第97話:同行者決定

 宿屋には廻の言った通りに二杉とジーン、そしてアルバスが世間話に興じていた。

 主にジーンがアルバスに質問する形だったのだが、アルバスは嫌がる様子もなく答えていた。


「お待たせしました!」

「おう。どうだった……って、小僧もいたのか。そっちのちっこいのは誰だ?」

「あの! えっと、その!」

「ちっこいのじゃありません! エルーカ・プライちゃんです!」

「俺が連れてきた新人冒険者だ」

「へぇ……まあどうでもいいが、小僧はオレノオキニイリに行くんだろう?」


 アルバスの興味はすぐにエルーカから離れてしまった。


「えっと、はい」

「それならせっかくだ、ダンジョンに潜らせてもらえ」

「そのことで先ほどフェローと話をしていたところだ」

「えっ! ……確かに潜りたいではありますけど、それではメグル様の護衛の意味が」

「その時はフタスギと一緒にいてもらえばいいだろう。それならジーンもいるわけだからな」

「ちょっとちょっとちょっと! 勝手に話を進めないでくださいよ!」


 アルバスと二杉の間ではロンドをダンジョンに潜らせるということで話がまとまっていたのだが、そこに待ったを掛けたのは廻である。


「ロンド君だけで潜らせるつもりですか! そんなことは私が許しません、危ないじゃないですか!」

「一人で潜らせるわけじゃない」

「その通りだ。ロンドがダンジョンに潜る時には、エルーカにも一緒に潜ってもらう予定だ」

「そうなんですねぇ……えっ、ええええぇぇぇぇぇぇっ! わ、私ですか!」


 相づちを打つだけだったエルーカは突然名前が出たことに反応することができず、変な返事をしてしまった。

 二杉は表情に出していないものの、その後ろではジーンが手で顔を覆っている。


「わ、私では何のお役にも立てませんよ! まだ一人ではダンジョンの一階層すら突破できてないんですよ!」

「一階層の案内役として同行するんだ」

「そ、そんなぁぁぁぁっ!」


 あまりの嫌がりようにロンドが断りを入れようとしたのだが、それを二杉が右手を出して発言を遮った。


「これはエルーカの問題なのだ。ロンドには悪いが、こいつの世話を見てやってくれないか?」

「小僧、これも冒険者として成長するために必要なことだ」

「冒険者として必要なこと、ですか?」

「だーかーらー! 勝手に話を進めないでくださいってば!」


 ロンドが説得されそうになっているのを見て再び廻が言葉を挟んできた。

 アルバスが面倒臭そうに睨みを利かせるものの、負けんとばかりに口を開いていく。


「エルーカちゃんも新人なんですよ! 本人が一階層も攻略できていないって言ってるんだから無理やり潜らせるのは可哀想じゃないんですか! せめてエルーカちゃんをフタスギさんの護衛にしてジーンさんと潜らせてくださいよ!」

「なんだ、小僧を信用していないのか?」

「それとこれとは話が別です! ロンド君を危険な目に遭わせるわけにはいきません!」


 廻は頑なにロンドがダンジョンに潜ることを許さない。

 その頑固さを知っているアルバスは頭を掻きながらどうしたものかと思案する。

 だが、廻の考えていたことはアルバスでも思いつかなかった突拍子のないことだった。


「ロンド君がダンジョンに潜るなら――私も一緒に潜らせて!」

「「「はい?」」」


 まさかの経営者自らがダンジョンに潜りたいという提案。

 二杉もジーンも、アルバスですらただ返事を返すことしかできず、エルーカに至っては一言も発することができないでいた。


「だから、私もダンジョンに潜らせてください!」

「……お、お前はバカか! バカなのか、バカなんだな!」

「バカバカうるさいですよ、アルバスさん!」

「お前がバカだからバカだと言っているんだ! 経営者がダンジョンに潜るなんて聞いたことがないぞ!」

「俺でも潜ろうなんて思ったことはないぞ」


 アルバスの発言に二杉が同意を示す。

 実際に二人の言っていることは正しかった。

 過去にダンジョンに潜りたいなどと口にした経営者は数人程度、そして皆が深手を負って戻ってきたか、戻ってこなかったか。

 それはダンジョンが狡猾だと言われる所以にもなった事柄でもあった。


「ロンド君だって私と一緒なら無理に潜ろうとはしないでしょ? だったら私が一緒に潜った方が逆に安心じゃないですか」

「ダ、ダメですよ! そんなことしたらメグル様が危険じゃないですか!」

「私の危険は関係ないわ! ロンド君が危険なんだから!」

「こいつ、マジでバカか! それともアホなのか!」

「どっちも違いますよ!」

「と、とにかく落ち着け! 三人とも、これでは話が進まない――」

「おやおや、何をしているんですか?」


 二杉が止めに入ろうとした時、今の雰囲気とはかけ離れた穏やかな声が食堂に聞こえてきた。

 その声の主には誰も逆らえず、アルバスですら敬語を使う相手である。


「……ニ、ニーナさん」

「メグルさん、皆さんの心配を無下にしてはいけませんよ?」

「で、でも、ロンド君が心配で……」

「その気持ちは分かります。ですが、メグルさんの我儘が逆にロンド君を危険に晒す可能性があることに気づいていますか?」

「えっ?」


 廻は単にロンドに慎重に行動してほしいと思っただけだった。自分と一緒なら無理はせずに危なくなればすぐに引き返してくれると思っていた。

 だが、ニーナの見解は違っていた。


「ダンジョンは狡猾です。殺せると思った者から殺しに掛かります。そんなダンジョンに自衛すらできないメグルさんが飛び込んだらどうなるでしょう。きっとモンスターはメグルさんを狙って殺到するでしょうね」


 ニーナに言われて、廻はトーリがモンスターの群れに襲われた時のことを思い出していた。

 一人になったトーリを殺そうとしてダンジョンが差し向けたオートとランダムモンスター。

 間一髪でロンドとカナタが間に合ったから良かったものの、間に合わなければ確実にトーリは死んでいただろう。

 あの光景が、今度は自分の身に降りかかるかもしれないと考えただけで鳥肌が立ってしまった。


「ロンド君はメグルさんと契約している冒険者です。メグルさんが襲われれば身を挺して助けるでしょう。それこそ自分の命と引き換えにしてでもね」

「そんなのはダメです!」

「ならばダンジョンに潜りたいなどというのは止めるべきでしょうね。フタスギ様からも聞いたでしょう。経営者がいなくなったダンジョンは崩壊するのだと」

「それは、そうですけど……」


 廻も本当にダンジョンに潜りたくて言っていたわけではない。ダンジョンが危険な場所だということも理解している。

 だからこそ、ロンドには無理をしてほしくないと思っているのも事実なのだ。


「……メグル様、僕は絶対に死にませんよ」

「……ロンド君」


 心配顔を浮かべている廻にロンドが微笑みながら口を開く。


「ジーエフが成長途中なのに、僕が死ぬわけにはいきませんから。宿屋の仕事だって残っていますし、これからたくさんのダンジョンに潜りたいとも思っています。そして何より、ジーエフが良い都市になることを見届けないといけませんから」

「……あっ」


 ロンドが契約する時に言った言葉を廻は思い出していた。


『——メグル様は、良い経営者様になってくれますか?』


 廻ははっきりと答えた。


『——なるわ』


 だからこそ、ロンドは死ぬわけにはいかないと口にする。


「僕はメグル様の都市を見てみたいんです。だから死にません、ダンジョンに潜っても絶対に戻ってきます。僕だって成長しているんですよ?」


 そうだ、その通りだと廻は思った。

 アルバスの指導を受けて日々成長しているロンドを見ていて、廻は今日思ったではないか。

 ロンドなら冒険者ランキングでもどんどん上に行けるのだと、だからこそ二等級品であるライズブレイドを受け取るべきなのだと。


「……絶対に、絶対に!」

「戻ってきます」

「……まだ言葉の途中だよ!」

「そうでしたね」


 笑みを浮かべながらロンドは廻からダンジョンへ潜る許可を貰った。

 アルバスは頭を掻きながら溜息を漏らし、ニーナはいつもと変わらず微笑んでいる。

 二杉とジーンは顔を見合わせて苦笑している。

 唯一、一緒に潜ることが決定していたエルーカだけが顔を引きつらせていた。

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