第90話:投資とお礼
銀色に輝くその鉱石を見たロンドは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……アークスさん、それってもしかして、ミスリルじゃないですか?」
「その通りだよ。今回はライガーの親爪に魔石、そしてミスリルを混ぜ合わせて剣を打とうと思っているよ」
「ミスリルって、看板に使ってくれた素材だよね?」
驚いているロンドとは対照的に、廻はいつもと変わらない調子で質問する。
「はい。その時に余ったやつなんですけど、これだけではナイフくらいしか打てなかったし、何かに混ぜるにも媒介にできる素材がなかったんです」
「媒介って、ただ混ぜるだけじゃダメなんですか?」
「素材にも相性があるんですが、ミスリルは硬質で単品なら加工もしやすいんですけど、何かと混ぜるには相性が悪いんです。なので、相性の良い素材を混ぜることで本質を変換させて、他の素材と混ざりやすくする必要があるんですよ」
「……鍛冶、よく分かんない。だけど、必要なことっていうのは分かったわ!」
自分の門外漢だと分かると、お任せモードに入った廻。
アークスも一から一〇まで教えるつもりはなかったので、苦笑しながら話を切り上げた。
「基本的に、魔石は多くの鉱石と相性が良いんです。ミスリルも例外じゃないので、この機会に使ってしまおうと思いました」
「使い道がなかったならよかったですね……どうしたの、ロンド君?」
納得顔の二人とは異なり、ロンドは顔を青ざめて口をパクパクさせている。
「……ぼ、僕のお金では、足りないと思います」
「だーかーらー! 素材のお金はいらないってばー!」
「メ、メグル様はそれで良いかもしれませんが、アークス様に支払うお金も足りないんですよ! ミスリルは人気がある分、値段もそこそこ高いんですよ!」
頭を抱えてしまったロンドだったが、廻だけではなくアークスも笑みを浮かべている。
「ヤニッシュさん、お代はいりませんよ」
「手持ちのお金とこれからダンジョンに……って、え?」
「ジーエフに来た時にもお世話になりましたし、移住の時にも助けてもらいましたから、足りないとは思うけど、これはそのお礼です」
「アークスさん太っ腹ー!」
「魔石を差し出すメグルさんには言われたくないですね」
お金はいらないと言って普段と変わらないやり取りをする廻とアークス。
対するロンドは口を開けたまま固まってしまう。そして数秒後──
「…………ええええええぇぇっ!」
大絶叫するロンド。
驚いた二人が振り替えると、ロンドはカタカタと震えながら口を開く。
「……レ、レアアイテムの、親爪に、魔石。そ、それに、ミスリルを、タダで?」
「えっと、タダというよりは、投資だよ?」
「俺の場合はお礼です」
「でででででも! ……こ、これって、何か裏があります?」
「「ないよ!」」
「だったら! ……僕、今日ダンジョンに潜ったら、大怪我するとか?」
「「しないから!」」
ものすごく怖がってしまったロンドに溜息をつきながら、廻が説明を始める。
「ロンド君。さっきも言ったけど、私にとってこれは投資なの。アークスさんはお礼だって言ってくれてる。裏なんてないし、いつもと同じでダンジョンに潜っても無茶さえしなければ怪我もしない。私達のことが信用できない?」
「そんなことありません! 僕は、ジーエフの皆さんを信用しています!」
「だったら問題ないわね?」
ニコリと笑いながら、有無を言わさない迫力を持って廻が口にする。
「……はい」
「それじゃあアークスさん、これ以上ロンド君が迷わないようにさっさと打っちゃいましょう」
「さっさとって……まあ、その方が良さそうですね。ヤニッシュさんから何か希望はありますか?」
「お、お任せします!」
「そうかい? なら、完成を楽しみにしておいてよ。その間はこいつを使っていてくれ」
ロンドの剣は欠けていて使い物にならない。
そこで、アークスは既製品の武器を手渡した。
「長さはこれと同じくらいになるから、少しでも慣れててほしいんだ」
「ありがとうございます!」
「……欠けさせないでくれよ?」
「わ、分かってますよ!」
「あはは! 冗談だよ、使えば欠けるのは当然、そうなったらしっかり砥いであげますから」
笑いながらそう口にしたアークスに、ロンドは頬を軽く膨らませて怒っているのだと主張してくる。
あまり見せないロンドの反応に、廻も声を出して笑ってしまった。
「あはは! ロンド君もそんな顔をするんだね!」
「お、おちょくってるんですか!」
「違う違う。たまにはロンド君も羽目を外してほしかったのよ」
「羽目を外すって……これは違うんじゃないですかね!」
「でも、こうして私と気安く話せているから進歩じゃないかな!」
「あっ! ……す、すみません」
「あーもう! どうしてそこで謝るかなー。こうして気安く話をするのが私的には好きなんだけどー」
「そ、そう言われましても……」
慣れてきたと思えば、こうして言葉にしてしまうとすぐに恐縮してしまうロンド。
廻はなんとか友達感覚で話してくれないかとあの手この手を尽くしているのだが、なかなか思い通りにはいかなかった。
「今だとアークスさんの方が気安く話してくれるんじゃないの?」
「まあ、そうかもしれませんね」
「アークスさん、すごいですね」
「ヤニッシュさんが吹っ切れないだけじゃないですか? 俺はもうどうでもいいって感じて話してますから」
「えっ、そんな感じで話してたの?」
「だって、曲がりなりにも経営者じゃないですか。言っておきますけど、メグルさんの気持ち一つで俺の首は飛びますからね?」
「そんなことしないわよ!」
「冗談です。信じてるからこんな話し方をしているんですよ」
廻とアークスのやり取りを見て、ロンドはぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
ロンドとしてはだいぶ砕けた話し方ができるようになったと思っていたのだが、今のアークスのように冗談を交えながらの話まではできていない。
廻とアルバスのやり取りに関しても、本気で仲良しだと思っているからの発言であって、冗談のつもりで話していなかった。
「ロンド君! アークスさんみたいになったらダメだからね! きっとアルバスさんの悪いところが移っちゃってるんだわ!」
「——誰が悪いところだって?」
「ひゃあっ!」
そこに突然顔を出したアルバスに、廻は変な声を上げて驚いていた。
いつもの困り顔で廻を睨むその姿に、ロンドとアークスは苦笑する。睨まれている相手は当然、廻だ。
「お、驚かさないでくださいよ! いるならいるって言ってください!」
「いるぞー。……これでいいか?」
「いいわけないじゃないですか!」
「お、落ち着いてください、メグルさん。フェロー様もどうしたんですか?」
二人の間を取り持とうとアークスが声を掛ける。
アルバスも用事を済ませることを優先したのか、特に突っかかることなく話を終わらせた。
「用事があるのは小僧にだな」
「僕ですか?」
「鍛冶が終わるのに時間が掛かるだろうからな。せっかくだし、その剣でダンジョンに潜るぞ」
「い、いいんですか?」
「あぁ。俺のせいで剣が欠けてしまったからな」
「あら。アルバスさんでも負い目を感じるんですね」
「その間の換金所は小娘に任せるからな」
「なんでそうなるんですか!」
反論しようとした廻だったが、有無を言わせないようにとロンドの背中を叩きながら鍛冶屋を出ていくアルバス。
その背中を追い掛けながら廻も出ていくと、鍛冶屋の中は一気に静かになった。
「……やるか」
そう呟いたアークスは、素材を持って奥にある鍛冶部屋へと移動するのだった。
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