第44話 いらっしゃい
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
母さんは紗凪が部屋に入るなり、抱き締めた。
紗凪はびっくりしたのか、固まって動こうとせず、母さんはそんな彼女を黙って抱き続けた。
それから鼻声で優しく語りかける。
「ゆっくりしていってね。今、夕ご飯できるからね」
「ありがとうございます」
それから三人で食卓に付き、ご飯を食べた。会話は専ら普段の高校生活の事だ。友達から見た
ご飯を食べ終えると、紗凪はごく自然な流れで食器を洗い始めた。
「いいのよ。紗凪ちゃんはやらなくて」
「そうだぞ。俺の立場がなくなるだろ」
と言って、紗凪と交代する。
「でも、御馳走になったのに、何もお返しできないなんて、申し訳ない」
「そんな事言わないで。私は紗凪ちゃんが来てくれただけでも嬉しいんだから」
「ありがとうございます。あの、でも私、そろそろ帰らないと。父もお腹を空かせていると思います」
結局、紗凪の中で親を見捨てると言う選択は出来ない様だ。
「紗凪ちゃんのお父様が、もしも紗凪ちゃんが居なければご飯一つまともに用意できないような人なら、なおさら帰っちゃダメ」
「どうしてですか」
「それが甘えになるから。この前、コンビニで紗凪ちゃんのお父様にお会いしたんだけど、お父様はどうやら紗凪ちゃんに甘えているように思えたの」
「父は。……病気なんです」
「鬱病だって言ってたわね。でも、どんな重病になっても、親が子供の人生を壊していい事にはならないの」
「でも、立ち上がれない日もあると思います。その連続が、きっと今で」
「もしも私に立ち上がれない時が来たら、私は燈瓏ちゃんに起こしてとは頼まないわ」
「どうするんですか?」
「燈瓏ちゃんが一人で生きて行けるように、自立できるように願うだけね」
「えっと、でもそれじゃあ、藍香さんは」
「私? 私はその時が来たらただ死ぬだけよ」
俺は食器を泡で滑らせて、大きな音を立ててしまった。
「失礼しましたー」
ファミレスの店員を装う。
「燈瓏君は、
「許さないわ。だから、明け透けに見捨てろとは言わない。ただ、お互いがお互いの人生の足枷にならないように頑張るだけ。死ぬって言うのは、進む事も戻る事も出来なくなって、もしも燈瓏ちゃんにただ
「でも……」
「解ってるわ。この世の全ての親御さんがそういう心持ちでは無いと言うのは。紗凪ちゃんのお父様と私が違うって事も。でも取り敢えず、お父様は自分が娘に甘えていて、生かされているという事を自覚すべきだし、感謝すべきだと思うの。紗凪ちゃんに、お父様を助けるなとは言わない。けれども、せめて紗凪ちゃんがやった事に対して応分の感謝を言えるお父様にはなって頂きたいの。その為に今は離れるべきなのよ。甘え癖を、一度抜かないと」
「それは、どのくらいかかるでしょうか」
「さあ。解らないわ。でも取り敢えず」
母さんは紗凪の頬に触れた。
「この青痣が消えるまでは、帰っちゃダメ」
一体どんな眼差しで彼女を見たのかは、確認する事は出来なかったが、多分、俺に何かを諭す時と同じ目が向けられたのだという事は、容易に想像がついた。紗凪が目を背けず、母さんを見て頷いたから。
食器を洗い終わる頃には、紗凪もここに留まる事を決心してくれていた。
「じゃあ、紗凪ちゃん、お風呂入ろう」
「先に頂くなんて申し訳ないです」
「いいのいいの。疲れたでしょう? お風呂入って、さっぱりして、寝ましょう。着替えは私のパジャマを貸してあげるから」
「でも、下着とかは……?」
「大丈夫、今日洗って浴室乾燥使えば明日には渇くわ」
それってつまり、今日はノーパンノーブラで居ろって事か。
俺の視線を感じて振り返る紗凪。
「わ、わかりました。燈瓏君も、それを望んでいる様ですし」
「いやなんでだよ!」
「じゃあ、お風呂入って来てね。パジャマは後で脱衣所に持っていくから」
「スルースキル高けえ!」
紗凪はそのまま風呂場へ向かったので、俺は自室に行くことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます