第55話 藍香の娘
駅に向かっていたのは、病院に行かなくてはいけなかったから。役所から貰った書類を届けなければいけない。
陽射しから逃げるように病院の中に入り、エアコンの祝福を受けながら、病室を目指す。
病室に入ると、間仕切りのカーテンが閉められていた。
「開けるよー」
そう言ってカーテンを開け中を見ると、母さんと
裸で。
二人の視線が俺に向けらていれる。
「ぎゃあああ」
俺は病室で出してはいけない音量の叫びをあげ、カーテンを閉じた。
するとカーテン越しから非難の声が上がる。
「なんで女子二人の裸を見た男の方が声を上げるのよー!」
「いや、ごめん。不意だったから。てかなんで二人とも裸?」
「それは、
「はい?」
「私達まだ傷が
「うん」
「燈瓏君。私は別に構わない」
「構えよ!」
カーテン越しに突っ込みを入れる。
「そう言えばさっき、私、紗凪ちゃんのお母さんって看護士さんに言われたの」
「そうなんだ」
母さんは俺の永続バフスキルの所為で見た目年齢が25歳くらいで止まっている。対して紗凪は持ち前の低身長。俺と母さんよりはよほど親子っぽいだろう。
「もう、すっごく嬉しくて」
「そりゃ良かった」
「紗凪ちゃん、うちの娘になるんだもんね」
一拍、二拍置いて、紗凪が丁寧な語調で答えた。
「
「そうじゃなくて、養子縁組するもんねって事よ。だって二人ともまだ17歳だし結婚は無理でしょ?」
母のマジレスに
「ああ、そうだ。その書類、役所から持って来たから。後、実印も」
「ありがとう。もう入っていいわよ」
中に入り書類を母さんに渡す。
あれから紗凪の父親は捕まった。
すると未成年の紗凪の面倒を見る親が不在と言う状況になる。実際問題、紗凪の父はただの不良債権以外の何者でもなかったわけだが、世間的にはそうではなく、必要な存在なのだそうだ。本来親戚関係の人が彼女の面倒を引き受けるものなのだが、母さんたっての希望で比々色家に来ることになった。言ってしまえば犯罪者の娘と言うレッテルを貼られた彼女を、引き取りたいと言うご家庭も無かったので、その辺はスムーズに行った。
手続きの為、後何度かは役所に行かなければいけないが、それで紗凪がうちに来られるなら安い苦労だ。
最初、彼女も簡単に首を縦には振らなかった。
自分が行けば迷惑になる事。
自分の親が母さんを刺した事。
親父さんを裏切る事になってしまう事。
様々な思いがあって、彼女自身、彼女の今後を決めかねていたのだ。
だが、病院で母さんと共に過ごす事で、紗凪の中に在った申し訳ない思いや不安は次第に取り払われていき、最近になって
加えて、親父さんの虐待の事実も発覚したため、親子の分離の話も同時並行で進んでいる。
それについても彼女自身、自分を責める様な発言をしていた。
しかし、最終的には父親と縁を切る方向で納得させた。
父親が
と言う説明が厚生労働省の方からあった、と紗凪に話したからだ。随分色を付けて話したが、まあ、だいたい合っているから大丈夫。多分。そんなこと言ってないよって事もふんだんに盛り込まれているけど、大丈夫。
これについては心の中でさえ謝らないつもりだ。実際その通りだし、紗凪の希望を優先していたら絶望へ行く事しかないから。
よく、本人の希望が一番大事だとか、親子の縁は簡単に切るものじゃあないとか、くだらない事を言う奴が居るが、本人が正常な判断が出来ない時に、希望や縁なんてありはしない。俺は正しい。それだけだ。一般常識を信じて疑わない道徳信者が
母さんが書類を書き終え、紗凪の直筆で名前が書かれる。
俺は書類を貰って病室を後にして、
それから数日、学校と病院と役所とバイト先を行ったり来たりする日々が続いた。
二人とも刺し傷がそこまで深くなかった事、内臓を損傷していなかった事から、傷の治りも早く、三週間もする頃には傷が
本当なら紗凪の父親に慰謝料を請求したいところだが、それは叶わない。だってお金を持っていないから。こちらは泣き寝入りをするしかなかったわけだ。
何より実刑判決を喰らって刑務所に居るあいつからは金を取ろうにも取れない。
あいつのその後の事なんざ、正直どうでもいい。それよりも俺がバイトで稼いだ給料の何割かが税金として
本当によくできた世界だ。
作った奴の顔を見てみたい。
かなりの猫顔だったと思うが。
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