第100話:懐かしのあの人?

 屋敷に入った廻達はエントランスの広さに圧倒されつつ、そのまま応接室へと案内される。

 客間のいくつか部屋があるようなので、廻は『個室だー!』と一人で喜んでいた。


「さて、今日は突然の誘いを受けてくれて感謝する」

「どうしたんですか、そんなに改まって」

「この場は俺が主宰になるからな、きちんとやらなければならないんだよ」

「私は気にしてませんよ?」

「……そうだったな」


 二杉は内心でやりにくさを感じながらも今日の予定を説明していく。


「この後は昼食になる。食堂で会食なんだがもう少し時間が掛かるので、一旦は部屋で休んでくれ。部屋への案内は人をやるからついて行ってくれ」

「はーい!」

「……調子が狂うな」

「そうですか?」

「……いや、なんでもねぇ」


 最後のやり取りで語尾が気安い感じに変わったのを聞き、二杉は何か無理をしているのではないかと思ってしまう。


「……二杉さん」

「なんだ?」

「もし時間があれば、ゆっくりお話ししましょうよ。日本の話とか」

「日本、か。……まあ、時間があればな」


 すぐにいつもの──この世界では──感じに戻ってしまったが、廻はなんとか話をできればいいなと内心で思っていた。


「皆様、メイドが到着しましてのでお部屋までご案内いたします」


 ラスティンの言葉に二杉も頷き、廻達は応接室を後にした。


 ※※※※


 三人にはそれぞれ個室が与えられた。

 廻の部屋の向かいにロンドとアークスの部屋が隣同士になっている。

 数日の滞在予定なので大きな荷物は持っていないが、男性二人は部屋に入って荷物を下ろす。

 廻はというと荷物は床にぽいっと投げ出してベッドに飛び込んでいた。


「わはあー! ……はぁ、ふかふかだよー」


 経営者の部屋マスタールームのベッドもふかふかなのだが、ここのベッドはさらにふかふかだった。

 ばふん! と音を立てて体が沈みひんやりとしたシーツが眠気を誘う。

 朝が早かったこともありだんだんと瞼が重くなっていくのを感じた廻は起き上がろうと試みるが──


「……ダメ……ちょっと……仮眠…………」


 睡魔に抗うことができず、そのまま深い眠りに落ちてしまった。


 ※※※※


「──……はっ!」


 自分が寝てしまったことに気づいた廻はガバッと体を起こして周囲を見る。

 ふかふかのベッドで寝ていたはずだが、目の前に広がる真っ白な世界に首を傾げてしまう。


「ここって、もしかして?」

「──メグルちゃんお久しぶりですー」

「あんたああああぁぁっ!」

「ひゃああああぁぁっ! い、いきなりなんですかー!」


 廻の前に現れたのは宙に浮いたままの小さな少女──神様だった。

 最初の頃に二回ほど顔を合わせただけで出てこなくなった神様に対して、廻は顔を合わせて早々に怒鳴りつけていた。


「なんですかじゃないわよ! 転生の時と初日の夜にしか顔を見せなかったくせに、今更なんのようなんですか! こっちはめちゃくちゃ大変だったんですよ!」

「私も忙しいのですー」

「忙しいって! ……もしかしてランキング発表でちょこちょこダンジョンが増えてるのって?」

「私が転生させてますー」

「……こんの神様は!」

「なななな、なんですかー?」


 廻が拳を握りながらぷるぷる震えているのを見て、神様は顔をひきつらせている。


「力がないから転生させられないって言ってたじゃないの! 私に嘘をついてたのね!」

「ち、違いますー! あの時は本当にできなかったんですー! 今は少しだけ力が回復したから転生させたんですー!」

「その力で私のギフトを交換しなさいよ!」

「そ、それは無理なのですー!」

「なんでよ! レアガチャが毎日引けるようにしなさい!」

「だから無理なのですー! 前にも言いましたが、ギフトはその人が元々持っているものですからチェンジはできないのですー!」

「私が元々持ってるなら、神様からのギフトにはならないでしょ!」

「……えっ?」

「ごまかされるかー!」

「ひいいいいぃぃっ!」

「逃がすか!」


 逃げ出そうとした神様の体に抱きついて逃がさない廻。

 口を閉じて力みながら移動しようとする神様だったが、子供姿の廻よりも小さいのだから勝てるはずもなく、すぐに息も絶え絶えの様子で諦めてしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ……ま、まだ、力が戻らないですー」

「戻る度に転生させてたらそりゃそうでしょうよ! ……あれ? でも少しだけ大きくなってない?」

「その通りなのですー!」

「うわあっ!」


 廻は抱きついた拍子に神様の大きさを確認したのだが、前回の三〇センチくらいの大きさから一回り大きくなっている。

 その直後に神様が飛び上がり廻の腕の中から飛び出した。


「今原また少しずつ力が戻ってきているのですー!」

「でも、力を使ったらまた小さくなるんでしょう?」

「メグルちゃんの時のような力は使わないのでそこまで小さくならないのですー」

「……やっぱり私の時は辺な力を使ったのね?」

「……そ、そこは言わない約束ですー」

「そんな約束してないわよ! ……はぁ、もういいわよ」


 何度も怒鳴っているので廻もさすがに疲れてしまった。

 溜息をつく姿を見て、神様も悪いと思ったのか下を向く廻るの顔を覗き込んで心配そうな顔を浮かべる。


「あの、ごめんなのですー」

「……もういいから。私もここで生きていくって決めたはずなのに、神様の顔を見たら色々と考えちゃったわ」

「……えっと、ギフトをチェンジすることはできませんけど、なんとか特典をあげられるように努力してみるですー」

「できるの!」

「今ある力を使えば、ガチャ券は無理でも他の特典ならできるはずですー」

「今ある力、かぁ」

「どうしたのですかー?」


 神様の言葉を受けて、廻は思案顔を浮かべたもののすぐに首を横に振った。


「ううん、いらないよ」

「でも、便利な特典ですよー」

「いらない。本音はもちろん欲しいんだけど、神様の力を使ってまた小さくなったら大変だものね」

「メ、メグルちゃん……」

「神様の力は、この世界に何かがあった時の為に蓄えておいてください」

「……あ、ありがとうなのですー!」


 頭の上でくるりと一回転した神様は廻の胸の中に飛び込んだ。

 咄嗟に抱き締めた廻だったが勢いに押されてそのまま倒れてしまう。


「ちょっと、神様?」

「あうあう、メグルちゃんは本当に優しいのですー!」

「まったく、どんだけ変な人を経営者にしてきたんですか」

「私もなんでこうなったのか分からないのですー」


 泣きじゃくる神様の頭を優しく撫でながら、ふと気になったことを口にしてみる。


「そういえば、私の後にも何人か転生させたんでしょう? その人達は今のところ順調なんですか?」

「……えっ?」

「……まーさーかー?」

「じゅ、順調ですよー! 当然じゃないですかー! あは、あははー!」

「……」


 ジト目で見ていると、神様は本当なのだと訴えてきた。


「すでにメグルちゃんよりも上のランキングになった経営者もいるんですよー!」

「そうなんだ、その人すごいね」

「ふっふーん!」

「いや、神様がすごいわけじゃないからね?」


 何故か胸を張っている神様にツッコミを入れつつも他の経営者が順調にランキングを上げているのは嬉しいことなので、それ以上は何も言わないことにした。


「それなら、私が頑張る必要もなさそうだね!」

「ダ、ダメですよー! メグルちゃんも頑張って都市を大きくしてくださいねー!」

「私は私なりに頑張るわよ」

「……よろしくなのですー」


 悲しそうな表情を浮かべる神様に、廻は笑顔で返す。


「ほらほら、私なんかよりも有望な経営者の前に行った方が有益だと思うわよ」

「そ、そんなことはないですー! メグルちゃんの方が有益なのですー!」

「そう言ってくれるのはありがたいけど──きゃあ!」


 廻の悲鳴と同時に真っ白な世界が大きく揺れた。

 時間切れなのかと思ったが、今までは揺れなどなく黒いヒビが広がり落ちていくだけだったはず。


「か、神様!」

「誰かがメグルちゃんを起こそうとしてますねー」

「起こそうとって……あっ! お、お昼ご飯!」


 廻がそう口にした途端、廻の姿は真っ白な世界から消失した。

 残された神様は何故か悲しそうな表情のままだ。


「……はぁ。一人は順調でも、残りがダメダメなのですー」


 そんなことを呟きながら、神様も真っ白な世界から姿を消した。

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