赤の村にて 新しい自分と夢見る自分

「ちょっと、聞こえてるだろ!? 返事しな!!」

「…………何か?」

「何か? じゃないよ。まったく、もう昼だよ。さっさと黒のところに戻りな」

「ああ、もうそんな時間ですか。本が面白いので戻らないです」

「それなら昼飯どうするんだい?」

「腹持ちの良い薬草でも食べます」

「そんな気がしてたけど、案の定かい。まったく…………来な」


 グレアソンさんに読んでた本を取り上げられ、ヒョイって肩に担がれると初めに案内された部屋に運ばれて椅子に座らされた。


「おとなしく座ってな」

「はあ……」


 隣の台所から果物とお茶の香りが漂ってきた。どうやら、グレアソンさんが食事を用意しているようだね。……なんで用意してくれるんだろ? 少し考えてるとグレアソンさんが、お盆の上に山盛りの果物と小瓶とお茶をのせて戻ってきた。


「あたしはそれほど果物は食べないから、こんなもんしかないんだよ。悪いね」

「いえ、大丈夫です。あの……」

「どうしたんだい? 遠慮せず食べな」

「なんで、食事を用意してくれるんですか? 僕はあいつの仇ですよね?」

「……ガキが仇とか変な事を考えるんじゃないよ。それより、さっさと食べな」

「それでは、いただきます」


 お茶と果物を味わっていると、こっちをグレアソンさんがジッと見ている事に気づいた。


「その小瓶の中身を、果物にかけて食べみな」

「これをですか?」


 言われた通りかけようと小瓶の蓋を開けると中には、ほのかに花の香りのするトロッとした濃い黄色の液体があった。


「……ひょっとしてハチミツ?」

「おや、知ってたのかい。この村の名産みたいなもんだ。味は確かだから試してみな」


 改めて果物にハチミツをかけた。そして食べてみた。





 美味しい。





 この一つの言葉と美味しいものを食べた時の幸せな気持ちで僕の心が満たされた。ハチミツの優しい甘さと果物の酸味の組み合わせ、噛むたびに広がる花と果物の香り、飲み込んだ後にじんわりと広がり残る後味、全部が今で食べた物の中で一番だ。


 そう言えば前世では、まともな食事ができなかったし、今主食にしてる果物も甘いは甘いけど、ハチミツほどじゃない。だからいわゆる甘味を食べたのは、これが初めてだ。味の濃厚な食べ物って美味しいんだな。


「確かに、このハチミツは村の名産で味には自信があるよ。けどね……、泣くほど美味しいかい?」

「…………えっ?」


 グレアソンさんの言葉に驚いて、顔に手をやると確かに頰が濡れていた。どうやら美味しさのあまり、感動して泣いてしまったようだ。とりあえず袖で涙を拭くと、深呼吸して落ち着いた。


「突然、すいません」

「驚いたは驚いたけど、気にする事はないよ。男でも女でも誰でも泣く時は泣くもんさ」

「初めて味の濃厚な食べ物を食べたんで、感動したみたいです」

「なんか自分の事なのに、ずいぶんと驚いてるようだね」

「先程も言いましたが、僕は感情が分かりにくいです。この事は僕自身も思ってます。だから僕にも感動するっていう、はっきりした感情があるんだなって自分自身で驚いてました」

「そうかい」

「はい」

「それなら、良かったじゃないか」

「…………何がでしょう?」

「自分にできる事が、新しく見つかったんだ。喜ぶところだよ」

「……そうですね。嬉し泣きができたんだから、良い……事ですよね」


 前世では、病気でまともな人間らしい事ができなかったし、今の僕も感情が乏しい。そんな僕が感動して泣けた。前より感情が揺れて、少しは表に出せるようになったって事かもしれない。もしそうだとしたら、この先他のみんなみたいに笑えるようになれたら良いな。


「あの、一つ聞いても良いですか?」

「なんだい?」

「僕でも、ちゃんと笑えるようになれるでしょうか?」

「……そんな事を聞くなんて、本当にガキらしくないね」

「変ですか?」

「変だねぇ。あんたは他のどの竜人よりも、頭が良いって聞いてるよ。事実こうして目の前にしているあたしもそう思う。でも、そんな事を考えちまうのは、そのせいなんだろうね」

「えっと……?」

「何も考えないよりはよっぽどマシだけど、あんたは難しく考えすぎなのさ。泣いたり笑ったりってのは考えてする事じゃない。ほとんどが自然にしちまうもんなのさ」

「なるほど……」

「あんたは今生きてて、どうだい? 何も感じてないかい?」

「いえ、家族と話したり散歩したり天気が良かったり他にもありますけど、いろんな時に良いなって思います」

「そうかい。それなら大丈夫だね」

「そうなんですか?」

「あんたの中に、そういう思いがあるなら、あんたはあんたの人生を楽しみな。その内、ある日突然岩場から水が染み出してくるみたい外に出てくるさ」

「わかりました」


 交流会に来て、散歩と果物以外で初めての良かった事だ。なんとなく父さん達には話しづらい事だったから、グレアソンさんと話せて本当に良かった。別に悩んでたわけでも焦ってたわけでもないけど、なんかすっきりしたから改めてマイペースに行こうって思えたよ。


 そんな事を考えながら暗くなるまで、グレアソンさんと話したり本を読んで過ごしたりと充実した良い一日だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◎後書き

最後まで読んでいただきありがとうございます。


注意はしていますが誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。


感想・評価・レビューなどもお待ちしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る