第4章:それぞれの過去

第126話:ジーエフでの暮らし

 オレノオキニイリから戻ってきて数日が経った。

 廻は普段の生活通りにノーマルガチャを引き、換金窓口に立ち、冒険者と会話をして、宿屋の手伝いに走り回る。

 久しぶりにアルバスから怒鳴られた時は何故だかにやけてしまったものの、翌日からはすでに名物にもなっている言い合いになったのはお約束だ。


 今日は冒険者も少なく、珍しく時間ができた廻は鍛冶屋に顔を出していた。


「こんにちは! アークスさん、クラスタさん!」

「こんにちは、メグルさん」

「えっと、メグル……ちゃん?」

「うふふー、ちゃん付けで構いませんよー!」


 廻はクラスタに自分のことをちゃん付けで呼ばせている。

 様付けは断固として拒否。アークスのようにさん付けもクラスタからは提案されたのだが、そこも廻は断固拒否していた。


「あの、やはりさん付けではダメですか?」

「ダメです! クラスタさんみたいな綺麗な人からはちゃん付けで呼ばれたいんですよ!」

「諦めた方がいいよ、クラスタ。メグルさんは頑固だから」

「……これに慣れなきゃいけないのね」


 溜息をつきながら仕事に戻ろうとしたクラスタだったが、そこに廻が声を掛ける。


「あっ! 今日はクラスタさんに用があって来たんです!」

「わ、私にですか?」

「はい。仕事終わりで構わないんですけど、一緒に晩ご飯でもどうですか?」

「……へっ?」


 話の流れが全く分からなかったクラスタは困惑したままアークスに視線を向ける。

 そのアークスは苦笑しながら廻に話し掛けた。


「メグルさん、なんでクラスタと食事を?」

「ジーエフの生活に慣れたかどうか、困っていることがないか、色々と話をしたくって。移住してくれてからここまで、ちゃんと話もできてなかったし」

「……だそうだよ、クラスタ」

「……は、はぁ、そういうことでしたら」


 廻も本来ならクラスタにもっと早く声を掛けるつもりだったのだが、ダンジョンの確認や不在時に手に入れていた特典の確認、そしてモンスターの成長を確認したりと忙しかった。

 クラスタも荷物の片付けやアークスの仕事を手伝うための鍛冶屋の確認など、やることが多かった。

 今がようやくお互いに時間が空いたタイミングだったのだ。


「だったら僕もご一緒していいですか?」

「もちろん! あっ、もしかしてアークスさんの方から困ったことが出てきましたか?」

「いえ、僕は何もありません。ただ、僕が改善しないといけないこともあるだろうと思って話を一緒に聞きたいも思ったんです」

「ア、アークスに不満なんて、私は一つもないわよ?」

「……ありがとう、クラスタ」


 目の前で惚気を聞かされた廻は苦笑しながら話を続けた。


「そ、それじゃあ、お店を閉めたら宿屋の食堂に来てくださいね!」

「「分かりました」」


 見つめ合いながらの返事だったので、これ以上はお邪魔だろうと空気を読んだ廻はそそくさと鍛冶屋を後にした。


 廻が次に向かった場所はカナタ達の家である。

 オブジェクトから木材を切り出して三人の家はすでに造っており、女性のアリサもいることから一人一部屋、居間や台所は共同なのだが廊下の一番奥がアリサ、その手前にトーリ、カナタと部屋が並んでいる。

 廻が訪れると三人とも家におり、そのまま上げてくれた。


「突然ごめんね」

「いえ、全然大丈夫なんですけど、どうしたんですか?」


 カナタの疑問に対して、廻はクラスタに行ったのと同じ話を口にした。

 クラスタだけではなく、最初に契約した四人以外の移住者に同様の質問をしようと考えているのだ。


「俺は特に不便はないけど……トーリとアリサはどうだ?」

「僕もありません」

「私も大丈夫ですよ」

「アリサちゃんは女の子だから何かと不便があるかもと思ったんだけど、本当に大丈夫?」


 心配そうな声でアリサに声を掛けた廻だったが、アリサは笑顔で首を横に振った。


「普段から男の子とも生活していましたし、むしろ今の方が充実しているくらいですから」

「そっか、それならいいんだ。でも、カナタ君やトーリ君もだけど、何かあったら必ず教えてね。改善できるところは、改善するからね!」

「はい! ありがとうございます!」


 そう答えたのはアリサだ。

 アリサとしては本当に不便は感じていないが、同じ女性として気にしてもらえているだけでもうれしく思っていた。


「よーし! それじゃあ次はジレラさんのところに行ってこようかな!」

「住民のところにわざわざ足を運ぶ経営者って、見たことないんですけどね」

「そんなこと言わないの、トーリ君。これが私なんだからね!」

「なんだトーリ、まだ慣れてないのか?」

「カナタは慣れたのか?」

「そりゃそうだろう! こんな普通に話し掛けてくれるんだからな!」

「そうだよねー! 慣れるよねー!」

「……はぁ。もういい」


 呆れ声を漏らすトーリなのだが、廻の目の前で今のような態度を取っているのだから十分に慣れてきていると言えるだろう。

 その姿に廻だけが笑みを浮かべて、三人の家を後にした。


 最後に向かったのは、宣言通りにジレラ夫妻の家である。

 ただ、ジレラ夫妻に関しては家を造ってもらう時に何度か顔を合わせているのでその時に世間話程度で不便がないかを聞いていた。


「不便? ないない! むしろ好きなように仕事をやらせてもらえているからありがたいよ!」

「うふふ、私も大丈夫ですよ。時々ダンジョンにも戻らせていただいていますし、とても充実しています」

「よかった。でも、リリーナさんは気をつけて下さいね。元冒険者とはいえ、ブランクはあるんですから」

「ありがとうございます。でも、だいぶ現役の頃の動きが戻ってきましたし、ジーエフは最下層のランドンに挑まなければ問題はなさそうですから」


 問題はない、という言葉に廻は少しだけ落ち込んでしまう。

 というのも、ノーマルガチャを引いても最高でレア度3までしか出てこない。現時点でレア度3がライとストナを含めて七匹、レア度4がランドン一匹。

 オレノオキニイリから戻ってきてレア度3は二匹増えたものの、それでも進化にはまだまだ遠く、昇華にしても複数の同じモンスターが少ないので考えどころである。


「リリーナさんの目から見て、ジーエフのダンジョンには何が足りないと思いますか?」


 廻は元冒険者ランキング27位のリリーナの意見は廻にとってはとても貴重なものになる。

 元冒険者ランキング1位のアルバスの意見とは異なる話が聞けるのではないかと考えた。


「そうですねぇ……メグルさんはとても安全にダンジョンを造っていますよね?」

「はい。誰かが死ぬのは、見たくないので」

「その分、安全地帯セーフポイントを他のダンジョンよりも多く設置しているわけですから、これから開放する階層に関してはダンジョン自体を難しくしてもいいのではないかと思います」

「ダンジョン自体を難しく、ですか?」


 どういうことかと首を傾げている廻を見て、リリーナは笑顔のまま説明してくれた。


「ジーエフのダンジョンは岩窟タイプで一番シンプルな構成になっています。ダンジョンによっては森林タイプだったり迷宮タイプ、毒の沼なんかを造ることもできるんですよ?」

「……し、知らなかった。ニャルバンからはそんなこと聞いてないんですけど!」

「そうなんですか? でしたら、神の使いの方に詳しく聞いた方がいいかと思います。そのダンジョン自体の難易度を上げることで、モンスターが整わなくてもある程度は手ごたえのあるダンジョンにできるかと」

「わ、分かりました! すぐにでもニャルバンに確認してみます!」


 慌てて立ち上がった廻はジレラ夫妻に頭を下げると急いで家を後にした。


「本当に、忙しくしている経営者様だなぁ」

「うふふ、だからこそ私達も楽しく過ごせているんですけどね」


 廻を見送ったジレラ夫妻は、ゆっくりとお茶を飲むのだった。

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