第137話:世間話
今日一日で様々な人の話を聞くことができた廻は満足そうに宿屋の食堂で晩ご飯を食べている。
そこにはダンジョンにやって来た冒険者もいるのだが、廻が経営者と知っていてなお気にすることなく食事を楽しんでいる。
それどころか、普通に話し掛けている冒険者までいるくらいだ。
「おう、メグルちゃん! ダンジョンは大きくなったかい?」
「ヤダンさんがダンジョンに潜ってレベル上げに協力してくれたら大きくなりますよ!」
「今日は潜ってきたんだぜ! ……まあ、いつものように一五階層の
現在の最下層である一五階層には希少種でレア度4のランドンが待ち構えている。
アルバスをリーダーにした大規模バーティでも倒すことができなかった強敵を相手にすることなんてできないと、ヤダンは安全地帯まで行くとそのまま引き返している。
というのも、最初の討伐イベントではヤダンも参加しており、その恐ろしさを身をもって体感しているのだから仕方がない。
「ランドンがいちゃあ、挑めないって」
「だからこその看板ですよ。それに、ヤダンさんも他の冒険者の方々も、危ない冒険者のことを助けてくれてますよね?」
「……なんだ、知っていたのか?」
廻が人死を出したくないと言っているのは顔なじみの冒険者ならよく知る話だ。
最初は何を言っているんだと誰もが思っていたが、そんな廻の考えに理解を示していたアルバスがいたからこそ、ヤダン含めて冒険者が協力をしてくれていた。
「だが、そろそろ野蛮な冒険者もやってくる頃だと思うから、気をつけろよ。俺達もできる限りは力を貸すからな!」
「ありがとうございます!」
頭を下げた廻にヤダンは『ガハハハッ!』と笑いながら部屋に戻って行った。
その後に声を掛けてきたのは、ロンドとカナタだった。
「メグルさん! 俺達は明日、スプリングに向かうことにしましたよ!」
「ありがとう、カナタ君! トーリ君とアリサちゃんにも伝えておいてね!」
「本当にごめんね、カナタ」
「謝る必要はないって。これでロンドの家族がジーエフに来られたら、心置きなく一緒にダンジョンに潜れるだろうしな!」
「ふふふ、二人とも本当に仲良くなったんだね」
「俺だけじゃないよ。アリサもそうだし、トーリだってロンドとは上手くやってるんだぜ」
「おぉっ! あの気難しそうなトーリ君と! ロンド君、やるじゃないの!」
「――気難しくてすみませんね」
楽しそうに冗談を言っていると、後ろからトーリの声がして廻は慌てて振り返った。
「うわあっ! ……トーリ君、冗談だからね? 本当に冗談だからね!」
「……はぁ」
「うわああああっ! ご、ごめんなさい! 本当に冗談だから、怒らないでよおおおおっ!」
「いや、怒ってませんって。なんで溜息をついただけでそうなるんですか」
「うふふ、トーリ君って、実は意地悪なの?」
「アリサ、トーリは最初から意地悪だったじゃないか」
「……カナタは黙ってろ」
カナタ、トーリ、アリサのやり取りを久々に見た廻は、最初こそ慌てていたが何だか暖かな雰囲気に自然と笑みがこぼれていた。
「……二人も、ロンド君のことは本当にありがとう」
「ありがとうございます。もし、何か問題があるようだったら、助けてあげてください」
「当然です。ロンドの頼み何だからね」
「そうだよ。ロンド君は私達の命の恩人で、友達なんだからね」
「そういうことだ! どーんと大船に乗ったつもりで待っててくれよ!」
その後は五人でテーブルを囲み楽しい食事が終わると、廻は調べものがあると言って
※※※※
廻はすぐにニャルバンを呼び出すと、スプリングのランキングについて確認を始めた。
「スプリングって、ロンドがいた都市だにゃ」
「うん。移住が問題なくできたらいいんだけど、できなかった時のことも考えておかなきゃと思ってね」
「ちょっと待つにゃ。スプリング……スプリング…………あったにゃ! 今の順位は……637位だにゃ」
「637位って、最初に比べてだいぶ下がってない? ……ニャルバン、ランキングが一気に下がる場合って、どんなことが考えられるかな?」
ロンドが契約してくれた時の順位は415位だった。
そこから200位以上も順位を下げているというのは、何かあったと見るべきではないかと廻は考えている。
「そうだにゃー……一番はダンジョンの衰退だけど、あまり考えにくいのにゃ」
「ダンジョンの衰退?」
「そうにゃ。友好ダンジョン都市を結んだ都市に、強いモンスターをトレードで渡したりすると一気に順位を落とすことがあるのにゃ。だけど、それは普通あり得ないのにゃ」
「それはそうよね。自分のダンジョンランキングが下がるのが分かっているのに、強いモンスターを渡すなんて考えられないわよね」
「ダンジョン以外あと、有力な人材が流出した場合にゃ。これも考えにくいけど、可能性があるとしたらこっちかにゃ」
モンスターのトレードは経営者に権利があるが、人材の流出に関しては一人の思惑で押さえつけられるものではない。
「もし、ランキング上位の都市から勧誘があれば、その都市の経営者が断るのは難しいのにゃ」
「でも、移住には許可が必要なんでしょう?」
「それは正規の手順の場合なのにゃ。あまりおすすめはしないけど、力づくで奪うことだってできるんだにゃ」
「何よそれ、怖いんですけど」
体を抱きしめるようにして震えるジェスチャーを見せた廻だったが、ニャルバンはそこに一つの注意事項を付け加えた。
「だけど、それには移住する人物が別の都市に移りたいと思っていればこその方法なのにゃ」
「それって、欲しい人材を無理やり取り込もうとしても、その人物が行きたいと願わなければ無理だってこと?」
「その通りにゃ。ただ、ランキング上位の都市から勧誘されて、それを断る人物なんてほとんどいないのにゃ」
「……そっか、そうだよね。誰でも出世はしたいもんね」
そう考えて、ジーエフの面々はどうだろうと考えてしまう。
契約をしている四人は別として、移住してきた面々は他に移りたいと思う日も来るかもしれない。
自分が全員の生活を満足させられているという確信がまだ得られていない廻にとっては、少し怖い情報になってしまった。
「とにかく、スプリングにはそのどちらかが起きてしまっている可能性があるのにゃ」
「……それなら、やっぱりロンド君の家族をジーエフに連れて来た方がいいかもしれないわね」
「そうだにゃ。……だけど、衰退している都市の経営者が移住を認めてくれるか、それが心配だにゃ」
「有力ではなかったとしても、人材の流出はランキングを下げる要因になるもんね」
何事もなく、ロンドの家族がジーエフに来てくれることを願うことしかできない。
そして、カナタ達に何事もないように願うことしかできない。
「私にできること、何かあるかしら……」
そんなことを考えながら、その日は過ぎていった。
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