないために、お前達が慌てたり目を背けている中、ヤート殿はきちんと顔色一つ変えず冷静に見ているだろう」


 なんか周りの騎士達が僕を見てる気がするけど、どうでも良い。そんな事よりも僕は偽毒の厄介さを苦々しく思いながら味わっている。中和用の毒、薬草、それぞれの必要量を同調で割り出してるからギリギリのバランスになってるはずだけどなかなか好転しない。どうする「あれ」を使うか……、でも「あれ」は解毒には使いたくない。どうする? ほんの少しだけ薬草を足すか? いや、手順や分量はあってるからこのままで良いはずだ。血塗れになっている二人の騎士を見ながら僕がグルグル考えていると片方の騎士に待ち望んだ変化が現れた。すぐさま、状態を同調で確かめた。


「良し、この人は出血も治まってた。これなら中和完了は時間の問題だ。こっちの人は、まだ決定的じゃないけど多少はマシになってきてる」

「そうか、感謝する」

「まだ、全部終わったわけじゃないよ」

「それでもだ。ヤート殿がいなければ、我々はこの二人に何もできずに見捨てる事になっていたのだからな。何度でも言わせてくれ」


 その後、慎重に観察していると、もう一人も出血が治まってきた。いくら僕が同調ができて患者の状態を確認できるって言っても、これは薬師の見習いみたいな僕の仕事じゃないよ。うまくいって本当に良かった。僕が何とかできた事に内心ホッとしていると、サムゼンさんが硬い表情で話しかけてくる。


「ヤート殿、頼みがあるのだが……」

「何?」

「我らの主の容態を診てはもらえないだろうか?」


 …………こういう出会いは簡単には別れられないか。黒の村まで、のんびりした旅になると思ったんだけどなあ。



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◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューなどもお待ちしています。

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