第121話:アークスとクラスタ
アークスはヴォルグの鍛冶屋に到着するとすぐに
愛用していた魔方陣もヴォルグが残してくれていたのでありがたく使わせてもらう。
最初に作るのは芯になる部分なので深紅の針だ。
魔方陣の中央に深紅の針の置いて大きく深呼吸をする。
「……よし、やるか」
「頑張ってください、アークスさん!」
「ご健闘を祈っております」
「初めての作品、しっかりやるんじゃぞ」
「皆さん……はい!」
廻が、ラスティンが、ヴォルグが見守る中でアークスは両手を魔方陣に乗せた。
今回は素材同士を融合させるわけではないので融かし混ぜることはせずに素材そのままから成形の工程へ進んでいく。
疲労も少なく済むので次の玉作成へすぐに移ることも可能だ。
「先を丸く細くして、玉を提げる部分には装飾を……こんな感じかな?」
アークスは事前に廻と相談しながら芯と、そこに施す装飾を作り上げていく。
ラスティンに案内された小部屋で行った作業時間よりも速く作業が進んでいく。これは魔方陣の有無が関係していた。
「……この手際、むむむっ」
「ラスティンさん? アークスさんは返しませんからね?」
「もちろんでございます。こちらにはヴォルグ様がいらっしゃいますからね」
「儂程度の鍛冶師などいくらでもおるじゃろう」
「いえいえ、早々お目にかかれませんよ」
「……まあ、誉め言葉だと思っておこう」
そんなやり取りが行われている最中もアークスの作業は進んでいく。
芯が出来上がり、細かな装飾が完成し、合わせて玉を提げるためのチェーンが作られていく。
「これはなんじゃ?」
「チェーンです。紐では切れてしまうこともあると思うので、丈夫に作れるこちらを採用しました」
「ふむ、面白い作りじゃのう」
「チェーンってなかったんですね」
「似たようなものはあったが、ここまで細かく一つ一つを組み合わせてはおらんかったし、このように揺れたりもしなかったのう」
「それはチェーンと言わないですよ」
「あくまでも似たようなものじゃ。これとは言っておらん」
チェーンの一つ一つの作りに感心しているヴォルグ。
その様子を見ているラスティンは軽く頷きながら作業を見つめている。
アークスの作業は芯を作り終わり、玉の作成へと進んでいく。
バラクーダの甲羅からは必要以上の玉が作れるとあって小さく切り分けられている。
そのうち三つの玉が作れるサイズの素材を魔方陣に置いてもう一度深呼吸をする。
玉の作成は光を当てることで透き通るような輝きを放つように透明感が重要になる。
アークスのイメージが固まるまで目を閉じて集中力を研ぎ澄まし、作業へと取りかかった。
「これは、宝石の真似事か?」
「そんな感じです。ガラス玉とも違いますけど、クラスタさんが高価なものを好まないと聞いたのでモンスターの素材で作るのとにしました」
「そっちの方が高価になりそうだがのう」
「素材の調達方法によりますよ。今回はロンド君とエルーカちゃんが協力してくれたので仕入れに必要な費用は掛かってませんから」
価値の問題を出されるとモンスターの素材は高値で取引されることが多いので、自分で買おうとすると高くなる。
だが、ダンジョンから直接素材を工面できればその問題も解決されるのだ。
アークスも二人が協力してくれるからこそ、満足のいく簪を作ろうと決めてくれたわけで、自分で素材を買えと言われれば別の素材で作ることを考えただろう。
「あっ、玉も出来上がりましたね」
「やはりこちらは速いですね」
「あの大きさなら、アークスはすぐに仕上げるじゃろうな」
ヴォルグはそう言っているが、アークスの額からは大粒の汗が流れ落ちている。
集中力を高めて、簪を最高の出来で仕上げようという気持ちがこもっているからだろう。
「……最後に芯とチェーン、そして玉を繋ぎます」
最後の仕上げが行われていく。
出来上がった簪は今まで練習で作ったどれよりも美しく仕上がった。
アークスは出来上がったばかりの簪を握りしめ、その足でクラスタの家へと向かう。
廻とラスティンは鍛冶屋で別れた。ここからはアークス次第である。
二人が上手くいくことを願いながら、駆けていくアークスの背中を見送ったのだった。
※※※※
クラスタは家のソファに腰掛け、一人そわそわしていた。
昨日はああ言ってしまったものの、本当にプレゼントを準備してくれるのか心配だったのだ。
どのようなプレゼントを持ってこられても受け取るつもりではいるものの、その気持ちとは別に受け取ってからのその先についても考えていた。
「アークスはここにはいない。私は、アークスからプレゼントを受け取ってからどうしたらいいの?」
移住できればそれが一番だろう。
だか、その移住が認められるかどうかは分からない。クラスタだけの気持ちではどうしようもないことだからだ。
それに父親であるヴォルグのこともある。
唯一の肉親を一人残してオレノオキニイリを離れる決断を下すことがまだできないでいた。
そんな時である。
──カランカラン。
チャイムがなった途端にクラスタの心臓は大きな音を立て始めた。
まさか、昨日の今日で準備してきたのか。それはその辺で購入できるようなものではないのか。
あまりにも早い来訪に、クラスタの中で一つの決意が成された。
どのようなプレゼントでも受け取るつもりだった。だが、それはアークスが考え抜いた末に選んでくれたプレゼントならである。
もし準備してきたプレゼントがクラスタの琴線に触れなければ、受け取りを拒否してオレノオキニイリに残ることを決断しようと。
しかし、そうでなければ……そうでなければ……。
──カランカラン。
「あっ! は、はーい!」
再び鳴らされたチャイムにハッとしたクラスタは立ち上がるとすぐにドアの方へと向かった。
開けた先にいたのは──アークスだ。
「……ど、どうしたの?」
昨日の態度から強気の姿勢で声を掛けるクラスタ。
「プレゼントを、持ってきたんだ」
一方のアークスは真剣な眼差しでクラスタを見つめながら口にする。
「こんな短期間で、何を準備してくれたのかしら? そこら辺に売ってるような代物だったら突き返すからね?」
「大丈夫だよ。これは、僕と僕の都市の経営者様と真剣に考え抜いたプレゼントだからね」
「け、経営者様と!?」
まさかの経営者という言葉にクラスタは先ほどまでの強気な表情を崩して驚いてしまう。
だが、アークスは表情を変えることなく裸のまま右手に握りしめた簪を差し出した。
「ごめん、出来上がってすぐに持ってきたから包装とかもしてないんだけど、早く見てもらいたかったんだ」
「これは……なんなの?」
とても綺麗なものではあるが、初めて見る簪に困惑するクラスタ。
そんなクラスタに微笑みながらアークスが説明する。
「使ってくれたらすぐに分かるよ。一度、後ろを向いてもらってもいいかな」
「後ろって……こうかしら?」
「うん、ありがとう。少し髪を触るね」
「えっ? う、うん、分かった」
長い間、異性に髪を触られるなどなかったクラスタは恥ずかしそうにしながらもアークスの言う通りにしている。
「……ちょっと、くすぐったいわよ」
「ご、ごめん。まだあまり慣れてなくて……よ、よし、できたよ」
「できたって……あれ? 髪の毛が、上がってる?」
「鏡を見てみてよ」
言われるままに玄関横に下げていた鏡に視線を向ける。
「──これ、とても綺麗ね」
深紅の芯に軽く指を触れさせながら、ゆっくりと鼈甲色の玉へ滑らせていく。
日の光が反射して輝く様は本物の宝石のように煌めいている。
芯に施された装飾も細やかで、深紅の薔薇のような花弁が満開に花開いていた。
「これは簪って言うんだけど、クラスタを一目見た時から絶対に似合うはずだって経営者様が言ってくれたんだ……ど、どうかな?」
「……アークス」
「……はい」
クラスタの答えを息を呑み待っているアークス。
鏡越しに簪を眺めていたクラスタは、アークスへと向き直る。その表情は──満面の笑みだった。
「ありがとう、とっても嬉しいわ!」
そのままアークスへ抱きついたクラスタ。その瞳には嬉しさのあまり光るものが溢れていた。
「……そっか、よかった。本当によかった!」
「でもさ、アークスのところの経営者様と会ったことなんてないんだけど、いつ私のことを見ていたの?」
クラスタは廻が経営者だとは思っていない。
アークスも伝えるべきかどうか悩んだ末に、もしクラスタが移住するとなれば廻のことも自ずと知ることになると判断して伝えることに決めた。
「昨日一緒にいた女の子がいただろ?」
「えっと、確かメグルちゃんって言ってたわね。そういえば、どうしてアークスが年下の女の子にさん付けをしてたの?」
「……あの子なんだ」
「何が?」
「あの子が、ジーエフの経営者様なんだよ」
アークスの発言にクラスタは一瞬固まったのだが、すぐに笑いながらアークスの肩を叩いてきた。
「またまたー! 嘘をつくならもっと分かりにくい嘘をつきなさいよ! バレバレだよー!」
「……嘘じゃないんだ」
「まーだそんなこと言ってー! ……えーっと、えっ?」
申し訳なさそうな表情を崩そうとしないアークスを見ながら、クラスタも少しずつ笑顔から困惑へ変わり、最後には真っ青になってしまった。
「ま、まさか、本当に?」
「本当だ。メグルさんが、ジーエフの経営者様なんだよ」
「……ええええええええぇぇっ!」
仲直りには成功したアークスだったが、最終的にクラスタの絶叫が響き渡る結果となってしまった。
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