首繋ぎ

@i4niku

首繋ぎ

 酒場である。扉が開いて、男が入ってきた。血塗れだ。彼はカウンターへ行き、店主へ、



「お前らのボスは何処だ」



 と訊いた。店主はグラスを拭きながら云う。「なんのことですか」

 酒場に他の客はいない。

 血塗れの男が云う。右手のロングソードの切っ先から、血が滴り落ちる。



「『剥ぎ晒し』ジュデスのことだ。あんたがその一味だと聞いた」

「誰から聞いたか知りませんが……」

「こいつに訊いた」



 店主の言葉をさえぎって、ドンっとカウンターに置かれたのは、生首であった。ガラの悪い風貌で刺青がはいっている。木製のカウンターの木目に、首の断面から流れる血が滲んでいく。



「知らないですね」と店主は云い、ふいに手を滑らせて、グラスを落っことした。硝子の割れる音が響く。「おっと。失礼しました」と屈み、硝子の破片を拾い集める。



 その姿は、血塗れの男からはカウンターが邪魔で見えない。



 店主が顔を上げた。その手には散弾銃が握られていた。



 耳をつんざく爆音とともに放たれた散弾が、カウンターの上の生首を破砕した。脳や頭蓋骨、皮膚や眼球が飛び散った。その直線上にいたはずの血塗れ男は、ごろんと横に転がって回避していた。



 カウンターに飛び乗った店主が散弾をぶっ放す。男は姿勢を低くして奔り躱す。男のいた位置を撃ち抜いた弾丸が、勢い木のテーブルや椅子を木端微塵にする。散弾銃を連射する店主。店内を駆けて躱す男。店が蜂の巣になっていく。



 全弾撃ち尽くした散弾銃を捨てて腰から拳銃を抜いた店主の左肩をすっ飛んできたロングソードが貫いた。苦鳴を上げて、カウンターの上から床に落ちる。駆け寄って来る血塗れ男へ拳銃を撃つが足さばきで躱される。弾倉が空になっても店主は引き金を引き続けた。



「『剥ぎ晒し』ジュデスは何処だ」



 血塗れ男は店主を見下ろして云う。

 ロングソードは鍔まで刺さっていた。血が滲み出る。

 横倒れの店主が云う。「知らねえな」



 血塗れ男は店主からロングソードを無造作に引き抜いた。刀身の栓が抜け、鮮血がほとばしった。左肩に手を当てて悶絶する店主の首に切っ先をそわせ、



「『剥ぎ晒し』ジュデスは何処だ」

「アージ村だっ。ジュデス様はアージ村に行ったっ」



 店主は悲鳴混じりに云った。



「分かった」と血塗れ男は云い、店主の首を斬り落とした。生首の髪を掴んで拾い、酒場から出て行った。







 アージ村は漁猟で生計を立てている。数歩歩けば海で、捕った魚や干物を街に売りに行って日々を過ごす慎ましい村だ。



 総人口は二百人ほどで、今は全滅している。



 死体は一様に皮を剥ぎ取られている。筋肉が丸見えの状態だ。陽光を受けて艶やかに血がまたたく。潮騒と蟲の羽音、磯の匂いと死臭が混ざる。



 死体は地面に陳列されている。丁寧に、男女別に、老人から子供の順だ。胎盤とへその緒が繋がった胎児もいる。妊婦の腹を掻っ捌いて取り出したのだろう。



「ふむ……」



 血塗れ男が、死体の列を見て、思案気に息を漏らした。右手にはロングソード。左手には店主の生首である。



「『剥ぎ晒し』の仕業に間違いない」



 そう呟いた刹那、木で編まれた家から、三人の男が出てきた。手に手に大袋を持ち、ジャラジャラと振っている。銀貨の擦れる音である。一様にガラの悪い風体で刺青が入っている。腕や脚、手の甲と、個々で場所は違うがデザインは同じである。『二本のナイフ』の意匠だ。店主の耳の後ろにも同じものが彫られている。



 血塗れ男はスタスタと三人へ近づく。

 それに気付いた一人が云う。「なんだテメエ」。五メートルばかり離れている。

 血塗れ男は立ち止まって、



「『剥ぎ晒し』ジュデスは何処だ」

「なんだいきなり」

「『剥ぎ晒し』ジュデスは何処だ。此処に居ると聞いた」

「おい、誰から聞いたか知らねえがな」

「こいつに訊いた」



 放物線を描いて、ドサッと三人の男の足元に落ちたのは、店主の生首である。男たちは驚き、うろたえ、口々に「オーダさんっ」と店主の名を叫んだ。



「知り合いか。一味だな」血塗れ男はロングソードを握り直す。「一人いればいい」



 そう呟きながら駆け、間合いに入った血塗れ男のロングソードが一閃した。横に殴る剣尖が一人の喉を掻っ捌いた。ほとばしる鮮血が地面に落ちる前に、振り抜いた右手が反転して、別の一人を袈裟懸けに斬り捨てる。膝を着き、腹の裂け目からはらわたを零す肉塊を横目に、



「『剥ぎ晒し』ジュデスは何処だ」



 と、最後の一人の首筋、その薄皮に刀身を押し当てて問うた。皮膚の弾力が受け止めているので血は出ていない。



「ジュ、ジュデス様はサララ街のアジトに帰ったっ」

「アジト?」

「ごご、豪邸だよっ。当主を脅して住んでるんだっ」



「分かった」と血塗れ男は云い、首筋に押し当てた刀身をさらに押し、引いた。スッと皮膚に血の線が入った、と、みるまに鮮血が噴き出し、傷口を広げる。頸動脈が断たれていた。



 流れ作業のように、死体の首を斬り落とす。



 血塗れ男はその場でしばし立ち尽くした。瞳は地面に転がる袋を見ている。三人の男が持っていた物である。背負えるほどの大袋で、口から大量の銀貨が覗く。それが三つ。



「まあ一つでいいか」



 と血塗れ男は大袋の一つを拾い、中の銀貨を地面に捨てた。代わりに店主と男たちの生首を詰めて背負った。



「首四つは、片手じゃ持てん」



 誰に云うともなく云って、血塗れ男はアージ村を後にした。村には死体と、村の全財産の銀貨が残った。







 サララ街は静かである。



 無人ではなく、むしろ往来は多い。露店も開かれていて、果物や野菜が売られている。客もいる。無言で指差しで買い物をしている。子供もいるがやはり無言だ。みんな死んだ眼をしている。



 そんな光景を尻目に、血塗れの男が歩いている。右手には抜き身のロングソード。左手の大袋には生首が入っている。真新しい返り血が付いているのは、サララ街の入口にて門番をしていたガラの悪い男二人を斬り殺したからだ。それぞれ肩に『二本のナイフ』の刺青が入っていた。



 だからロングソードの先からポタポタと鮮血が垂れている。



 住民たちは歩く血塗れ男を一瞥し、しかしどんな反応もしない。興味がないというより、何も感じていないようだった。そういえば街の至る処に乾いた血がある。身体の一部、耳や鼻、指や足が欠損している住民が多い。路地裏の入口から投げ出された指のない脚は腐乱している。



 ――さて、豪邸に着いた。横幅五メートルはある門扉の前に血塗れ男は立っている。その柵めいた門扉の向こう、手入れの行き届いた庭の奥に、豪邸の玄関がある。



 門扉を蹴破り進む。跳びかかって来た庭の番犬を、正中線で真っ二つに斬り飛ばす。庭の美しい花々の上に臓腑が落ちてくる。玄関の呼び鈴を無視して蹴破る。



 血塗れ男を出迎えたのはメイドであった。「おかえりなさいませ」とうやうやしく礼をする。血の滴る抜き身のロングソードを見ても眉一つ動かさない。見慣れているからだ。けれど、



「『剥ぎ晒し』ジュデスは何処だ」



 と、血塗れ男が問うたとき、メイドの顔に明らかな狼狽が浮かんだ。彼女はこの男をジュデスの一味だと勘違いしていたのだ。



「ジュ、ジュデス様など知りません」



「此処にいると聞いた」



「誰から聞い」「こいつらから聞いた」



 血塗れ男は背負っていた大袋から、生首を床に転がした。コロコロと足元まで転がって来た生首の一つと視線が合って、メイドは眩暈を覚えた。今日の朝には生きていた一味であった。



「どうか、お帰り下さい。ジュデス様は――」



 と、メイドが語を継ごうとしたとき、部屋の扉が開け放たれた。中から出てきたのは眉目秀麗の男であった。貴族か何かに見える。歩くたびに銀髪が揺れる。館内には濃い血臭が漂うが誰も顔色を変えない。



「どうした」銀髪がメイドの横に来た。「何か問題でも」



「ジュデスは何処だ」



 血塗れ男が問う。銀髪は少し驚いたような表情をして、メイドを自室へ戻るように促した。それから値踏みの視線を向けて、



「ジュデスね。ああ知っているよ。ジュデスは」



「お前かっ」



 云うが早いか、血塗れ男のロングソードが一閃した。銀髪がバックステップをうって躱した。シャンデリアの光を受けて、銀髪の放った五本の投げナイフが閃いた。



 サイドステップで三本のナイフを躱し、二本のナイフを横殴りのロングソードで弾いた。床に落下するナイフ、の、柄を血塗れ男が蹴りつけた。勢い唸りを上げて回転するナイフが銀髪へ向かう。



 銀髪の右腕が霞んで、金属音が響いた。弾かれたナイフが床に落ちる前に、血塗れ男が間合いを詰めていて、腰構えから頸動脈へ剣戟を振るった。美しい曲線の残像を映して、しかし銀髪は屈んで躱した。風圧で持ち上がった髪の毛をロングソードが斬り飛ばす。



 立ち上がる勢いで銀髪が右手のナイフを突き上げる。弾けるようにバックステップをうった血塗れ男の鼻先を刃が掠った。血が鼻柱を伝って、鉄の匂いが鼻腔を刺激する。



 袈裟懸けに殴るロングソードを、銀髪は横ローリングで回避しつつナイフを投擲。足さばきで躱した血塗れ男が踏み込んで、上段から剣戟を振り下ろす。それを銀髪は躱し、前方へ飛び込んで、血塗れ男へタックルを仕掛けた。



 血塗れ男は横っ飛びをしたが遅く、銀髪のタックルが腹に決まった。そのまま押し倒されてマウントを取られる。振り上げた銀髪の右手には逆手持ちのナイフ。



 血塗れ男が右手のロングソードを振るう。銀髪が左手で、その手首を掴んで制した。心臓へ振り下ろされるナイフを、上体をなんとか捻じって、左肩で受けた。左腕は銀髪の脚で挟まれていて使えない。引き抜かれる刃に血糊が絡み付く。



 再びナイフが振り下ろされる前に、血塗れ男は脚だけでブリッジをして、銀髪を浮かせた。そのまま素早く腰を落とすと、ほんの一瞬だけ馬乗りの拘束が緩む。その刹那をつかんで血塗れ男は上体を起こして頭突きを銀髪の胸に叩き込んだ。



 後方でんぐり返しで転がっていく銀髪へ、ロングソードが追いすがる。両断する勢いで振り下ろされた剣戟はしかしローリングで躱され、空ぶった刀身が床を破砕してめり込んだ。柄から手を離して血塗れ男がバックステップをうつ。一瞬前にこめかみのあった位置を、投げナイフが通過した。



 二の矢三の矢としてナイフが飛来する。足さばきで躱しつつ、二つのナイフとのすれ違いざまに柄をキャッチする。そのまま血塗れ男がナイフを投げ返した。銀髪の両腕が霞んだ。銀髪の投擲した二本のナイフが正確に、投げ返されたナイフとかち合った。火花が散って弾かれる。



 血塗れ男が駆ける。銀髪が両手にナイフを構えて、間合い。



 頸動脈へ向かう左手のナイフ、その手首へ裏拳を当てて軌道を反らす。右手のナイフが左胸――心臓――を狙うが、血塗れ男は左手の掌底を当てて軌道を変え、懐に潜り込んだ。そのまま強烈な頭突きが銀髪に見舞われた。



 銀髪は脳の揺れるのを感じ、後方へよろめきつつも、サマーソルトキックを繰り出して血塗れ男の顎先を蹴り上げた。口から血の唾を飛ばしながらも、しかし血塗れ男はよろめかない。着地の瞬間を狙って渾身の右ストレートが銀髪の顔面に叩き込まれた。



 銀髪は吹っ飛び、壁に強かに背中を打ち付けた。骨が軋む。肺の中から強制的に空気が吐き出されて、反射的にむせた。突進して来る血塗れ男へナイフを投げるが躱される。疾走の勢いを乗せたデスパンチが銀髪の左胸を強く打って、衝撃を受けた心臓が暴れる。



 銀髪は血を吐いた。懐からナイフを取り出そうとするが、手が痺れて取り落とす。影が掛かる。血塗れ男が近くに立っている。だが動けない。



「なんで、俺がジュデスだって分かった」



 銀髪、すなわち『剥ぎ晒し』ジュデスその人は、最期に疑問を口にした。血塗れ男がその首を掴み上げて、答える。



「お前はジュデスに様を付けていなかった。それになにより、お前は血生臭かった」



「ははは。じゃあ、お前も、俺だな」



「俺は『首繋ぎ』ヒプノスだ」



「ああ、そうかい」



 血塗れ男はそのまま、ジュデスを縊り殺した。







 サララ街を血塗れの男が歩いている。右手の抜き身のロングソードには血がこびり付いている。左手に握られた生首は美しい顔をしている。銀髪で、一目見ただけでは貴族を連想させる。



 サララ街は静かである。往来は多く露店もある。住民は死んだ眼をしている。――が、ある住民たちが、血塗れ男の生首を指差してざわついた。それが伝播してにわかに活気付く。ある住民が、たまらずに、



「それ、誰ですか」



 と、血塗れ男の前に進み出て尋ねた。途端に、しん、と住民たちが静まり返る。血塗れ男の言葉を待っている。やがて、



「『剥ぎ晒し』ジュデスだ。殺した」



 という、期待通りの答えが返ってくると、住民たちは歓声を上げた。口笛を吹き、手を叩いて、踊りを踊り出す者までいる。惜しみのない賞賛の言葉が口々をついて出る。



 血塗れ男が街を出て行く頃には、入って来たときとは真逆の雰囲気をサララ街は帯びていた。

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