第96話:アークスとオレノオキニイリ

 ロンドの居場所がすぐには分からなかった廻はアークスの鍛冶屋へ向かうことにした。

 とはいえ、案内できる場所が少ないジーエフなのでそのうち鍛冶屋にも顔を出すか、すでに出していればアークスにロンドとエルーカの場所を聞けばいいかとも考えている。

 鍛冶屋の前まで来ると、ちょうど客が出ていくところだったので廻も会釈をしながら通り過ぎ中へと入る。


「あれ? メグルさん、フタスギ様はどうしたんですか?」

「そのことでアークスさんに確認したいことがあるんです」

「俺に確認、ですか?」

「あぁ、身構えないで! アークスさんが決めていいことの確認なんだから!」


 やはりまだ二杉に対しては緊張してしまうのだろう、確認と聞いただけで体に力が入っていた。


「二杉さんが私をオレノオキニイリに招待したいって言ってくれているの。それで、アークスさんが師匠や知り合いに何も言わずに出ていった可能性もあるから、もしアークスさんがよければ一緒に行かないかって言いに来たのよ」

「……俺が行っていいんですか?」

「全然構わないわよ! 護衛としてロンド君を連れて行く予定なんだけど、二杉さんの都市で何かあるってことはないだろうしね」

「……メグルさんはフタスギ様を信用しているんですか?」


 少しの疑問を抱きながらアークスが廻へ問い掛ける。


「最初は信用していると思っていたの。だけど心のどこかでは信用しきっていなかったんだと今日の話で感じたわ。でも、それも今日の会話の中で本当に信用していいんだと思えたの。だって、この提案を口にしたのは二杉さんなんだよ?」

「えっ! ふ、フタスギ様が?」


 驚きの声をあげるアークスに廻は優しく微笑む。

 過去にあったことをなかったことにはできない。それでも、これからをより良くすることはできる。

 だが、それをするにはアークスの決断が必要なのだ。


「……メグルさんが良ければ、俺を連れて行ってくれませんか?」

「もちろんだよ! アークスさんにはやり残したことをしっかりとやってもらわないといけないんだからね!」

「……はい」


 アークスは控えめな、それでいてとても嬉しそうな笑っていた。

 その表情に廻も嬉しくなり屈託なく笑っている。


「それでね、一つだけアークスさんの意見も聞きたいことがあるんだ」

「なんですか?」

「鍛冶屋を閉めることなんだけど、アルバスさんは数日なら問題ない、冒険者が自分で手入れする。って言うんだけど、本当に大丈夫かな?」


 アークスが何も言わずに同行したいと言ってくれたのだから問題はないと思っているが、やはり言葉にしてもらいたいというのが廻の本音だった。


「その点は大丈夫ですよ。フェロー様の言う通り、冒険者の方々も自分で手入れをするための道具を持っていますから。深い階層のダンジョンを攻略するときなんかで必要になるんですよね」

「そうなんだ。それなら安心かな」

「あっ! でも事前に知らせておかないといけないので、これから来る人に伝えて広めてもらいますね。もしかしたら駆け込みでやって来る人もいるかもしれませんし」

「忙しくさせちゃってごめんね」

「仕事ですから。それに突然のお誘いをしたのはフタスギ様ですからね」


 出発は明日である。

 二杉からの誘いだとはいえ、やはりアークスが忙しくすることに変わりはなく頭を下げた。


「それじゃあ次はロンド君にも声を掛けなきゃだな。あの後からこっちに来ましたか?」

「いや、来てないけど?」

「そうなんだ。今はお客さんを案内してるから、そのうちこっちに来るかな」

「そうでしょうね。ジーエフはまだ案内できるところが少ないですから」


 アークスも同じことを考えたようで苦笑している。

 そうしてしばらくすると鍛冶屋の扉が開かれて予想通りにロンドとエルーカがやって来た。


「あれ? メグル様まで、フタスギ様との話は終わったんですか?」

「その話の件でロンド君を探してたんだよ」


 そしてアークスにも行った説明をすると、ロンドはすぐに了承した。


「ニーナさんの許可は貰ってるから、あとは誰に手伝いをお願いするかだね」

「みんなやってくれると思いますよ」

「トーリ君も?」

「はい」


 ロンドは看板察知の時にトーリとダンジョンに潜っている。その時に感じた印象から変わろうとしているのだと感じていた。

 貴族出身のトーリにとっては手伝うということ自体やったことがなかったかもしれない。

 それでも冒険者となり、カナタやアリサと出会い、ダンジョンで冒険をしたことにより変わろうとしているのだと。


「……そっか。そうだよね、みんな優しい人ばかりだもんね!」


 ロンドの想いとは少し異なる解釈をした廻だったが、これが廻なのだとロンドは何も言わなかった。信じた者をとことん信じる、それが廻なのだからと。


「エルーカさんはここで最後でしたか?」

「は、はい! 換金所と道具屋にも行ってきました!」

「何もないところでごめんねー」

「しょ、しょんなことありましぇん!」

「……メグルさん、謝るのはダメなんですってば」

「あっ! ご、ごめんなさい!」

「いえ、とてもしゅばらしいところでしゅ!」

「あうあう、えっと、その、が、頑張ります!」

「ひゃい!」


 中々かみ合わない二人にロンドとアークスは顔を見合わせて大笑い。

 当の二人は顔を赤くして下を向いている。


「このような方なので、本当に緊張しなくてもいいんですよ?」

「……は、はい」

「メグルさんは早く経営者の立場に慣れてくださいね」

「……善処します」


 言いながら廻はエルーカに視線を向けてニコリと笑う。

 エルーカはまだまだ硬いながらも笑顔を返してくれた。


「最後に宿屋に戻ろうと思っていたんです。ニーナさんの料理はジーエフの名物の一つですからね」

「今ならまだ二杉さん達もいると思うから一緒に戻ろうか」

「ご一緒しても、いいのですか?」

「もちろんだよ! アークスさんも何度もお邪魔してごめんねー」

「あはは、また謝ってますよ」

「あっ! ……ぜ、善処します」

「はいはい。エルーカさんもまた機会があれば寄ってくださいね。作品の紹介とかできなかったので」

「は、はい! またお邪魔します!」


 鍛冶屋では会話をしただけになってしまったのでアークスがそのように提案すると、エルーカも快諾する。

 実のところエルーカはオレノオキニイリから来たこともあり鍛冶屋に興味を持っており、アークスも短槍に興味を持っていた。


「それじゃあ行きましょう!」

「は、はい!」

「アークスさん、ありがとうございました」


 三人は挨拶を終えるとそのまま宿屋へ向かって歩き出した。

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