第91話:鍛冶とダンジョン

 アークスは鍛冶部屋へ移動して素材を窯の中にゆっくりと置いていく。

 青色の親爪と魔石、銀色のミスリル。

 これらをで融解させて混ぜ合わせる。

 窯には専用の魔法陣が刻まれており、鍛冶魔法をサポートしてくれる。

 この世界において、鍛冶の手順は廻がいた世界とは大きく異なっている。

 炎で素材を融かし、鎚で固まり始めた素材を何度も打ち、成形して作り上げるわけではない。

 素材を並べた窯も、ドーム型になっているわけでもなく蓋があるわけでもない。底の深いお皿のような形をしていた。


「さて、やるか」


 アークスは窯の前に立ち、両手を窯の縁に乗せて深呼吸。

 視線は素材に固定しており、その瞳からゆらりと白い光が浮かび上がる。

 鍛冶魔法の発動を知らせる光の揺らめきは瞳だけではなく体全体へと広がり、アークスの両手から窯の中へと移っていく。

 素材が光に包まれると、カタカタとひとりでに動き始める。

 まだ鍛冶を開始して数分なのだが、アークスの額からは汗が流れ落ちていく。

 それでもアークスの集中力が乱されることはなく、視線は依然として素材に固定されたまま。

 薄っすらと包まれていた素材の光が徐々に濃くなっていくと、ついに素材が窯の中央へと移動を始め、どろりと融けてしまう。


「ここから、融合だ」


 素材同士を混ぜ合わせる過程、それを融合と呼んでいる。

 相性の悪い素材同士では完全に混ざり合うことができずに解けた状態のまま鍛冶魔法の発動が途切れてしまう。

 融合が上手くいけば、複数の素材が一つの素材へと姿を変える。

 青色と銀色の液体が円を描きながら混ざり合い、天色あまいろへと変化していく。

 グラデーションになっていた部分も徐々に一つの色に変わっていくと、最後には完全な天色となり、液体から個体へと移り変わっていく。

 その形状は楕円であり、これはアークスが剣を作る時に思い浮かべる素材の形状でもある。


「……融合は、できたな。次は、成形だ」


 一度大きく息を吐き出す。

 長い時間を集中していたこともあり、一度気を引き締め直す意味でも必要な行動である。

 アークスのルーティーンにもなっている一連の行動を終えて、視線は再び楕円の素材に向けられた。


「刃渡りは約五〇センチ、全長七五センチかな。元々使っていた剣もシンプルな作りだったし、変に凝ったデザインよりも同じようなシンプルな物にするか」


 言葉にしながら頭の中で完成品のイメージを作り出していく。

 ジレラ夫妻が家を造りだした時にも材料を見て家の間取りをイメージした時のように、鍛冶魔法でも完成品のイメージをより明確にすることが重要である。

 完成品のイメージがおぼろげだったり、途中でイメージを変えたりすると歪な物が出来上がってしまう。

 そうならない為にも、アークスは言葉にしながらイメージを固めていく。


「……よし、これならシンプルでありながら、見た目の美しさも兼ね備えているな」


 刀身、鍔、柄まではシンプルにしながらも、天色を上手く活かした美しさも忘れない。

 頭の中で完璧にイメージが固まったアークスは再び鍛冶魔法を発動させると、先ほどとは異なり素材と同じ天色の光が体中から溢れ出した。


「このまま一気に仕上げるぞ!」


 天色の光が両手に集約されると、そのまま窯を通して魔法陣へといきわたり、中央に転がっていた素材を包み込む。

 最初は天色の素材を天色の光が包み込んでいるだけの光景だったのだが、素材はアークスがイメージした形状へその姿を変えようと形を変化させていく。

 楕円の細長くなっている部分がさらに伸びていき先端が鋭利になるのと同時に、太かった幅が薄く広がりを見せると幅五センチの刀身が出来上がった。


「……ここから刃長を調整して……鍔と柄はこんな感じで……」


 鍛冶魔法を発動しながらもぶつぶつと呟きながら作業を進めていくアークス。

 ここから数十分の間、同じ光景が続くのだった。


 ※※※※


 換金所を廻に押し付けたアルバスは、ロンドに加えてカナタを伴いダンジョンに来ていた。

 ロンドの仮の剣ではあるものの、新しい剣に早く慣れるためにも刃長が同じ剣を振っておく必要があったのだ。

 そこにカナタがいるのは成り行きである。


「ダンジョンに行くなら声を掛けてくださいよ!」

「だー、面倒くせぇな! 小僧の剣の慣らしに行くだけだって言ってるだろうが!」

「それでもですよ! 俺はアルバス様の弟子なんですからね!」

「ア、アルバス様。もういいんじゃないですか?」

「……勝手にしろ!」


 そうしてやってきたダンジョンの五階層。

 ロンドだけでも問題なく踏破できる階層に、カナタも加われば傷一つ負うことなく到達できる。

 そして、今目の前にいるのは五階層のボスモンスターであるレア度3のピクシー。

 レベル上げを目的として浅い階層に配置されているピクシーのレベルは28であり、昇華をしないレア度3ではもうすぐ最高値となる。


「こいつには二人でやるんだ」

「「はい!」」


 駆け出し冒険者が二人で相手にするにも難しい相手なのだが、それは二人が誰にも師事せずに挑んだ場合の話である。

 二人が師事しているのは元冒険者ランキング1位のアルバスであり、その実力は駆け出しの中でも抜きん出る程になっていた。


「ウフフフフ」


 美しい女性の姿をしているピクシーの口からは甘い笑い声が漏れ出てくる。

 人間と姿形は似ているものの、背中からは薄く透明な羽が生えており、地上戦も空中戦もこなせる万能型のモンスターだ。


「俺が正面から斬り込むから、ロンドは隙を見て加勢してくれ」

「分かった。危なくなったらすぐにチェンジしてね」

「了解だ!」


 簡単なやり取りで方針を決めた二人は、まずカナタが駆け出して間合いを詰めると、袈裟斬りから連撃を放とうと試みる。

 ピクシーは両手の爪が突如として伸びると鋭利な刃物へと変化、正面からカナタと斬り結んでいく。

 甲高い金属音がボスフロアに何度も響き渡る中、ロンドはピクシーの背後に回り込み死角からの一撃を狙っていた。


「——フフッ」

「くっ! やっぱりダメか!」


 ピクシーがカナタの目の前で笑みを浮かべた直後、ロンドが回り込んでいた地面が爆発して接近を阻止してしまう。

 目に見える視野だけではない、ピクシーの《超感覚》が背後の気配すらも感じ取る。

 ランダムには存在しないピクシーのスキルである《超感覚》は、360度全ての方向に意識を向けることができるものであり、死角というものを作らない。

 どれだけ気配を消して背後に回り込もうとも、その全てはピクシーの《超感覚》が把握してしまっている。


「ホロ?」


 相手は気づいていないだろう、そう思わせることで重心を攻撃に向かせて反撃する。ピクシーが使う常套手段だったのだが、ロンドはその攻撃を回避してみせた。

 一撃で仕留めることができると思っていたピクシーにとっては意外なことである。


「よそ見すんじゃねえよ!」

「ホロロッ!」


 一瞬の困惑を見逃さなかったカナタが一気呵成に攻め立てる。

 立ち止まり斬り結んでいたピクシーだったが、一瞬の隙を突かれたことで徐々に後退を余儀なくされる。

 そうなるといくら《超感覚》を持っていたとしても、余裕がない状態では全ての動きに対応できるものではない。

 ロンドが横から迫っていると気づいていたとしても、魔法を放ち迎撃することもままならなくなっていた。


加速アクセラ!」


 さらにロンドがスキルを発動したことで完全に対応が後手に回ってしまう。

 振り抜かれたロンドの剣がピクシーの左腕を斬り飛ばすと、手数を失ったことでカナタの剣もその身に浴びてしまう。


「ギャアアアアアアアアァァッ!」


 右肩から胸までを深く斬り裂いたカナタの剣。

 大絶叫とともに大量の血がピクシーの傷口から零れ落ちていく。


「まだまだ! さっさとくたばれってんだよ!」


 半ばで止まっていた剣を引き抜くと、その場で横に回りながら横薙ぎを放つ。

 刃はピクシーの首を捉えると、遠心力によって威力が増幅された一撃が首を刎ねる。

 断末魔の叫びを上げることなく、ピクシーの体は白い灰となり戦闘は終了した。

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