お母さんは魔王さまっ~朝薙紗凪が恋人になりたそうにこちらを見ている~

詩一

第1話 にゃー

「折角お前の要望通りに転生させてやったと言うのに、一体何をやっておるのだ」

 振り返るなり不躾な事を言う猫だな。

 ん?

「猫が喋った!」

「猫ではない。わしは神だ」

 俺が呆気に取られているのを良い事に、神を名乗る猫は淡々と続ける。

「お前には使命を与えたはずだ。魔王討伐の使命を」

 俺はただこの猫が気になっただけだ。

 学校帰り、いつものコースを歩いていると、一匹の猫が前をスススと通って行った。何のことはない普通の三毛猫だ。と、やり過ごす事は出来なかった。

 どう見てもおかしな部分があったのだ。

 この猫の背には胴体を包み込むほど大きな腕時計が巻かれていた。否、腕時計というよりは掛時計を薄く延ばした様に見える。振り子が付いているので間違いない。薄く延ばされて猫の胴体に添うように巻きつけられているにも拘らず振り子はチクタクと動いていた。

 初見で気にならない人間が居るなら挙手して欲しい。居ないだろうから数えないけど。

 もしも猫用コスチュームだとしたら飼い主が近くに居ないのはおかしい。だから誰かにイタズラで付けられているのだろう。この猫が暴れなければ、外してやろう。そう思い、その時計猫の後ろを付いて行くと、草が生い茂った空き地に入った。初夏の日差しを浴びて新緑に色づいた雑草から、強烈な草の香りを感じた。道路からは離れており、近くを通りかかる人はいない。

 静寂の中、そよ風がサラサラと抜けて行き、草が鳴った。

 そこで猫は止まった。

 そして徐に、まるで満を持したかのように振り返り、彼は喋ったのだ。

 だがしかし、その猫から放たれた言葉の内容に思い当たる節が無い。

「すみませんが、神様。多分人違いです」

 神と名乗るだけあって、放たれる威厳は猫のそれではない。というかそもそも動物が人語を使っている時点で例え神で無くても、自分の憶測の範疇はんちゅうからは遠く離れた存在であることに違いはない。

 突然の事に、随分頭の中が散らかっているが、ともかく相手が言葉によるコミュニケーションをお望みなら、それに応える他あるまい。

「人違いなものか。儂はお前が生まれる前から知っておる。この世界に送ったのも儂だ」

「でもそんな記憶はないんです。全く心当たりがない」

「はて。どういう事か」

「そう言われましても」

「なるほど。お前、さては前世の記憶が無いな」

「あるわけないでしょ。そもそも前世ってあるんですか」

「神に対する質問であるならば骨頂こっちょうよな」

「……ああ、すんません」

「とは言え、前世の記憶が無いとなると……うむ、合点がいった」

「合点?」

「ああ、お前は生まれ来る以前に、さっさと魔王を倒して世界を救って見せると、それで美女とハーレムスローライフを送ると言っておったのだが、全くその兆しが無いのでな。約束を違える気かと思っておったが、そもそも前世の記憶を失っておるのならば仕方あるまい」

「はあ」

「本来であれば儂から説明するところだが、如何せんこの体ではそう長く現世に留まれないのでな」

「え、ああ。神様の姿が猫ってわけじゃあないんだ」

「これは現世にいずる為の仮初かりそめの姿よ。仮初め故、長くは持たん。そう言う訳だ。代わりに天界より使いを送る」

「使い……? 天使って事!? ですか?」

「にゃー」

 猫からは威厳と同時に大きな時計が消え、元々の可愛らしい鳴き声が聞こえた。

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