第102話:今後の予定
食事が終わり、話はこれからどうするかに移っていく。
「エルーカとロンドがダンジョンに潜るのは明日でもいいだろう」
「……あのー、本当に潜るんですか?」
「当たり前ですよ」
「……はぃ」
エルーカは質問をジーンに即答されたことで俯きながら返事をする。
「あの、危ないと思ったらすぐに引き返しますから、安心してくださいね?」
「……優しいのはロンドさんだけです!」
すぐに引き返す、たったそれだけの言葉にエルーカは感極まっている。
「でも、ヤニッシュさんなら深い階層まで行けそうですよね」
「さすがに二人ではどうでしょうか。こちらのダンジョンについての知識もありませんし」
「ロンド君なら大丈夫でしょう。アルバス様の弟子ですからね」
アークスとジーンの太鼓判を受けて照れているロンドだったが、その隣ではやはりというべきかエルーカは嫌そうな顔を浮かべている。
「それじゃあ今日はどうしましょう?」
「……あの、よかったら俺の師匠のところに行きませんか?」
提案を口にしたのはアークスだ。
今回の招待に同行したのも師匠への挨拶が目的である。予定が決まっていないのならと提案してみた。
「私も会ってみたい!」
「ぼ、僕もアークスさんのお師匠様に会ってみたいです」
「いいんじゃないか? 俺もアークスの師匠には一言謝らなければならないからな」
「えっ! フタスギ様が、謝られるのですか?」
驚きの声はエルーカだった。
アークスももちろん驚いていたのだが声には出していない。
「……あの、その、申し訳ありません」
そして自分の失態に気づいたのか謝罪を口にした。
「……はぁ。俺も三葉にあてられたかな」
「えっ、私ですか?」
「なんでもない。俺の不手際でアークスがオレノオキニイリを離れていったんだ、その師匠に話をしたいのは分かるだろう」
「……ってか、まだ話をしてなかったんですか?」
「……誰がアークスの師匠なのかが分からなかったんだよ」
頭を掻きながら申し訳なさそうに話す二杉を見て、廻も言わなければよかったと今になって後悔してしまう。
「ご、ごめんなさい」
「いや、確かに三葉の言う通りだからな。本当なら自分で調べて会いに行くべきだったんだ」
「……フタスギ様」
今までであればただ驚いていただけだろう。実際に驚きはしていた。
しかし、アークスは二杉がわざわざ足を運んで師匠に謝りたいと言っていることに驚き以上の感動を覚えていた。
「ありがとうございます!」
「お礼を言われることではないんだがな」
「そうだよアークスさん。二杉さんは怠慢だったんだから」
「……お前はもう少しオブラートに言えないのか?」
「こういうことははっきりと伝えないといけませんからね」
「……まあいいがな」
溜息をつく二杉に笑顔を向けている廻。
本来ならば不敬だと周囲から声が上がっても仕方がない状況なのだが、ラスティンをはじめ屋敷で働いている全員が微笑みを浮かべている。
「——これだけ楽しそうなフタスギ様は初めてですね」
「——本当に」
「——あちらの方と友好ダンジョン都市を結べてよかったです」
そんな声がちらほら聞こえてきている。
話をしている廻と二杉には聞こえていなかったものの他の面々にはばっちりと聞こえていた。
それでも誰も口にしないのはお互いの経営者が本当に楽しそうに会話をしていたからだった。
「と、とにかく! この後はアークスの師匠の店に行くぞ!」
「そんな怒らないでくださいよー」
「怒ってない!」
「怒ってるじゃないですかー」
「もういい! さっさと行くぞ!」
立ち上がった二杉にさっと近づいたラスティンが漆黒の布地に金色の刺繍が施されたローブを背中から羽織らせた。
「うわー! なんか格好いいですね!」
「……そ、そうか?」
「私も経営者だぞ! って分かる洋服とか作ろうかしら」
「……こういうのもいいものだぞ?」
「ですよねー! うんうん、何か可愛い洋服を考えとかなきゃ!」
気が合うのか合わないのかよく分からない会話を繰り返しながらも準備を進めていく二杉。
「お前達はそのまま出られるのか?」
「私は大丈夫です!」
廻の返答にロンドとアークスも頷きを見せる。
ジーンとエルーカも問題はないようなのでそのまま出発することにした。
「行ってらっしゃいませ、皆様」
ラスティンに見送られた廻達は、アークスの案内で師匠の店へと歩き出した。
※※※※
師匠の店への道中ではアークスの顔見知りから声が掛けられ続けていた。
「おう! お前、戻ってきたのか!」
「ヴォルグの旦那、寂しそうだったぞ?」
「アークス! 今度また勝負するぞ!」
「お前は毎回負けてるんだからもう止めとけよ!」
最後のツッコミにどっと笑いが起きる。
アークスも笑みを浮かべながら足を進めていたのだが、その後ろに二杉がいると知るや皆が口を噤んで静まり返ってしまう。
――これが経営者なのだ。
本来ならば住民が声を掛けられる存在ではなく、目の前で不敬を働けば都市を追い出されたり、最悪の場合には極刑に処されることもある。
そんな雰囲気を一蹴したのは――やはり廻だった。
「二杉さーん! オレノオキニイリってすごいですね! 鍛冶屋さんばっかりですよ! もう一人くらい融通してくれませんか? 今日みたいにアークスさんに休んでもらう時にもお店を開けたいんですよー!」
「……そんな簡単に住民を融通できるか!」
「そ、それじゃあ誰か紹介してください! 人が、人がいないんですよー!」
「自分で何とかしろ!」
「えぇーっ! ケチー!」
普通に会話をしている女の子の廻を初めて見た住民達は口を開けたまま固まってしまう。
このような話し方を住民がしてしまうと罰が与えられるのは確実だ。廻が他の都市の経営者だと知らなければこうなるだろう。
「あの、その、すみません」
最後方ではロンドだけが固まったままの住民に謝罪を口にしながら一同は進んで行くのだった。
――そして到着した一軒の鍛冶屋。
木造で外見はボロボロに見えるものの造りはしっかりとしている。
二階建ての鍛冶屋は一階が店舗で二階が自宅。アークスもよくおじゃましてご飯をいただいたものだ。
「……懐かしい」
「アークスさん。ちゃんと挨拶をして、そして出ていった理由を説明するんだよ」
「はい」
「私の都市に来てくれたんだから、必要があれば私からも説明するからね」
「……そ、それは遠慮したいですね」
「なんでよ!」
「いや、他の都市とはいえ経営者様から直接話し掛けられるのって緊張するんですよ?」
他の都市のことは全く知識を持たない廻としては衝撃の事実だった。
「他の都市でもダメなんだ!」
「経営者というのはどこでもそういうものなんだよ」
「だからこそ、自都市の経営者様であるフタスギ様が謝るということはとても珍しいことなんです」
「へぇー……二杉さん、やるじゃないですか!」
「……三葉はしばらく黙っておけよ?」
変に場をかき乱しそうな廻に一つ釘を刺した二杉に対して頬を膨らませて怒っているアピールをする廻。
緊張していたアークスはその姿を見てわずかだが笑みを浮かべた。
「……それじゃあ、入りますね」
アークスの言葉を受けて全員が扉に視線を向けた。
取っ手を右手で握り押し開ける。そこには――カウンター越しにこちらを睨みつけている髭面の男性が立っていた。
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