第178話:リッカの苦悩
ダンジョンから戻ってきたロンドは、リッカを勧誘したことを廻に報告していた。
「そっか。やっぱりすぐには答えを出せないよね」
「そうですね。特にリッカさんは冒険者を続けるかどうかでも悩んでいましたから、一つ返事では難しいかと思います」
「働き口はたくさんあるんだけどねー」
宿屋の専属で働いてくれればロンドの負担を減らすこともできるし、換金所の窓口も絶賛募集中だ。
他にもリッカが得意とすることがあればそれを活かした職に就いてもらうことだって可能だと廻は考えている。
「もっとリッカちゃんと話し合わないといけないなー」
「そこもリッカさんが決断してからですよ、メグルさん」
そこへお茶を運びながらニーナが声を掛けてきた。
「そうですね。私から声を掛けちゃうと、経営者様だからー、って言われちゃいますもんね」
「その通りです。まずは彼女一人で考え、それでも答えが出なければ仲間に相談する。私達は部外者なわけですから、相談に乗ることはできても押し売りしてはいけないわ」
そうアドバイスしながら空いている席に腰掛ける。
今はお昼を回った時間帯でお客さんは誰もいない。
こういう時には廻もニーナによく相談に乗ってもらっていた。
「ロンド君はリッカちゃんのことをどう思う?」
「どう、とは?」
「もし移住してくれた場合、仲良くできそうかな?」
廻が実際にリッカと言葉を交わしたのは片手で数えられる程度しかない。
一方のロンドは元ゼウスブレイドの三人がダンジョンに潜る時には常に同行していたので頻繁に会話を交わしていた。
「仲良くはなれると思います。ただ、本人は自分の手で姉を殺してしまったことに強い罪悪感を覚えていますから、まずは精神的にフォローして、そこから徐々にカナタ達も交えて声を掛けていくのがいいかと思います」
「うふふ、ロンド君は人をよく見ていますね」
「そ、そうですか?」
「えぇー! それって、私が見れていないみたいに聞こえますよ、ニーナさん!」
少しばかりふてくされてしまった廻はテーブルに突っ伏してしまったが、これもいつものやりとりなので誰も心配することはない。
むしろ、微笑ましくその姿を見ながら話は進んでいく。
「どちらにしても、リッカさんの答えを待つしかありませんね」
「三人がジーエフを出発するのももうすぐですしね」
「うーん、それまでにリッカちゃんが納得できる答えを見つけられればいいんだけどなぁ」
廻の頭の中にはリッカのことだけが浮かんでは消えていくのだった。
※※※※
廻が宿屋の食堂で突っ伏している頃、元ゼウスブレイドの三人は一つの部屋に集まって話し合いを行なっていた。
三人の中では三日後にジーエフを出発しようということが決まっていたのだが、リッカがロンドから勧誘を受けたことで再びの話し合いとなったのだ。
「リッカは残れ」
「それが良いだろうな」
だが、話し合いというのは名ばかりでヴィルとクックの中ではすでに答えが決まっていた。
「そ、そんなあっさりと」
「今のお前にとっちゃあ、そっちの方がいいんだよ」
「そうだな。拠点の都市に戻ったとしても頼れる者はいないのだろう?」
「それは、そうですけど……」
「冒険者だって続けるつもりはないんだろう? だったら、こっちであの小さな経営者様の世話になった方が絶対にいいっての」
「それも、わかってますけど……」
正論を叩きつけられたリッカは歯切れの悪い感じで何かをぶつぶつと呟いている。
そんな様子を見たヴィルは初めこそリッカから答えを出すべきだと黙ってみていたのだが、この状況が五分も一〇分も続くと我慢の限界となり声を荒げてしまう。
「お前なあ!」
「落ち着け、ヴィル」
そんなヴィルを宥めているのがクックだった。
「はっきり言うぞ、リッカ。お前がジーエフに残らないという選択肢を取った場合、次の都市までは同行するがそれ以降はパーティを解散する」
「……えっ?」
「俺とヴィルは冒険者を続けるが、お前は辞めるのであろう? ならば、同行する意味もない」
「それは……」
「一人になった時、お前は姉のことを受け止めた上で生きていくことができるのか?」
「──!」
クックの真っ直ぐな発言にリッカは息を呑み、ヴィルですら緊張のあまり口を挟めなくなってしまう。
だが、これがリッカの為だと言い聞かせてクックは言葉を続けていく。
「ジーエフの経営者様はお前を気に掛けていたとロンドは言っていた。そして、俺達も含めて危険を顧みずアルバス達を寄越してくれた。そこまでしてくれる経営者など、そうそういないと思うぞ」
「……はい」
「冒険者をやめて新しい道を進むなら、ジーエフ以上に最適な場所はないと俺は思うがな」
そう締めくくると、立ち上がったクックは軽くリッカの頭を撫でて部屋を出ていく。
頭を掻きむしりながらヴィルも同じように部屋を後にするとリッカだけが残された。
「……やっぱり最後は、私が答えを出さないといけないんですよね」
自分自身へ言い聞かせるように呟くと、リッカは心につっかえていた何かが溶け出しているような感覚になっていった。
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