第70話:家を建てよう

 一五階層の開放に賑わう冒険者への対応をアルバスに任せた廻は、食堂にいたジレラ夫妻とカナタ達に声を掛けた。


「みんな、おはようございます」

「おはようメグルちゃん」

「おはようございます、メグルさん」


 一日を経て、ジレラ夫妻の態度は軟化しておりボッヘルにいたってはちゃん付けである。

 リリーナは苦笑しているが、廻が咎めないことを確認して内心ではホッとしていた。


「昨日の今日で申し訳ないんですが、手が空いたらお仕事をお願いしてもいいですか?」

「当然! 朝ご飯も食べ終わってるしすぐに取り掛かるよ」

「どちらに向かえばよろしいですか?」


 廻は頭の中でジーエフの配置を思い浮かべると、アルバスの家の隣にジレラ夫妻の家、ロンドの家の隣にアークスの家を建てることにした。

 家の材料の関係上、建てられる家は二軒が限界だと判明したので、カナタ達には申し訳ないが家の建設を待ってもらうことになった。

 一番最初に移住が決定したのはカナタ達なので、ジレラ夫妻もアークスも遠慮していたのだが、三人は冒険者だから外にいる時間も多いと断っている。

 しばらくは他の住民の家や宿屋で寝泊まりすることになるだろうことも了承済みだ。


「みんな、ごめんね」

「気にしないでください。僕達は他の人達の話を聞けて勉強になってますから」


 謝る廻にカナタが答えると、三人はそのままダンジョンに向かった。

 ジレラ夫妻は廻の先導で家を建てる場所に移動すると、そこにはすでに材料が山積みされていたのだが、廻が見ただけではどのような家が建つのか全く見当がつかない。


「なるほど、こっちが大きい住居で、あっちが小さい住居だな」

「家の大きさが違うのでしたら、アークスさんとも相談が必要ですね」

「……材料を見ただけで大きさが分かるんですか?」


 廻の質問にボッヘルは快活に笑う。


「そうでなきゃ大工なんてやってられないからな!」

「大きさだけではなく、間取りなども分かりますよ。ちなみに、大きな家は部屋が三つ、小さな家は一つの間取りですね。どちらも生活に不便はなさそうですよ」

「それだったら大きい家をお二人が使ってください」


 住民としては経営者の判断に従うのが当然なのだが、廻の性格を知っているだけに二人も意見を口にする。


「アークスさんも大きい家がいいのでは? 将来的にも結婚や子供ができたりもあるでしょうし」

「それならお二人は夫婦ですよ? それこそ子供もできるかもしれないんですから!」

「……それもそうだな。メグルちゃん、アークスに説明を頼めるかい? 経営者様が説明してくれた方が納得できると思うんだよね」

「ちょっとあなた、さすがにそれは――」

「もちろんですよ! アークスさんも分かってくれますって!」


 経営者にお使いを頼むように口にしたボッヘルを咎めようとしたリリーナだったが、当の廻は気にした様子もない。

 目を丸くしているリリーナに気づいた廻は苦笑を浮かべながら口を開いた。


「私はみんなと仲良く、楽しい都市を作っていきたいと思っています。だから積極的に都市に関わりたいですし、気安く話しかけてもらいたい。だから全然構いませんよ!」


 廻の意図を聞いたリリーナの表情も徐々に柔らかくなり、最後には笑みを浮かべていた。

 二人はすぐに作業へ入ると言ってくれたので、廻は早速アークスのところへと向かった。


 ※※※※


 換金所にやってきた廻は、今日も研ぎ師として仕事をしているアークスを見つけて声を掛ける。


「アークスさん、忙しいところごめんね。作業しながらでいいんだけど、少し大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ。何かありましたか?」


 アークスも器用に手を動かしながら返事をしてくれたので、廻は家のことについて説明を始める。

 もちろんボッヘル夫妻に大きい家を割り当てる理由も含めての説明だったので、アークスもすぐに了承を示してくれた。


「俺は一人ですから大きい家なんて必要ないですよ」

「ごめんね、事後報告になっちゃって。もし家族が増えたりしたら引っ越しや増築も考えるから、遠慮なく言ってくださいね」


 家族が増える、のところで苦笑を浮かべていたもののアークスは頷いた。


「それでなんですが、俺の家には鍛冶屋も入るんですか?」

「そこまで大きくないみたいだから難しいんじゃないかな。でも、オブジェクトの中に植物もあったから材料が調達できたら優先して造りますね」

「ありがとうございます。でも、先にカナタ君達の家からですけどね」

「そうだったわ。時間が掛かっちゃって本当にごめんなさい」

「俺は全然構いませんよ。ここでも仕事はできてますし」


 そう言いながらも手を動かしており、現在研いでいる武器の所有者である冒険者はアークスの手際を見て感心しきりだ。

 それだけでもアークスの腕が確かなのだと証明しており、冒険者との顔つなぎも着々と進んでいる証拠でもあった。


「こいつが鍛冶師として仕事を始めたら俺らも通うことになると思うからよ、よろしく頼むぜ!」


 アークスだけではない。廻も冒険者との顔つなぎができているのでこうした会話にもつながっていく。

 中には経営者ということで丁寧に話そうとする者もいるのだが、多くの冒険者がフランクに話しかけてくれる。


「了解です! その時はダンジョンの方もお願いしますね!」

「そうそう、それなんだがよ。アルバスさんが言ってたが、レア度の高いモンスターが現れたって本当なのか?」


 そしてアルバスからの噂はすでに流れているようで、後ろに並んでいる冒険者も聞き耳を立てていた。


「私からはなんとも言えませんねー。自分達の目で確かめてみてください!」


 そのように口にしたものの、満面の笑みを浮かべている廻の態度を見れば本当か嘘かは一目瞭然。

 冒険者達も本気で明日のイベントに参加しようかどうかを迷い始めていた。


「アルバスさんも同行するみたいですし、せっかくですから参加してみたらどうですか?」


 何気なく参加を促してみる廻。

 危険を伴うダンジョン探索ではあるが、元とはいえ冒険者ランキング1位になったこともあるアルバスが同行するというのは大きなプラス材料となる。

 安全に探索ができ、なおかつドロップアイテムの回収ができるからだ。

 廻はアークスへの用事を終わらせたのでその場を移動し、アルバスにも会釈をしてから換金所を後にした。


 ※※※※


 ジレラ夫妻は最初にアークスの家に取り掛かった。

 とはいうものの、材料があれば簡単に出来上がるので難しい作業ではない。

 この世界での大工には、創造力が必要とされている。

 頭の中で設計図を展開し、材料をどのように組み合わせるかイメージを行い、一つの起動魔法を発動することで材料が自動的に組み上がっていく。

 組み上がりの順番も本人がイメージする必要があるので、全てにおいて創造力が必要となる。


「さて、それじゃあやるか!」

「そうですね。この材料であれば、大きさはこれくらいでしょうか」


 ボッヘルが立っている場所から対角線にリリーナが移動する。

 その場に一本ずつ杭をお互いが打つと、杭が光り始めた。

 同じように対角線の中心が交わる場所にも杭を打つ。

 杭同士が光の線で結ばれていくと、その中心に置かれていた材料にも光が伝播していく。

 すると材料が自動的に動き、浮き、組み立てられていく。

 この間、二人は一切動くことができない。創造力を途切れされると組み立てが中断されてしまい崩れてしまうからだ。

 時間にして一〇分も掛からなかっただろう。アークスの家は日本では考えられない速さで完成した。


 戻ってきた廻がすでに出来上がっていたアークスの家を見たのは、完成してから五分が経ってのことだった。

 ジレラ夫妻は内装や立て付けの確認をしており、家から出てきたところで廻を見つけたという構図である。

 そんな廻の表情を見た二人は顔を見合わせて首を傾げていた。


「なんだ、どうしたんだ?」

「……えっ? 家ってこんな短時間に建つものなんですか?」

「大工にもよりますが、だいたいこれくらいだと思いますよ」

「……いやいや、一〇分くらいしか経ってませんよね?」

「冒険者が使う魔法も簡単に火やら水やら出すだろう。大工には大工の魔法があるんだが……メグルちゃん、知らなかったのかい?」


 魔法という言葉に頬を引くつかせてしまう。

 何でもかんでも魔法という一言で片付けていいのかと内心で思っていたが、自分がこの世界のことを知らなすぎると考えれば納得もできる。

 冷静になった廻は、とは考えずに、便だなと考えることにした。


「……そ、それじゃあ、お二人の家もすぐに出来上がるんですか?」

「アークスの家よりは大きいから多少は時間が掛かるだろうが、掛かっても二〇分くらいじゃないか?」

「謙遜するのね。あなたなら一五分くらいじゃないですか?」

「そうか?」

「そうですよ」

「……あはは、ははー」


 ちょっとしたジレラ夫妻の惚気を見てしまい遠い目をしてしまう廻。

 この後、二人の家の完成を見届けて大いにはしゃいでいた廻だったが、アルバスから呼び出しだと顔見知りの冒険者に声を掛けられた。


「なんだろう?」


心当たりがない廻は首を傾げながら、再び換金所へ向かった。

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