第148話:ジギルとアルバス④

 二人は魔法を使うことができない。そのため、強化などを行わずに自らの肉体だけでランドンへと挑むことになる。

 一五階層の安全地帯までは会話も弾み、笑顔を浮かべながら進んできたのだが、一歩進んだ先から感じる圧倒的強者のプレッシャーが二人から会話も笑みを奪っていた。


「へぇー、確かに強敵じゃないのよ」

「さすがの俺も逃げることに必死になっちまったからな」

「だって、パーティに二桁が一人もいなかったんでしょう? 確か……ヤダンだっけ、一番ランキングが高い冒険者が」

「そうだな」

「それじゃあ無理だって! こいつとやるには……一桁が五人以上か、二桁が七人以上って感じじゃない?」


 ジギルの推察を聞いたアルバスは一つ頷いた。

 ランドンがグランドドラゴンからエンシェントドラゴンに進化した時、アルバスも経営者の部屋にいたのでその実力を推し量ることができていたのだが、その時点でジギルと同じことを考えていたのだ。

 それでもイベントを成功させるために倒すつもりで挑んでいたのだが、敗北濃厚となった時に即座に撤退を選択できたのもこの考えがあってのことだった。


「それで、俺とお前の二人なら勝率はどれくらいだと予想する?」


 そのうえで、アルバスはジギルにそんな質問を口にした。

 ランキング一桁が五人以上と口にしたジギルだが、一桁の中でも群を抜いて実力が突出しているジギルがいるなら、その数は変わってくる。

 二人なのか、それとも三人なのか。

 どちらにしても、それにはアルバスの実力が大きく関わってくるのだが。


「えっ? そんなもん、100パーセントに決まってるでしょ?」

「……お前、マジで言ってるのか?」


 ジギルは一切考えることもなく絶対に勝てると断言していた。


「当り前じゃないのよ。一人だったら無理なく相手をして、ほどなく逃げるつもりだったけど、アルバスと一緒なら話は別よ」

「それを小娘の前で言っていたら、あいつは絶対に止めてたぞ?」

「うっふふー! だから言わなかったのよー!」

「ったく、確信犯かよ」

「現ランキング1位にも、色々としがらみがあるのよー。それは元ランキング1位のアルバスだって知っているでしょう?」

「……まあな」


 二人が一五階層に到達するまでの間にも何人かの冒険者とすれ違っている。

 新旧のランキング1位が揃ってダンジョンに潜っているのだから嫌でも目立ってしまうこの状況で、やはり挑戦しないという選択肢はあり得ない。

 そして、新旧のランキング1位が揃っているからこそ、負けることも許されないのだ。


「ちっ。こんなことなら、貴族小僧くらいは連れてくるんだったか」

「あら、自信がないのかしら?」

「お前、俺は引退したうえに隻腕なんだぞ? 元ランキング1位とはいえ、当時との戦力差は明らかなんだよ」

「それでもゼウスブレイドよりかは断然強いし、復帰したとしてもすぐに一桁に入りそうなんだけどねー」

「……おだてても何もでねえよ」

「知ってるわよ」


 ふふん、と笑いながら立ち上がりお尻についた埃を払うジギル。

 頭を掻きながら溜息をつくアルバスだったが、ここまできたらやるしかないと腹を括ったのか大剣を手にして刀身を眺める。

 アークスの手によって美しく磨かれた刀身には、獰猛な笑みを浮かべた自分の表情が浮かんでいた。


「……ったく、面倒くせえなぁ」

「その割にはやる気満々の顔をしているわよ?」

「まあ、やるからには倒したいじゃねえか」

「ふふ、私は最初からそのつもりだったけどねー!」

「そうだったな。さて、それじゃあそろそろ行くか」

「もちろん! アルバス、足を引っ張らないでね?」

「そりゃあ俺のセリフだ」


 そんな軽口を最後に、二人は鋭い視線をボスフロアへと向けて足を踏み入れた。


 ※※※※


 廻は両手を重ね合わせて二人の無事を祈っていた。

 本当ならランドンに挑むということを望んではいなかったのだが、ジギルの立場も理解しているので仕方がないと割り切っている。

 そして、二人ならもしかしたらランドンを倒してしまうのではないかという期待を持っているのだが、頭の中には前回のアルバスの姿が思い浮かんでしまう。


「あのブレスを浴びたら、今度こそ危ないんじゃないの? 二人だし、どちらかが動けなくなったらやっぱり危険だよね?」


 イベントの際、アルバスはみんなを逃がした後に自分が安全地帯へ転がり込む直前にブレスを背中に浴びていた。

 適正摂取量を優に超える量のポーションを煽り、そして傷口にかけまくってようやく命を取り止めたほどだ。

 今回は大量のポーションもなければ人数も二人と少ないので、廻が心配するのも仕方がないと言えるだろう。


「二人なら判断力もあるし、危なくなったらきっと引いてくれるのにゃ」

「そうだと思うけど、何かあったらどうするのよー」

「二人を信じるのにゃ。あの時とは状況が違うのにゃ」

「そりゃそうでしょ」

「うーん、メグルが心配している状況とも違うのにゃ」

「……どういうこと?」


 首を傾げる廻に対して、ニャルバンは自分の見解を口にした。


「あの時のアルバスは弱い冒険者を助けるために意識を色々なところに割いていたけど、今回はジギルと一緒だから自分のことに集中できるのにゃ!」

「……だから、アルバスさんは十分な動きができるってこと?」

「そういうことだにゃ!」

「……そっか、そうだよね。うん、そうに違いない」


 ニャルバンの言葉に何度も頷きながら、自分に言い聞かせていく廻。

 視線を再度モニターに向けながらも両手が降ろされることはなく、二人がボスフロアへと入っていく姿を見つめるのだった。

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