鳥籠の練習帳

籠原スナヲ

第1話「あなたに彼の何が分かるというの?」

説明:

 フィクションのグランドバトル様(@grand_battle)のとあるツイートに感銘を受けたので書き起こしました。

「敵キャラの情婦として乱暴に扱われ、性的に搾取されているだけだと思われていた女性が実は本当にその敵を男として愛しており、何も知らずに彼女を解放しようとした主人公が自分には理解できない愛の形にショックを受ける」


本文:

 彼女は暗く弱々しい、けれど――まっすぐな瞳で主人公を上目遣いに睨みつけていた。

「あなたに……この人の何が分かるっていうの……?」

「な……!?」

 主人公が彼女に差し伸べようとした手のひらは、行き場をなくし、固まったまま空中に放り出されていた。

「余計なことを――喋るな!」

 敵役は、呻くように彼女を怒鳴りつけた。直後、激しく咳き込みながら赤黒い血反吐を床に撒き散らす。

 主人公の斬撃は、既に彼に致命傷を与えていたのだ。

「XX様……」

 彼女は、敵役の身体に腕を絡ませた。それを振りほどく力は、今の敵役には残されてはいない。

 ベットリとした鉄錆のニオイが部屋に満ちていき、握った刀から滴り続ける血の音が主人公の耳を殴りつけた。体中から噴き出していた汗も、もう肌に冷たい。

「どうして」

 という言葉だけ、乾いた喉から漏れた。

「どうして。だってコイツは君に……君に酷いことを……」

 そこから先が続かない。

 彼女は再び主人公に顔を向けた。もはや睨みつけるのではなく、呆れるような――憐れむような視線。

「この人だけ」と、彼女は呟いた。

 そして、目を伏せる。

「生まれてからずっと、私にはどこにも居場所なんてなかった。奴隷としてさえ値段がつかないから……ずっと暗いところにいた。

 この人だけが私を買ってくれたの。彼だけが、私を『利用』してくれた」

 私の気持ちなんて、きっとあなたには分からないのでしょうね。

 強いあなたには。

 私の居場所を簡単に壊せてしまうくらい――強い、あなたには。

 そう彼女は言い、敵役の身体に絡めている腕をほんの少しだけきつくしたように見えた。

 主人公は、立ち尽くすことしかできない。

 そして敵役は、

「オレはただ」

 と、絶えそうになる息の合間に声を紡いだ。

「お前が便利だから……気まぐれで使っていただけだ。お前みたいな女は、都合がいいんだ……バカな奴だ。そこにいるガキの言うとおりだ……オレがお前に与えたものなんか、ひとつもない」

「貴様……!」

 主人公が再び身体に力を入れた刹那、その足元がぐらりと揺れた。

 部屋中に崩壊の音が響き始めていた。

「なッ……?」

 床が、壁が、そして天井までもが、石くれと砂粒を吐きながら少しずつ潰れようとしている。

 震える世界に耐えながら主人公が見たのは、敵役が、煉瓦のひとつに指をかけながら浮かべる不敵な微笑み。

『まずいぞ!奴はもろとも消し去るつもりだ!』

 相棒(注記――主人公の左肩にとまっている、テレパス使いの虫)の叫びで、主人公はようやく我に返った。

『早く逃げろ!』

「でも、彼女が――! 彼女を助けないと!」

『馬鹿野郎!』

 彼女は敵役の傍から離れずにいた。彼を抱きしめたまま瞼を閉じ、壊れていく部屋から出ようとしない。

『……アレはもう救えない。君にも、誰にもだ!』

「そんな……」

 出口へ向けてゆっくりと後ずさりする主人公には聞こえなかった。

 敵役の、彼女に告げる「早く出ていけ」という言葉も、

 彼女の、敵役に宛てた「そばにいます」という言葉も。


 ――あなたも、寂しいひとですから……。


「ッ!」

 主人公は駆け出した。


 しばらくすると、全てがふたりの頭上に降り注いだ。

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