第37話:ジーエフの住民

 ダンジョンに潜っていた五人は一度家や部屋に戻って準備を整えたあと、歓迎会改めロンドとアルバスのお疲れ様会が始まった。

 準備された大量の料理に面食らう三人の背中をめぐるが押して席に座らせると、自分は三人の正面に腰掛ける。

 緊張しているのが伝わったのか、廻は笑顔を浮かべて声を掛けた。


「こんな子供に緊張しないでいいんだよ」

「いや、だけど、経営者様だし」


 そう口にするのはカナタだ。

 このパーティの実質的なリーダーはカナタのようで、何かしら最初に口にするのはカナタだった。


「ロンド君も最初はそうだったね。今はだいぶ砕けてくれたけど」

「それはそうですよ。経営者様にも色々いますからね。メグル様が特殊なんですよ?」

「小僧の言う通りだな。本当に経営者かって言いたくなる時が多いんだよ」

「ですが、そこがメグルさんの良いところでもありますね。誰に対しても分け隔てなく接してくれるというのは、住民から見ればとても好感が持てますよ」

「私に道具屋をくれた人ですからね! いい人に決まってますよ!」


 それぞれが廻に対しての印象を口にする。


「アルバスさん以外にはお礼を言いますね。ありがとうございます!」

「……てめえ、俺の扱いがだんだん酷くなってないか?」

「名前で呼んでくれない人に優しくするつもりなんてないですよーだ!」


 舌をベーっと出してくる廻に、アルバスは顔を手で覆い溜息をつく。

 ジーエフの住民とのやり取りを見て、三人はようやく表情を柔らかくした。


「ささっ! 話もしたいけどまずは食事だよ! 冷めないうちに食べて食べて!」

「そ、それじゃあ遠慮なく——」

「「「いただきまーす!」」」


 三人は声を揃えると、そのまま食事を開始した。

 基本的にはニーナが作ったものだが、廻も日本では一人で家にいる時に自炊をしていた経験もあるので、許可をもらって数品作っている。自分も食事をしながら、作った料理にどのような感想がのべられるのか、ドキドキしながら聞き耳をたてていた。


「これ、美味しい!」

「本当だね! 食べたことない味だけど、どれもとても美味しいよ!」

「ぼ、僕も食べたことないな」


 元貴族であるトーリが食べたことないというのは、相当珍しい味付けなのだろうか。

 それでも美味しいと言ってくれているのだから間違いではないのだろう。

 廻は嬉しそうな表情で三人の食事風景を眺めていた。


「あの、もしかして、これは経営者様が作ったんですか?」

「あー、私のことは廻って呼んでちょうだい。その経営者様って言われるの、あまり好きじゃないんだよね」

「で、ですが……」

「私がいいって言ってるんだからいいのよー」


 あっけらかんと言い放つ廻にカナタはどうしたものかと考えた。——が、すぐに思い直した。

 それはロンドが普通に会話しているのを見たからだ。


「メグル様、カナタさんの質問に答えてないですよ。これってメグル様が作ったんですか?」

「そうだよ! 味付けが合うか気になってたけど、美味しいって言ってくれたから良かったよー」


 へへへ、と笑う廻は本当の子供のように見えた。

 この世界の人から見れば、経営者ということを差し引くと廻はただの子供なので仕方ないのだが、年相応の姿を見ると今は砕けて話をしているロンドあたりはなんとなくホッとしてしまっていた。


「こっちはニーナさんが作ってくれたんだよ!」

「この味付けは食べたことあるね」

「あぁ。だが、実家で食べたものよりも味に深みがあるな」

「貴族の料理も、実はそこまで美味くないのか?」

「……そんなはずないだろう」


 少しムッとしてしまったトーリだが、今日の朝とは違いグッと飲み込んでいた。

 自分が短気でキレやすい性格ということは嫌という程に分かってしまったのだから、これくらいでキレていては成長を望めなくなってしまうと自分に言い聞かせているのだ。

 そして、この性格がパーティを危険に晒したことも口には出さないが悔やんでいた。


「うふふ、ありがとうございます。こちらの料理には隠し味にフェローシロップを加えているのですよ」

「フェローシロップって、お菓子とかに使われる甘いやつですよね?」

「その通りです。甘いからお菓子に使われることが多いですが、こうして料理に使うと味に深みが出てとても美味しく出来上がるのですよ」

「へぇー、知らなかった」

「知らなかったって、お前は料理なんてしないだろう」

「そういうトーリだってしないだろー」


 何気ない二人のやりとり。これも命あってのことだと、アリサは考えていた。

 そして、心の底から助けに来てくれたロンドとアルバスに感謝している。

 その思いが——アリサの瞳から自然と涙を流させていた。


「……ア、アリサ?」

「……ど、どうしたんだ?」

「へっ? あ、あれ? どうしたんだろう……私、おかしいね」


 涙を拭っても、拭っても、何度拭っても、溢れてくる。

 アリサの感情に気づいたのは、ニーナだった。


「気を抜くことができなかったのですね。いいんですよ、ここはダンジョンではありません。気にすることなく泣いていいんです」


 おもむろに立ち上がったニーナは、アリサを優しく抱きしめた。

 アリサも受け入れて背中に手を回すと、声を出して泣いていた。

 ダンジョンの中では常に緊張の糸を張りっぱなしだった。そんな中でトーリが逸れてしまい、目の前でカナタがキラービーの餌食になるのではと恐怖を覚えた。

 そして、安全地帯セーフポイントとはいえ一人で長い時間を過ごしていたのだ。その時の不安は言葉では言い表せられないかもしれない。


 トーリがカナタ達と戻って来た時はもちろん安堵したのだが、ダンジョンにいるということで緊張の糸を緩めることはできず、アルバスの指示のもとでボスゴブリンとも戦った。

 地上に戻ってからもしばらくは緊張の糸を緩めることはできず、徐々に緩んでいった。

 みんなで集まり、賑やかに食事をすることで、完全に糸を緩めることができたのだ。

 その結果が、涙として現れた。


 その姿を見たアルバスは、少しだけ悪いことをしたかと顔をそらしてしまう。

 ロンドも自分の考えなど気にすることなくすぐに助けに行けば良かったと後悔した。

 廻は、ダンジョンとは何なのかを考えてしまった。

 ダンジョンとは冒険をする場所だ。だからこそという職業があるのだ。

 だが、それを経営するのも同じ人なのである。転生者ではあるが、この世界で暮らす人と同じように感情を持っている。

 人にもよるのだろうが、廻にはやはり人の死を許容することはできそうもなかった。


「……すいません」

「謝る必要なんてないわ。冒険者といっても同じ人間なんだもの。怖いものは怖いし、不安なものは不安ですものね。ですけど、皆さんは生きています。それも、誰一人欠けることなく。この幸せを噛み締めて、今は楽しく食事をしましょう」

「ありがとう、ございます」


 涙は完全には止まっていない。それでも、アリサの表情は晴れやかで、また笑顔を見せている。

 廻はニーナが宿屋の店主になってくれて本当に良かったと思った。自分ではアリサの心まで癒すことはできなかっただろう。


 そんなことを考えていた時である。


 ——パパンッ!


 突然、大きな音が食堂に響き渡った。

 音のした方へ視線が集まると、そこにはポポイが円錐形の筒を持ってみんなを見ていた。


「……てめえ、何をやってるんだ?」

「えっ? 何をって、みんなを盛り上げようと思ってとっておきの道具を使ったんですよ!」

「とっておきって、ただでかい音を出しただけじゃないか!」

「そうでもないですよ——ほら!」


 そう言ったポポイが天井を指差す。

 皆の視線がそちらに集まると、そこには幻想的な光景が広がっていた。


「……綺麗」

「……食堂の中に、星空?」

「……こんなの初めてだ」


 アリサ、カナタ、トーリの順に呟く。


「まるで、プラネタリウムみたい」


 食堂は明るくなっている。その中にあっても、天井では光の粒子が弾けては消えて、再び弾けて色鮮やかな光を放っている。

 廻はプラネタリウムと例えたが、その光には動きがあり、色があり、プラネタリウムとは似ていても全く違うものだった。


「それでは、これからまた盛り上がって食事を楽しみましょう!」


 音頭をとったポポイがお酒を一気飲みしてしまう。

 その姿に誰もが唖然としてしまったが、次の一言でポポイはポポイだと納得してしまった。


「先ほどの光景に感動したなら、明日は私の道具屋にも足を運んでくださいね!」


 顔を少し赤く染めながらの宣伝に、みんなが笑い声を上げた。

 その後のお疲れ様会に涙はなかった。みんなが笑顔を浮かべ、笑い声を上げて、その日の夜は過ぎていった。

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