雲払い響け、竜の謡

奈木

1:咎竜の巣

 吹き荒ぶ風が、陰鬱な影の落ちた峡谷を駆け抜ける。びょうびょうと聴覚を圧して鳴る音は、獣の吼え声にも似ていた。

 獣も鳥も寄り付かぬ荒涼とした深い谷間に、数多の兵がなだれ込んでゆく。周辺で繰り広げられた戦闘も、既に粗方が終了した。後は、跳梁跋扈をほしいままにした、悪辣な連中の根城を検めるだけだ。

 行かれますか、と尋ねてくる部下に是と返し、足を踏み出す。このまま谷の前で、ただ立っているのも芸がない。俺の役目は谷の外に迎撃に出てきた連中の制圧であり、奴らの拠点の調査までもは含まれていないが、たまには勤労精神を示しておくのも悪くはないだろう。

 晴天の下にあって尚も黒々とした大地の亀裂は、異形の顎を連想させた。列を成して駆け込んでいく兵に紛れ、峡谷の内部へと足を踏み入れる。次から次へと持ち込まれた篝火で、暗く影の落ちた内部であっても、最低限の視野は確保することができた。

 ふと傍らの岩壁に奇妙な陰影が浮かんでいることに気が付き、足を止めて見上げてみれば、頭上のあちこちに古竜文字で何ごとか刻まれていた。記した内容を「世界に刻み付ける」とまで謳われた力ある文字だが、現在では正しく扱うことのできる者も減り、公には使われなくなって久しい。ここに描かれているものにも、特別それらしき力は感じられなかった。あくまで飾りの域を出なさそうだ。

 正式に古竜文字が用いられた最後の記録は、我が国ダヤリーズの王と、神竜とも呼ばれる竜の王とが交わした約定を記す際であると聞くから、もう千年も昔のことになるか。そうして成った〈ベテジカーユの大盟約〉によって、世界の有り様は大きく変わった。盟約に謳われた条文は、記された文字によって世界に刻みつけられ、人と竜のあり方を再規定するに至ったのである。

 さりとて、盟約はそれほど難しいことを述べている訳でもない。

 そも我らダヤリーズの民は、太古より連綿として続く、戦いの宿命に囚われていた。我が身を襲う、恐ろしい獣の脅威があるからだ。――それこそ竜の肉を食らい、人の魂を食らう、翼持て空を翔る異形。人と竜に共通の天敵種である獣を、古の人は〈翼虎グヲニド〉と名付けた。

 古竜文字によって刻まれた盟約とは、すなわち甚大な被害を生む異形の獣に対抗すべく共同戦線を張る同盟であり、同じ地に生きる同胞として異なる二つの種族が手を取り合うことを誓う約定に他ならない。

 その名の通り、翼持つ虎の異形は天――空に浮かぶ雲を通じ、王国へと飛来する。恐ろしく獰猛な獣共は、時に人の街を一つ、竜の血族一つを滅ぼすほどの猛威を振るった。共通の敵を持つことで異なる二者の団結が深まるのは、古来変わるものでないらしい。そして、一人では難しいことでも、二人でならば容易になることも間々あるものだ。

 盟約は表向き大きな波風もなく、遵守されるがまま、現在まで来た。だが、全てが順風満帆にあった訳ではない。そもそも万人が一つのものを支持するということ自体、望むべくもないのだ。大多数がどれだけ盟約を遵守していたとしても、それに反する者は現れる。盟約の名の下に結成された、人竜混成部隊である竜謡騎士団は発足当初から奮戦を続け、〈翼虎〉をよく退けたが、いつしか咎人や咎竜への対処も、その役目の一つとなっていった。

 そして、近年とみに悪名高く指名手配されている咎竜として、〈魔竜アムヒュスカ〉ゼセンタデナがある。

 ゼセンタデナは当代の竜王をして、同盟成立以来最悪とまで評される。奴は千余年にわたる歴史において初めて、咎竜の群れを束ねて徒党を組んだ竜だった。己に従う咎竜を率いては人里を荒らし、家畜を食い、人を攫う。咎める同胞にすら躊躇いなく牙を向け、かの盟約でさえ一笑に付してみせる。竜にとっても、人にとっても忌々しい以外の何者でもないゼセンタデナだったが、用意周到に立ち回る連中の根城は、長らく杳として知れなかった。

 しかし、ある初夏の日のことだ。ダヤリーズ西部に位置する地方都市リィリャの騎士が、南の空に〈翼虎〉の群れを見たことで、事態は急変を迎えた。

〈翼虎〉は、空の晴れ渡った日に姿を見せることはない。蒼空を白く切り取る密雲、或いは天を覆い尽くす曇り空。空に厚い雲が浮かぶ時に決まって、その白色の中から現れるのだ。

 そうして飛来する〈翼虎〉は、一体どのような探知器官を備えているのやら、山野には目もくれず、過たず街々へと狙いを定める厄介な習性を持つ。初めリィリャでも〈翼虎〉の群れの接近を想定し警報を発したが、おかしなことに、待てど暮らせど群れが街へ迫ることはなかった。

 リィリャの南方には、峻厳な山々や切り立った渓谷の無人の地が広がるばかりであり、本来なら〈翼虎〉の求めるものなどあろうはずもない。怪しんだ騎士団が斥候を差し向けてみれば、あろうことかセデナ峡谷の真っ只中に、ゼセンタデナ一派の巣が築かれていたのである。加えて、その巣に集う竜たちは〈翼虎〉との戦闘の後と見られ、疲労の色も濃い。突入するには、この上ない機会と思われた。

 かくして、俺――ローレンツ・ガザートもリィリャ竜謡騎士団の一員として、制圧作戦に加わった訳であるのだが。

「……悪趣味この上ないな」

 渓谷の奥深くに築かれた「巣」に足を踏み入れるなり、そうこぼさずにはいられなかった。

 深い谷の最奥を丸ごと我が物とした、咎竜共の根城。それは最早、集落とでも呼ぶべきであるのやもしれなかった。大量の竜が集い、生活を共にする巣窟。

 集落の入り口は小賢しくも石垣が組まれ、見張り番までもが置かれていた。その第一関門を文字通りに粉砕して突入してみれば、周囲の岩壁に雑然と、各竜のねぐらと思しき洞穴が掘り抜かれている。洞穴の近隣には食い散らかされた動物の残骸が転がり、飛び散って乾いた血が凝っていた。生々しすぎるほどに日々の生活の痕跡の残る、そこは――長きにわたる罪の集積でもあった。

 長命と強い魔力を生まれ持つことで知られる竜族の中でも、極めて強い魔力と永い寿命を持つ一部の血族――〈上位種ハイラ〉は、多種多様な魔術に通ずるという。洞窟の傍らに造られた檻もまた、その術によって構築されたものなのだろう。中には攫われてきたのであろう人々が囚われており、兵達が悲痛な表情で格子を破壊しては救出してゆく様は、横目に見ているだけでも苦々しい感慨を禁じ得ない。

 既に戦闘は終結し、ゼセンタデナと側近の数頭こそ惜しくも取り逃してしまったが、それ以外の迎撃に出てきた竜の全ては捕縛が完了していた。我らが騎士団にしても、重軽傷者が多少出たものの死人は皆無と、望み得る結果としては最上に近い。だが、例えその事実があろうとも、この巣の内部の有り様を目の当たりにしてしまうと、素直に喜ぶことはできなかった。

 叶うものなら、捕えた連中はことごとく相応の刑に処してやりたいところだ。しかし、罪を犯した竜は人間の法では裁かれず、竜王の座す東方のヒェウヤ山脈へ送られ、彼らの法で裁かれるのが盟約に基づく決定である。後日、関係各所と綿密なやり取りを重ねた上で、大規模な護送部隊が編成されることになるだろう。

 業腹でないと言えば嘘になるが、今は攫われた人々を救出するのが先決だ。とは言え、まだどこに残党が潜んでいるやら分からない。念には念を入れて警戒を、と広大な巣の中を歩き回っていると、

「――残党がいたぞ! 手の空いているものは増援に回れ!」

 俄かに怒鳴り声が上がった。次いで、ほとんど同時に竜族特有の轟くような咆哮。

 やはりか、と舌打ちの一つでもしたい思いで走り出し、声の示す方角へと向かう。谷の底に築かれた巣の、更に奥――薄暗い岩場に、それはいた。

 岩壁を背にして、皮膜の翼を精一杯に広げた白金の鱗の美しい竜。

 まだ若い……いや、幼いと言うべきか。大人の一人二人は平気で乗せられるだろうが、これまでに捕らえた竜に比べれば、その体躯は二回り以上も小さい。細い四肢で大地を踏み締め、体勢を低く牙を剥き出しにした姿は、むしろ警戒を露にした犬にも似ていた。長く伸びた尾が、ひどく落ち着かなさげに地面を叩いている。

「何がどうなっている?」

 ちょうど近くにいた、歩兵部隊所属と思しき隊員に尋ねてみれば、歳若い彼は困ったような表情を浮かべて口を開いた。

「囚われていた被害者の最後の一人を発見したんですが、あの竜が邪魔をして保護できないんです。決して攻撃的な訳でもないんですが、近付こうとすると、尾を振ってくるので……」

「何だ、それは。よほどその人間を気に入りでもしたのか?」

「分かりません。ローレンツ卿、思念対話テレパスはお得意でしょう? 説得できませんか?」

「……得意不得意について否定はしないが、思念対話とて万能ではないぞ」

 そこを何とか、と無理を言う隊員にため息を返答に代え、竜を遠巻きにする包囲網の真っ只中へと分け入る。階級だの役職だのはあまりこだわりたいものではないが、こういった時に道を空けさせる手間が省けることだけは、楽でいい。

 足早に居並ぶ兵の合間を抜け、最前に出ると、包囲の中心には今回の制圧作戦の指揮を取った第四大隊長エルトン・ファースが腕を組んで仁王立ちしていた。今年三十七の歳を数えた巨漢で、持ち前の凶相と相俟って、犯罪的な威圧感を醸し出している。騎士は皆揃いの黒い制服を着用する規定があるが、その黒に映える大隊長の階級を示す徽章も、威圧感の増強に一役買っているように思われた。

 俺も平均よりはいくらか上背がある方だが、それでもファースには適わない。ついでに言えば、顔面の威圧感についてもまた然りだ。俺も己が人好きのする柔和な顔立ちでないことは自覚しているが、少なくともファースのように顔を見た子供に泣かれるような惨事には未だかつて遭遇したことがない。これからもないままでいたいものだと、切に思う。

「エルトン卿」

 脇道に逸れかけた思考を打ち切って声をかけると、眉間に皺を寄せた、険しげな黒の瞳が向けられた。いかにも不満げな態。強面の大隊長が口を開くよりも早く、先手を打ってしまうことにする。

「らしくもない、何をノロノロとやっているんだ。あんたも〈竜謡士ゼルギス〉なら、とっとと降伏勧告なり何なりして、事を終わらせてしまえばいいだろう」

「それができていたら、苦労はしていない」

 苦虫を噛み潰した顔で、ファースが吐き捨てる。同時に、その脇に控えていた相方の竜であるメレゼまでもが、ため息まじりに頭を振った。

 古に結ばれた盟約の恩恵により、竜は人の姿を取ることができるようになり、人は竜の言葉を解すことができるようになった。今のメレゼも、細面の優男の姿をしている。

 盟約の恩恵は竜も人も先天的に付与されるものではあるが、誰もが人型を取れる竜と異なり、人間は個人によって能力の強弱の差が激しい。不思議と竜語は後天的な学習も難しく、一定以上の理解能力を備えて生まれた者は〈竜謡士〉――竜に騎乗し戦う騎士となるべく、早くから士官学校に入学させられ、騎士団の主戦力を担うべく鍛え上げられるのが、予め定められた宿命のようなものだった。

 お陰で、俺とファースの付き合いも二十年近い。そのせいで砕けがちになるやり取りは、部下が上司にきく口ではないと、かつては度々メレゼに顔をしかめられたものだったか。

「ふむ、どんな大層な問題が?」

「あの子は随分と幼いようです。或いは、まともに同族に喋りかけられたこともないのか、ひどく言葉が拙い。人語はまだマシですが、いずれにしろ片言の域を出ません。意思の疎通は困難です」

「メレゼに代わって思念対話を試みもしたが、警戒心が伝わってくるだけでどうにもならん。今、残っている捕縛鎖を持ってこさせているところだ。悪いが、こうなっては無理矢理にでも押さえ込ませてもらう他ない」

「随分と乱暴だな」

「他に手がないのだ、仕方あるまい。それとも、お前が説得するか? 第一級相当〈竜謡士〉ローレンツ・ガザート」

 ファースがじろりと横目に俺を睨み、刺々しい口調で言う。――おやおや、剣呑なことだ。それに、何を言ってらっしゃるんだかな。

「規則の推奨事項に則った部隊を組んでいない〈竜謡士〉は、一級になれないんじゃなかったか?」

「だから『相当』だ。それが嫌なら、いい加減に腹を括って相方を定めろ」

「謹んで遠慮申し上げるね」

 答えるだけ答え、肩をすくめて身体ごとファースから顔を背ける。

 視線と共に意識を向けるのは、未だ唸り続ける白金の竜。真珠色の一対二本の角を突きつけるようにして包囲網を睨み据える竜の眼は、角度によって青にも金にも煌く、不思議な灰色をしていた。

 軽く息を吐いて、思念対話の術式を展開。幼くも見事な色彩を誇る竜の子。お前は、一体何をそこまで警戒している……?

『まも る』

 嵐のように荒れ狂う激しい警戒心の中、不意にかすかな思念を捉えた。かそけき声のような、ひどく差し迫って悲痛な響き。

『とう さん  まも る』

 とうさん? ――父さん、父親か!

 感じ取ったそれを言葉として理解した瞬間、雷に打たれたような衝撃を覚えた。

 歴史書に曰く。盟約が成る以前の時代、巨大な体躯と空を舞う翼を持ち、焔や氷の様々な息を吐く竜は、人にとってひたすらに畏怖の対象であった。

 盟約が成る以前から竜は人の言葉を解していたというが、竜の姿ではそれを発声することができない。人間は、そもそも竜の言葉を理解することができない。身体、言語――あまりにも大きすぎる差異は深い断絶として、双方の間に超えがたき溝を刻んだ。

 だが、竜王と人王の盟約が成り、その恩恵がもたらされてからというもの、その断絶も長い時間をかけて、徐々に埋められてきた。それ故に……こういうことも、稀には起こるのだそうだ。非常に、数少ない例ではあるらしいが。

「ファース、待て!」

 気付いた時には、叫んでいた。

 あの竜は、何も我々に敵対しようとしているのではない。状況が理解できず、ただただ父親を守ろうと必死になっているだけだ。

「捕縛鎖、放て!」

 しかし、その時にはもう遅かった。

 ファースの号令で、包囲網のあちこちに配置された捕縛鎖が射出される。成体の竜ですら押さえ込む鎖を、幼い竜が振り切れるはずもなかった。

 まだ小さな翼に、細い首に、脚にと鎖が絡みつく様は、背筋に嫌な寒気さえ呼び起こす。鎖に込められた術式が発動し、強制的に地面に押さえつける段になると、おぞましいほどの苦さが喉を塞いだ。

 引きつれるような叫びが、幼い竜の喉を裂く。思念は更にひどい。なに、いたい、どうして、と泣き叫ぶ子供そのものの感情が荒れ狂っている。

「ファース、止せ! あれに敵対の意図はない!」

 堪えきれずに逸らした顔をファースに向けて怒鳴れば、返されるのは驚いた目顔。

「どういうことだ、思念通話が通じたのか?」

「通じてはいない、ただ読み取っただけだ。あの竜は子供だ、むごい真似は止せ」

「幼体であることは、見れば分かる。珍しいな、お前がここまで血相を変えるとは。いつからそんな人情家になった?」

「皮肉なんぞを言っている場合か! あれは幼い子供で、ただ父親を守ろうとしているだけだ。真実、言葉通りの意味で『子供』なんだ」

 言葉を重ねるうちに、ファースの顔から見る見る血の気が引いていった。メレゼですら、銀色の目を丸く見開いている。

「あれは――半竜だ」

 そう告げる間にも、地面に縫い止められた哀れな子竜は包囲を狭められ、その背後から一人の男が連れ出されようとしていた。

 憔悴しきり、見るも無残に痩せ細った顔色の悪い青年。身に纏う衣服はほとんど襤褸切れに等しく、露出した手足のそこここに、満足な手当も受けられなかったのであろう負傷の跡が見られる。

 青年の年頃は、多く見積もっても二十半ばといったところだ。俺よりも二つ三つは若いだろう。やつれて表情の抜け落ちた面差しは、それでも十二分に端整であることが分かる。だからこそ、この巣に囚われていたのか――そこまでは定かでないが。

 一人では歩くこともままならないのか、青年は騎士に両肩を支えられ、抱えられるようにして運び出されていく。その最中も、彼は決して背後を振り返らなかった。泣き叫ぶように吼える声が聞こえていない訳でもないだろうに、一度たりとも。

『とう さん  ど して』

『いか ないで』

『おいて か ない で』

『なん で  とう さん』

 幼竜は叫び続けている。青年は微動だにしない。

 ――ああ、くそ、聞いているこっちの頭がどうにかなりそうだ!

「ガザート!?」

 ファースの声を振り切り、大きく足を踏み出す。足早に進める歩みは、真っ直ぐ竜に向けて。深く息を吸う。吐き出す息と共に歌うは、〈微睡謡ベユガ・カーロ〉。

溶け沈むものミ・ケェラ・其は深淵にロツサーユ・ありて誘うフスレア――」

 低く吐き出した声を、広く紗幕として巡らせる心象で張る。一節、二節と歌ってゆけば、つと幼竜の青く煌く灰の眼が、こちらを向いた。真っ向からそれを見返し、声を途切れさせることなく歌い続ける。余計な感情を乗せることはしない。ただ今は眠れと、それだけを告げるように。

 足を止めて視線を据えれば、竜の大きな瞳の中に自分の顔が映りこんでいるのが見えた。黒い髪の短い、不機嫌そうな青灰の眼の男。意図して、視線の焦点を外した。誰が映りこんだ自分の顔を、まじまじと見つめていたいものか。

 幾通りにも煌いて色合いを変える、不思議な色彩の眼だけを見て、歌い続ける。やがて竜の瞼が震えたかと思うと、ゆるゆると落ちていった。瞼が閉じれば、その四肢も翼も力を失って地に沈む。

 地震のような揺れが、重く響いた。

「さすがは第一級『相当』〈竜謡士〉だな」

 いつの間に背後に迫っていたのか、ファースの声がした。それには答えず、代わりに舌を打つ。

「ローレンツ卿のうた、さすがの腕前ですね。危うく私まで眠りに落ちるところでしたよ」

 冗談か本気か、メレゼの声音は内容に反してあくまでも穏やかだった。二人の背が、俺の脇をすり抜けて前に出る。ファースが周囲に幼竜の拘束と移動を命じるのを聞きながら、ひたすらに忌々しい気分で息を吐いた。

〈竜謡士〉とは竜と通じ合う者であり、また竜を助け、或いは縛る様々な謡を操る者を言う。だが、こんなにも苦々しい気分で謡を用いたのは、久しく覚えがなかった。

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