第63話:予想外の出来事

 ハイライガーの配置も決まり、後は時が経つのを待つばかりとなった。

 ランキング1000位までのダンジョンは経営者の部屋マスタールームから内容を確認することができるので、廻は時間を見つけてはオレノオキニイリに何か変化は出ていないかをチェックしていた。

 昨日までに大きな変化というのは見られなかったので、このままいけばオレノオキニイリを抜くことも可能だと思い始めていたのだが――


「えっ? ダ、ダンジョンの階層が二〇階層になってる?」


 昨日まで一五階層までしか開放されていなかったダンジョンが、二〇階層まで開放されていたのだ。

 何が起きたのか分からない廻はすぐにニャルバンに相談したのだが、考えられる可能性は一つだった。


「もしかしたら、レア度の高いモンスターを手に入れたのかもしれないにゃ」

「レア度が高いから、さらに階層を深くしたってこと?」

「その通りにゃ。もしそうだとしたらダンジョンの影響力が高まってオレノオキニイリがランキングを上げる可能性が出てくるのにゃ」

「そんな! わ、私アルバスさんに相談してくる!」


 廻はニャルバンからの返事を待たずに経営者の部屋を飛び出してアルバスのもとに向かった。


「……た、大変なことになったのにゃー」


 本当にオレノオキニイリにレア度の高いモンスターが出てきたのなら廻に勝ち目はない。

 残り四日はあるものの、引けるのはノーマルガチャだけなので一発逆転はあり得ない。

 再びレア度3を引けたとしてもレベル上げができないのであればランキングへの影響は期待できないのだ。


「……どうにかできないかにゃ」


 ニャルバンもまた廻と同じで自分が何もできないと落ち込んでしまっていた。


 ※※※※


 オレノオキニイリに関する情報をアルバスに伝えた結果、その答えに廻は愕然としてしまう。


「それはもうどうしようもないんじゃねえか?」

「諦めるのが早すぎますよ!」


 アルバスがそう言うのにもわけがある。


「俺達には俺達のダンジョンしかどうこうできねえからな。あっちはあっちで動くだろうし、どうしようもないだろう」

「それは! ……そう、ですけど」


 冷静に正論を突きつけられた廻は何も言えずに下を向いてしまう。

 換金所にはアークスもいて、廻の姿を見ると自身も下を向いてしまった。


「……まあ、後はあいつらが戻ってくるのを祈るだけだろうな」

「……あいつらって、誰ですか?」

「あと三人戻ってくる予定があるだろう」

「三人…………あっ! カ、カナタ君達!」


 アルバスはカナタ達が残り四日間で戻ってくることに賭けるべきだと口にする。

 住人が増えるだけではなく、予定通り大工を連れてきてくれれば新しい職業が移住することになるので評価は高い。

 それだけでオレノオキニイリを超えることができるかは未知数だが、少なくてもマイナスになることはないのだ。


「……小娘にこの後の換金所を任せても大丈夫か?」

「今はお客さんいませんよね?」

「この後に来るはずだ。それを小娘一人で問題を起こさずに対応することはできるか?」

「えっと、アルバスさんは?」


 廻の質問にアルバスはニヤリと笑って大剣クレイモアの柄を握りしめた。


「俺が一〇階層まで突っ走っていってやるよ」

「でも、一度くらいじゃあレベルもそこまで上がりませんよ?」

「一回で上がらなければ、二回でも三回でも潜ってやるさ」

「だ、ダメですよ! アルバスさんでもそんな危険なことはダメです!」


 アルバスの実力は知っている。レア度3が相手でも難なく倒してしまい、なんでもない顔をして戻ってくるだろう。

 それでも廻としては一人で潜ってほしくはなかった。


「なんだ、小僧は大丈夫で俺はダメなのか?」

「ロンド君には五階層までって言い聞かせてます! 前回からはちゃんと監視もしてますし!」

「そんなことをしてたのかよ」

「だ、だって――あうっ!」


 アルバスの大きな手のひらが廻の頭に乗せられる。

 またわしゃわしゃされると思い身構えていたのだが、今回はそんなことにはならなかった。


「……安心しろ、俺は強いからな。それとも信じられないか?」

「……信じてます」

「そうか。俺も小娘を信じてやるから、こっちは任せたぞ」

「……いじわる」

「はあ?」

「そんなこと言われたら断れませんよ!」


 嬉しさのあまり泣き出しそうになるのを我慢しながら廻はアルバスを睨みつける。

 その表情を見たアルバスは笑いを堪えながら換金所の入口に移動していく。


「アークス! 何かあれば小娘を助けてやってくれ!」

「……えっ、俺ですか?」

「お前はもうジーエフの住民で、ここの鍛冶師だ! 頼んだぞ!」

「……は、はい!」


 廻と一緒に落ち込んでいたアークスも立ち直ったのを確認すると、アルバスはダンジョンへと向かった。


 ※※※※


 実のところアルバスは一〇階層になってからダンジョンに潜ったことがない。

 五階層までの時には何度も潜ってレベル上げに貢献してきたのだが、一〇階層になり冒険者がちょこちょこと訪れるようになってからは換金所に缶詰になっていたのだ。

 レベル上げが一番の目的なのだが、生まれ変わった愛剣を見て暴れたいと思ったのもまた事実。

 アルバスは五階層まで一気に駆け抜けると、六階層からはマッピングもしていない階層なので慎重に進む──なんてことはなかった。


「邪魔だ」

「ゲヒャア!」


 振り抜かれた大剣がランダムのハイゾンビを両断して灰に変える。

 オートのマジシャンが魔法を放つものの、ランダムとは異なり威力は低い。

 有象無象がアルバスに傷を付けることもできず蹴散らされていく。


「オートに用はねえんだよ! 来るならランダムがまとめてこい!」


 怒号がダンジョン内に響き渡る。

 他の冒険者もいるなかで、アルバスは吠えに吠えて突き進んでいく。


「あぁん? なんでアルバスの旦那がいるんだ?」


 声を掛けてきたヤダンを無視してそのまま進んでいくと、先からランダムのミミックとマジシャンが同時に現れた。


「おっ! あれはランダムじゃねえ──」

「ふんっ!」


 肩に担ぎ上げた大剣を右腕一本で振り抜くと、防御力に秀でたミミックの箱部分が粉砕されてそのまま灰になり、地面に突き刺さった大剣の余波が散弾になって後方に控えていたマジシャンも同時に仕留めてしまう。

 その光景を見ていたヤダンと他の冒険者達は口を開けたまま固まってしまった。


「先に行くぞー」


 固まっている冒険者に声を掛けてアルバスは先に進む。

 その先でランダムのライガーが現れたものの動きの機敏さに翻弄されることもなく、大剣を使うこともなく、飛び掛かってきた瞬間に右足で顔面を蹴りあげる。

 浮かび上がったライガーへ間髪いれずに左足を振り抜いて首をへし折った。

 壁に激突したのと同時に灰へ変わったライガー。

 普通の冒険者ならこれだけの連戦である。安全地帯セーフポイントを見つけたなら一度休憩を挟むのが当然なのだが、アルバスは当たり前のように素通りしてボスエリアに進出した。


「六階層のボスは確か……」


 ――ガチャ。


 広いフロアに佇む一着の黄金の甲冑。

 瞳があるべき場所は空洞になっており、その他の場所も全てが空洞。

 ゴーストナイトが――ストナが進化した姿であるゴーストパラディンが黄金の剣を地面に突き刺してアルバスを正面に捉えていた。


「レベルは17だったか。いや、他の冒険者と戦って上がったかもしれないな」


 実際にストナのレベルは21まで上がっていた。

 レア度3のレベル21ともなれば冒険者ランキング500位に入っている冒険者であっても警戒に値する実力を持っている。


「――面白れえ!」


 だがアルバスは大剣の切っ先をストナへと向けて挑発する。

 アルバスの挑発を正しく理解したストナは黄金の剣を両手で構えると、真正面から駆け出した。

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