懐中電灯だからこそ
誰だ? あんたは?
突然現れたのは、一つの人影。
正確に言えば人影ではない、ただの光の塊だ。
おぼろげに白いその塊は、はっきりとその形を認識することができない。
なのに何故かそれは「人」だとわかる、不思議な体験だった。
「私のことはどうでもいい。とりあえずキザワとでも呼んでもらおうか」
キザワの、おそらく口があるだろう辺りのゆらめき。その端が軽く持ち上がる。
「どういうことだ? だからいいんじゃないかって。原始的なエンターテインメントだからこそ、懐かしむ楽しみがあるってことか?」
「まあ、そう焦るなって。一つ一つ教えてあげよう。まず君は小説は『映像を100%だとしたら、それを活字に落としたものにすぎない』そう言ったね?」
「あぁ」
「そして、『せいぜい60%程度だ』とも」
「それが何か?」
「——まずそれは間違っている」
キザワは言い切った。その声は涼やかな、それでいてまるで鉄パイプでもスパッと切れてしまうような切れ味を持っていた。
「間違っている? 何故……だって現実の世界は映像だ。それを文字に落とすのは限界がある。細かく情報を文字にしていけってことか? 手は五本で、爪が生えていて、肌の色は薄茶色で、虫に刺された跡が肘と手のひらにあって……」
キザワのシルエットがまるで、はっはっはっ、と腹を抱えて笑っているように揺れ動いた。
「何が可笑しい」
「君はとことんおめでたいやつだね。そもそも君はそんな説明欲しいか?」
「いや欲しく無い。だから活字に映像の代わりは無理だと言っている」
「そうじゃない。大事なことは何か、って聞いている。君が好きな人に出会った時、まつげの本数、手の数、首のシワ、そんなもの注意が行くか? 行かないだろう? 大事なのはそこじゃないんだ」
その言葉は私の胸を殴った。その衝撃で、つい私は何も言えなくなってしまった。
「君が道端で恐ろしい人物に出会った時、君はその人物の手は何本? 服のしわはどこにある? 来ている服のデザインは何? なんて確かめないだろう? 大事なのはそこじゃない」
何なんだ、こいつは。いきなり現れて次々と偉そうにまくしたてる。きっとろくな
「それに100%は無理だと君は言ったが、私が断言してあげよう。100%は可能だ。いや、それだけじゃない……」
キザワは敢えてもったいぶった。いや、いつのまにか私がその言葉の先を待ってしまっていただけなのかもしれない。私の喉が思わずごくりと鳴った。
「——120%、いや、200%だって時には可能になる」
200%だって? 意味がわからない。
活字が映像を超える? そんな超常現象があってたまるか。
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