第64話:アルバス・フェロー

 閃く黄金の剣。

 その動きはまるで人間を相手にしているかのごとく滑らかであり、鋭い剣筋をしている。

 戦闘力だけで比べると冒険者ランキングでいえば500位に入る実力を有しているだろう。

 ヤダンであっても単独での戦闘は危険と判断してパーティで挑むのが定石だと言うに違いない。

 だが、アルバスは違った。


「遅い!」

「……!」


 声の出せないストナが驚愕したように甲冑を震わせる。

 黄金の剣から放たれる連撃の全てを紙一重で回避するアルバス。

 薄皮すらも斬らせない完璧な回避行動に、ストナはオートが持ちえないスキルを発動する。


「ようやく本気ってか?」


 ストナが持つスキルは《硬質化》と《速度上昇》である。

 ゴブが持っている《鈍重の鉄片》に比べて地味なスキルのように聞こえるが、冒険者からの感想は全く別物だ。

 レア度3のモンスターは総じて腕力が高く一撃必殺になることが多い。

 戦い方は人それぞれだが、多くの冒険者がヒットアンドアウェイで時間を掛けて倒していくのだが、そんな中での《硬質化》と《速度上昇》である。


「まあ、面倒くさい相手にはなるか」


 アルバスが言うようにスキルを発動したストナは強敵となる。《硬質化》は表面の甲冑の強度がまして耐久力が上昇するもの。《速度上昇》は名前の通り動きが機敏になる。

 ヒットアンドアウェイで小さなダメージをコツコツと稼ぐはずが、《硬質化》によりダメージが軽減されるだけでなく、《速度上昇》で小さなダメージすら当てにくくなるのだから面倒くさいことこの上ない。

 スキルを発動したストナに対してアルバスはというと――大剣クレイモアをさらに鋭い剣筋で袈裟斬りを放った。

 反応を見せたストナは黄金の剣を頭上に構え真正面から大剣を受け止める。

 衝撃に耐える為、ストナは全身に力を込めていた。

 だがその力は無駄になってしまう。


「こちとらレア度5の武器だぞ?」


 アークスの研ぎにより斬れ味を取り戻している大剣は、黄金の剣に鍔迫り合いをさせることなく断ち切ると、《硬質化》している甲冑するも両断してしまう。


「――!」

「こいつがゴーストじゃなけりゃあ、絶叫だったろうな」


 声にならないストナの悲鳴がアルバスには聞こえた気がした。

 だがアルバスは特に気にすることなく大剣を背負い直して灰の中からドロップアイテムを回収する。


「さて、次は七階層か。ここから一〇階層まではレア度2のモンスターだからな。一気に駆け抜けさせてもらおう」


 獰猛な笑みを浮かべながら、アルバスは七階層へ繋がる階段を下りていった。


 ※※※※


 ――一方廻はというと、ダンジョンから戻ってきた冒険者を相手に換金所で必死に仕事をこなしていた。

 アルバスがダンジョンに潜っているので問題を起こしてしまうと助けてくれる人はおらず、アークスはいるものの荒事となれば手を借りる訳にはいかない。

 言葉遣いに気をつけながら、それでいてスムーズに換金を終わらせてゴルを渡していく。

 パーティで並んでいた冒険者にはアークスが声を掛けて一人が列に並び、他の冒険者には研ぎを提案して待ち時間の苛立ちを少しでも解消しようと動いていた。

 だが、そんな中でも苛立つ者もいれば金額に難癖をつける者もいる。

 そうすると順番が回ってきた時に文句を付けて時間が掛かったり、金額に難癖をつける者に関しても当然ながら対応に時間を要してしまう。

 廻も苛立っていたが、それを顔に出すことはなくアルバスの指導を思い出して笑顔で対応し、管理人がアルバスだと口にしてなんとかやり過ごしていた。

 それでも収まらない者に関しては――交流を深めていた他の冒険者達が助けてくれた。


「――お前、この娘が経営者だと知っててそれを言ってるのか?」

「――終わったな。アルバスさんに斬られて終わりだ」

「――肝っ玉が小さいのねー。こんな可愛い女の子をいじめて何が楽しいのかしら」


 後ろから同業者に言われてしまうと同意を得られないと悟りそそくさと立ち去ってしまう。

 廻はその度に頭を下げ、冒険者達からは笑顔を送られる。

 人と人とのつながりがこれほどまで助けになるのかと知ることができた。

 そして、改めて自分一人では何もできないと痛感させられた。

 アルバスがいるから、ニーナがいるから、そしてロンドやポポイ、アークスがいるから上手くいっている。

 今回はつながりを持つことができた冒険者達がいたから上手くいっている。


「本当に、人って大事だな」


 苛立ちを顔に出すことのなかった廻だが、自然と溢れる笑みだけは隠すことができなかった。


 ※※※※


 七階層のミスター、八階層のスラッチ、九階層のゴブゴブを難なく倒して足を進めていくアルバスは、現時点での最速記録で一〇階層の安全地帯セーフポイントへ到着した。

 唯一持っていたポーションを一口含み、体力が回復したのを確認するとすぐにボスエリアへ進出する。

 待ち構えているのは、もちろんライである。

 レア度2のライガーだった頃からは大きく体躯も変わり、冒険者達を翻弄している姿が目に浮かぶようだ。

 これが並の冒険者であればすぐにでも臨戦態勢に入り、魔導師がいれば魔法を放っていただろう。


「……まあ、ストナよりかはやりそうだな」


 あくまでも余裕を崩すことなく淡々と呟く。

 一方のライについてもすぐに飛び掛かるということはせずにアルバスの様子を見ている。

 これがレア度とレベルが共に高いモンスターと低いモンスターの違いといえるだろう。


「なんだ、来ないのか?」

「……グルルゥゥ」

「唸るだけか……いいぜ、こっちから行ってやるよ!」


 大剣の切っ先で地面を削りながら駆け出したアルバスは間合いギリギリまで迫ると、最後の一歩を大きく踏み出して斬り上げ。

 巨体に加えて大剣を所持している人間とは思えない速さで迫ったアルバスだったが、ライは冷静に飛び退き回避。

 動きを止めるかと思いきや、アルバスは勢いそのままに前進を続けると再びライを間合いに捉えようとする。

 その動きを見たライは口を大きく開けてスキルを発動する。

 鋭い牙が煌めく口内からは青白い光が弾け飛んでいる。

 そして――《雷撃砲らいげきほう》が放たれた。


「甘い!」


 ダメージに加えて麻痺効果も備えている《雷撃砲》なのだが、アルバスは有ろう事か大剣を逆袈裟に振り抜き斬り裂いてしまった。

 驚きの表情を見せたライではあったが、近づくだけでも麻痺効果を付与してしまう《雷撃砲》を斬ったということは、ダメージは期待できないまでも麻痺は付与されているだろうと判断して一気に飛び掛かる。

 ライの判断は間違えではなかった。アルバスの体からは麻痺特有の光が弾けており、普通ならば動けない。

 当然ながらアルバスも動けない――はずだった。


「…………おぉ、久しぶりの麻痺だわこりゃ」


 動きはやや鈍るものの、アルバスは動いている。

 口を動かし声を出して、右腕をゆっくりと後ろへ引き、右足も同様に後ろへ引く。

 アルバスは過去に多くのモンスターと戦闘を繰り広げている。その中には麻痺効果を持つモンスターも当然いたのだが、その効果はライの比ではなかった。

 レア度4やレア度5、さらに高レベルのモンスターによる麻痺はそれだけで死を招く恐れもある強力で凶悪なものだ。

 知らず知らずのうちに、アルバスの体は状態異常に耐性を持つ体になっていた。


 驚きを隠せないのは飛び上がってしまったライである。

 逃げようにも空中では身動きすることができず、ただただアルバスの間合いに飛び込んでいくだけ。

 このまま両断される未来しか見えないのが普通なのだが、そこはレア度3のモンスターである。

 自爆覚悟で《雷撃砲》をアルバスの足元に向かって放つと、爆発の余波で軌道を無理やり変更したのだ。

 さすがのアルバスも目を見開いて大剣を振り下ろしたのだが、紙一重で回避されてしまった。


「こいつ、マジかよ!」

「ガルアアアアァァッ!」


 ボロボロになっている体にムチを打ち、先ほどのように飛び込むようなことはせず、四肢で地面を踏みしめてアルバスへと迫る。

 鋭い牙は健在、口内で弾ける雷光ももちろん健在。そして素早く動くための四肢も健在である。

 まだまだやれると言わんばかりにライは左右へのフェイントを交えながらアルバスへと襲い掛からんとタイミングを見計らっていた。


「――まあまあ楽しかったぜ」


 だが、アルバスには通用しなかった。

 鍛え上げられた洞察力はライの本命の動きを完全に見切っていた。


 ──ザンッ!


 振り抜いた大剣は地面に突き刺さっていたが、それは研がれたことにより斬れ味が戻ってきた証拠でもある。

 右足をライへ向けるとそのまま逆斬り上げを放ち、今度こそ刀身が首と胴体を斬り飛ばした。

 モンスターは生き返る。それはオートしかり、ランダムしかり、ボスしかり。

 ライも時間をおけば再びボスエリアに姿を現すだろう。

 だからかもしれない。

 首と胴体が分かれた直後に二つ目のスキルが発動された。


「──……ギュラッ!」

「ちいっ!」


 今度こそアルバスは驚愕する。

 ライが発動したスキルは《自爆》。

 体内に溜め込んだ雷撃が暴走すると、ライの体を粉砕して大爆発──ボスフロアは雷撃と砂煙に包まれた。

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