第21話 魔法使いと飴ちゃん 3

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「――だから、私をパーティに入れても、なんならレベル1のその二人よりも戦力にならない可能性の方が高いわぁ。ヴァルードは私が魔法を使えなくなってることまでは知らないから、私があなたたちを助けられると思ったんでしょうねぇ。戦力になれない私が、その飴を食べる資格なんて、本当はないのよぉ。だだをこねて困らせちゃって……、ごめんなさい。こんな重大なことを隠してパーティに入って……信用されないのも仕方ないの。人って……やましいことがある方が騒ぐのよねぇ」


 ティアは俯いていた顔を上げて、くしゃりと髪を掻き上げてから、曖昧に微笑んだ。

 彼女はこの話をして……微笑んだのだ。

 その顔を見て一番に反応したのは、やっぱりエミだった。


「ティアちゃん…! そんなんずっと……っ、何年も一人で抱えてたやなんて!! そんな顔せんといて……! お願いやからっ! お願いやから、ちゃんと泣いてよぉ!!」

 

 ティアに抱き着いて、エミはボロボロと大粒の涙を流していた。

 

「やだあ、泣かないでよぉ、エミ……。エミが泣くとなんだか私も悲しくなっちゃうわぁ。……っく、えっ……なっ、なんでぇ……?」 


 ティアが自分の頬を伝うそれを拭うのは、本当に久しぶりだったのだろう。拭い方を忘れているのか、困惑しながら指に付いた涙を見ていた。 

 

「もう……やだぁ。ずっと、泣いてなかったのよぉ……私……。お屋敷が燃えているのを、見た時だって……泣かなかった……っ! だって……泣く資格なんか、私にないって……、思って……。だって私のせいで! 私のっ! 私のせいでみんながぁ……っ!! っ……ふっ、うぅ……ううああああ……!」 

 

 二人で抱き合いながら、彼女達はずっと泣いていた。

 ティアが、僕が仲間に裏切られたということに過剰に反応していたのは、そんなことがあったからなのか。

 裏切られた自分、気づかず家族が殺される原因を作ってしまった自分。忘れる資格も、泣く資格もないと。ずっとずっと心の中でおりのように抱え込んで。

 酒に逃げるしかなかった、と……そういう気持ちになるのも仕方ないことだった。


「……どんな事情があったとしても、実際に私は魔法を使えないのよぉ。だから、やっぱりこの飴は……返すわぁ」


 ティアは飴ちゃんをこちらへ差し戻してくる。が、それを僕らは誰も受け取ろうとしない。 


「ユウ君、どう思う?」


 エミが、多分僕に話を振ってくる。 


「うーん……、魔法が使えないだけで物理攻撃は可能なんだろ?」

「え? ……それは……もちろん」


 攻撃魔法が使える魔法使いがパーティにいる場合は、普通は前衛がおさえて後衛の魔法使いが攻撃魔法を入れるというパターンが多い。

 しかし魔力だって薬で回復できるとはいえ高価だし無限ではない。敵の数が多かったり、不意打ちを得意とする敵との交戦などで、後衛まで敵が回って魔法が間に合わない場合、魔法使いは短剣もしくは杖で物理攻撃をすることもある。

 基本的には短杖たんじょうを使っている魔法使いは短剣をサブ武器として装備し、長杖ちょうじょうを使っている魔法使いはその杖で攻撃する。ティアは短杖使いだから、短剣を腰に装備している。世の中には、普段は杖だが敵が近付いてきた際には魔法の刃を出せる短杖兼短剣もあると聞く。

 魔法使いは、ただ魔法を使えるだけでは務まらない職と言える。


「物理攻撃をする魔法使いがいても、いいんじゃないか?」

「そうやんねえ?」

「ですよねえ?」


 ティア魔法を使えないことが特に問題と思わない僕ら。ティアはおろおろしながら、代わる代わる僕らを見ている。


「え? え? だ、だってそれじゃあ、私……みんなの足を引っ張るだけで……。あ、足手纏いに……」

「引っ張るも何も、まずユウ君以外レベル1やん?」

「そうですよ、なんならレベル1のわたし達の物理攻撃より、ティアさんの物理攻撃の方が絶対強いです。まあテン君は除いてですけど」

 

 ナナノがテン君の頭を優しく撫でながらそう言った。テン君は目を細めながら、頭をナナノに擦り付けている。


「テン君を入れたら、俺も勝てないよ」

「じゃあ、一番強いのはレベル1のエミさんですね」

「照れるわぁ」


 頭を搔きながら、えへへとエミは笑った。

 従えるモンスターの強さは、猛獣使いモンスターテイマーの強さだ。それがチートであろうと、現在そうであるというのは変わらない。

 僕らはティアがいようといまいと、レベル33の勇者の僕よりレベル1のエミの方が強いという、パーティとしては極端にいびつな形だったし、僕はそれで更に劣等感を刺激されたりしていたが、でも今は、本当に心の底から、それで良かったのだと思える。

 ティアのレベルは47。本来そのレベルの魔法使いとなれば、中堅から場合によってはそれ以上のパーティに誘われる冒険者の扱いだ。

 僕らのこの、ティアが入る前から他には多分ないであろうめちゃくちゃなパーティに、魔法が使えない魔法使いが入ったところで、それがどうしたというのだ。 


「み、みんな……、なんでぇ……」


 止まっていた涙を、また流すティア。堰き止めていたものが一回決壊すると、今度は出やすくなるんだよな。分かる。

 エミはあの真っ白で綺麗なハンカチを出して、ティアが流す涙を拭うと、


「ティアちゃん、ウチが一緒に冒険したいと思ったパーティは、みんなこんな感じで色んなポンコツな部分があったりちぐはぐな部分があったりするんよ。ティアちゃんが引け目を負うほど、すごいパーティやないんや」


 にんっ! といたずらに笑った。


「今まで……いろんなパーティに入ってきたけど、こんなパーティは初めてよぉ」

「せやろ! 鈍感勇者に、異世界人の猛獣使いモンスターテイマー、レベル1の忍者。それに魔法が使えへん魔法使いが増えたところで、どうってことないわ!」


 全く同じ気持ちだったらしいエミの言葉に、僕はほっとする。が、ティアはエミの言葉の別のところに食いつく。 


「……えっ、エミって異世界から来たのぉ?」

「あっ、話してなかった?」

「なんだか聞きなれない言葉を使っているし、すごい猛獣は連れてるし、それにあの飴の袋のことも……。なんだか不思議な子とは思っていたけど……、その疑問が解けたわぁ。神の加護を受けたアイテムを持っているんだもの、あり得ない話じゃないわよねぇ」

 

 僕は、置かれている飴ちゃんを取って袋を破る。

 おずおずと差し出された掌にその飴をコロリと出す。

 ティアは、僕ら三人の顔を見てから、決心した顔をして最後のスキル付きの『いちごみるく』を食べた。


「『いちごみるく』の効果により『スキルレベル上限突破』を取得しました」


 空から降ってくる光と、僕らの周りにだけ響いてくる声。

 ダンジョン外でこの声を聞けるのもこの『いちごみるく』で最後だ。

 ティアは片方の頬っぺたを飴ちゃんで膨らませながら、ニコニコと晴れやかな笑顔で舐めていた。 


「エミ~! この『いちごみるく』って、すっごく美味しいのね! 考えた人は天才だわぁ! よく考えれば、いちごジャムをケーキに塗ったりクリームと食べたり牛乳や砂糖を掛けることもあるのだから、美味しいに決まっているのよね!」

「せやろ~! あ、せや! 真のパーティ結成記念に、みんなでいちごみるくの飴ちゃん食べよか!」

 

 ナナノが元気よく身を乗り出してくる。 


「賛成です! この前もらった『いちごみるく』、私途中で飲み込んでしまったので」

「僕も……」


 エミは三つ袋から『いちごみるく』の飴ちゃんを取り出す。

 手慣れた仕草で袋を破って、みんなでそれを口に放り込む。

 

「は~、やっぱりうまい。この甘みと酸味のバランスがいいんだよなあ」

「そうですね~、幸せです」

「うんうん」


 満足そうな笑顔で、エミは僕らを優しく見つめている。

 僕らが幸せそうな顔で飴ちゃんを舐めていると、どこからか人が集まってきて僕らを遠巻きに見ていた。

 勇者の一行は別に珍しいものでもないので、こんなに目立つようなことはないと思うんだけど……。テン君がいるからか……? 

 群衆の間を縫って、衛兵が僕らの前に出てくる。一体なんだと言うのだろうか、衛兵に捕まるようなことは一切していないと言い切れるが。


「あの……」

「はい?」

「さっき穴の中の筈のこの街に、光が降ってきたので、気になって来たのですが…。一体なにがあったのですか? 街の中での戦闘は禁じられているのは御存じですよね?」

 

 あ、さっきのスキル取得の光のせいだったのか。今までは街の外だったり狭い穴の中だったりしたが、流石にこんな人目のある開けた場所では目を引いてしまったようだ。


「戦闘なんかしてないわよぉ。私達ここで飴ちゃんを食べてるだけ。よく見てよ。戦闘の痕跡なんてないでしょう?」

 

 ティアがしれっとそう言った。

 確かに、戦闘なんてしていない。


「そ、そうですね……。失礼しました」

「ううん、こっちこそ、別に悪いことはしてないんやけどごめんねぇ。なんや周りにおる皆さんも、びっくりさせてしもたみたいで。せや、お詫びと言ってはなんやけど、飴ちゃん食べる?」 


 エミはすっくと立ち上がって、遠巻きに見ていた人たちに飴ちゃんを配り歩いて行く。

 そしてそれについて行って、僕らは袋を開けて回った。

 不審な物を見るような目で、人々は嗅いだりつまんでみたりしていたが、小さな女の子が誘惑に負けてパクリと食べた。


「わあ~! おいしい! ねえ、おねえちゃん! この飴すごくおいしいね! いちごの味がするよ!」

「お姉ちゃんやなんて……! いまどきの子ぉはお世辞が上手……ん? あっ、今ウチ、ホンマにお姉ちゃんの年齢やったわ。んふふっ」

 

 エミは周りのポカン顔を気にせず、一人で笑っていた。 

 その少女の言葉を皮切りにして、次々と飴を口に入れていく人々。


「わっ、なにこれ! 飴なのに、ぶどうの味がする……!」

「こっちはオレンジだ」

「僕のは桃!」


 不審そうな目を向けていた皆が頬を緩めて、ニコニコと飴ちゃんを舐めている姿に、エミは満面の笑みを浮かべて頷いている。


「やっぱり、飴ちゃんはこうでないとねぇ」


 嬉しそうなエミの顔を見ると、こちらも嬉しくなる。ティアとナナノも同じ気持ちで一緒に笑っていた。


 ――その群衆の向こうに、見たことのある姿が見えた。一瞬だけだったが、あれは間違いなく、トーヤと僕のパーティから出て行った三人。三人はなんでもない風だったが、トーヤの眼光は鋭く、こちらをにらんでどこかへと去って行った。

 その顔を見て、僕は少しだけ溜飲りゅういんが下がった気がした。

 恨んでるだろうなあ、あの三人はまだ僕のパーティの中にいることになっている。そのせいでダンジョンに潜れない。

 追いかけたい気持ちもあったが、多分今はダメだ。僕らが彼らを意識していることは、気取られない方がいいだろう。

 全部、パイルに任せておくとしよう。 

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