第三章
第17話 おいしい朝ご飯
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
とうとう新しいパーティで初めてダンジョンに潜る日だ。昨日はどん底に落とされて、新しい出会いがあって……一日で色々あったなあ、とぼんやりと目覚めた。
知らないうちにテン君が僕の横でピスピスと鼻を鳴らしながら寝ていた。なぜかテン君は、エミの横ではなく僕の横で寝ることを選んでくれたみたいだ。触れるとしなやかで毛がみっしりと密で、暖かくて気持ちいい。
もう一眠りしたい気持ちをぐっと堪えて、出発の用意をする。
あの後無事にパーティの登録も終わり、僕らはルパーチャにいる間、ナナノの家を仮の宿にしてダンジョンに潜ることにした。ナナノも是非と言ってくれたし。
だが、ダンジョンに潜る前に、エミとナナノの武器と防具を揃えないといけない。潜るのはレベル5のダンジョンとはいえ、エミなんて布の服だし……。
あとは、ナナノが穿いている『幻影』のショートパンツはそのままでいいとして、上に防具をつけないといけないよなあ。侍の装備なら多少わかるけど、忍者の装備はよく分からない……。
ヴァルードは、僕のお金をいくらか残してくれたし、よほどじゃなければとりあえずはそれで足りるはずだ。足りなければ教会で引き出してくればいいだろう。冒険は、最初に金がかかるものだ。
「ユウ君、おはよう! ご飯やで!」
色々考えながら着替えていると、エミが元気な声で何の前触れもなく部屋のドアを開いた。
「わっ、エミ……お、おはよう」
「あ、着替えてた? ごめんね、もうご飯用意できてるし、いつでもダイニングの方に来て?」
「う、うん、分かった」
僕は曖昧に頷いて、笑顔のエミを見た。
ご飯できたよ、なんて呼ばれると新婚みたいだ。昨日は思い出すのも恥ずかしい失態を
エミの声で起きたのか、寝ていたはずのテン君が音も立てず僕の横にいた。
正式にパーティを組んだからか知らないが、なんとなくテン君のしてほしいことが分かる気がする。
――
テン君の顎を強めに搔いてやると、テン君は気持ちよさそうににドルルルルと喉を鳴らしてくれた。
テン君を連れてダイニングに行くと、エミとナナノが楽しそうに二人で朝食を食べていた。
「あ、朝ご飯食べて食べて! ウチが作ったんやで!」
「ユウマさんおはようございます。エミさん、すっごい
「いややわぁ、褒めたってなんも出えへんよ~」
と、上機嫌にエミは僕に朝ご飯を出してくれた。干した鮭を焼いたのと、野菜たっぷりの味噌汁と、ほうれん草の胡麻
昔オウギの家にお世話になった時、同じような食事を食べたことがある。
箸を使い慣れていない僕の為に、スプーンとフォークが用意されていた。
「この世界にも、お醤油とお味噌あるんやねえ! ナナノちゃんに朝市に連れて行ってもらって、びっくりしたんよ! お醤油は700ルルド、お味噌は600ルルド! 元が1000ルルドと800ルルドやったから、これでも大分頑張って値切ったんやけどねぇ。こっちのお金の価値ってウチよう分からんのやけど、お塩はおんなじ重さで300ルルドとかやったし、あるにはあるけど、ちょっと高い調味料って感じみたいやね」
「ナナノと一緒に、朝市に? 僕も起こしてくれたら一緒に行ったのに」
「家に置いておく物は、わたしが出すのでいいかなと思って。それにテン君と気持ちよさそうに寝てたので」
僕はテン君と顔を見合わせる。
「そっか……。でも醤油と味噌を使いこなせるってことは、エミの元の世界はオウギのお父さんとお母さんがいた東彩国に近いのかもしれないね」
「オウギ君って、侍の子やね。でも、確かユウ君元メンバーの三人とは同じ村で育ったって言ってなかった?」
「うん。……彼の国、東彩国は、数十年前に戦争があって、その国の人間は散り散りになった。オウギ達の家族も、オウギが生まれる前に逃げてきたんだ」
「そうやったん……。もし、ウチのおった場所に近い国があるんやったら、いつか行ってみたいと思たんやけど……」
エミは
僕がもしエミの世界に飛ばされたとして、きっと僕だって、自分のいた世界との共通点を必死になって探すだろう。たった一人誰も自分を知らない世界で、テン君が傍にいるとはいえ、これだけ明るくいられるエミは、本当に強い。
エミの出してくれた朝食は、どれも美味しかった。僕が特に気に入ったのは、味噌汁。色々な野菜が入っていて、
「味噌汁、すごく美味しかったよ! 毎日でも僕に作ってほしいなあ」
「!! い、いややわあ……。そんなんちょっと早い……」
「え、嫌だった?」
「あ、えと…そ、そういうことやなくて…」
僕がそう言うと、エミは顔を赤らめる。
何かまずいことを言っただろうか。
エミが赤い顔のままひそひそと、ナナノに何か耳打ちすると、ナナノはにんまりしながら僕を見た。
「確かに、その言葉はもうちょっと付き合いを深めてからの方が、いいかもですね。でも、こちらの世界にはその言葉にそういう意味はないので…」
「さ、さよか……。なんや、深い意味はなかったんやね。ウチ早とちりしたわ。恥ずかしいわぁ……」
「?? なに? なんのこと?」
最後に絶妙のタイミングで暖かいお茶を出してくれたので、それを飲む。
「エミさんの世界では、お味噌汁を毎日作ってほしいっていうのは、プロポーズの言葉らしいです」
ブーッ!!!! 盛大にお茶を噴き出した。
「わぁあ!! ユウマさん汚いですよ!!」
「げほっ! ごほっ、ごほっ! ちっ、違うよ! そういう意味で言ったんじゃ…っ! ごほっ!!」
僕個人としてはエミが毎日おいしい味噌汁を作ってくれるっていうのは、とても嬉しいし、そういう意味で取ってもらってもいいけど、まだそんな段階じゃないと思っているし。……でもエミはちょっと早いって言ったな? ちょっと……ちょっと!? ちょっと早くなかったらこの言葉を受け取ってもらえるのか!? あっ、でも僕勇者だ!! 結婚するんだったら勇者をやめるしかない!!
僕たち結婚するので、冒険はやめます!
―完―
……っていやいや、一体何を考えてるんだ僕は。エミと結婚できると決まったわけじゃないし……。
「ごめん! ウチが変な事言うたから!」
エミがテーブルを拭きながら、僕に謝ってくる。もう一度お茶を淹れ直してくれた。さっきの味噌汁のフレーズみたいに、こちらではなんでもないような言葉でも、エミの世界では特別な意味を持つ言葉が他にもあるかもしれないなあ。
お茶を飲んで、ほっと一息ついていると、後ろから声が聞こえた。
「さあ、ダンジョンに潜る前に、二人の武器と防具を見にいくとしようか。私は店主とも顔見知りの信頼できる店を知っているから、そこに連れて行ってやるぞ?」
銀髪で濃い蒼の瞳の、グラマラスな体型をした美しい女性が、腰に手を当てて僕を見下ろしている。こんな喋り方の人、仲間にしたかなあ?
「……? 失礼ですけど……どちら様?」
「えっ!? ティ、ティア・スピィタだが……?」
昨日のふにゃふにゃと間延びした喋り方が嘘のように、彼女はきっちりかっちりとした口調で僕らに語りかけてくる。まあ誰かっていうのは分かっていたけど、ちょっと待て。
「……その口調は一体何?」
「うっ……」
「ホンマやねえ、ティアちゃん昨日の夜そんな喋り方じゃなかったやろ?」
「いきなりどうしたんですか、ティアさん……?」
エミもナナノも心配そうだ。
そりゃそうだろう。僕だって彼女が寝ながら頭でも打って、人格が変わったのかと思うくらいだ。
「き、昨日の夜のことは忘れてくれ。……あれは酔っていたからで」
「酔っぱらってないと、そんな口調なのか?」
「そ、そうだが!? 何か文句でもあるのか!?」
あっ、この理不尽な突っかかり方は間違いなくティアだ。人格が変わったとかそういうのではなかったようだ。
「酔ってる時は素が出るっていうよな……? 本当はあっちがいつもの喋り方なんじゃないのか?」
「違う! 私は本当はこの話し方だ!」
「ホンマにぃ? なぁティアちゃん、ウチらの前では肩肘張らんでええんやで……? 一緒のパーティやん。仲間やん。それって素敵やん?」
肩にポンと手を置いて、エミはティアに促すが……、ティアはキッと目を吊り上げる。
「これが私の、本来の口調だ!」
「……強情やなあ」
エミがぼそりと言った。
「とにかく! ゆくぞ! 私についてくるがいい!」
「ちょっと待ち! 朝ご飯はちゃんと食べなあかんで! 用意するから座り!」
「は……はい」
出鼻を
「はい、もうええで。片づけも終わったし、いこか!」
その言葉にはっとなって
「こっ、今度こそ、ゆくぞ! 私についてくるがいい!」
と、彼女はあたふたと用意を始めた。
ティアが僕らの先頭を
小穴街の中を、知った風にぐにゃりぐにゃりと右へ左へ力強く進んでいく。が、少し経つと、ナナノがそわそわしだした。
「どうしたんだ、ナナノ?」
「……あの、ティアさん……道、違えてませんか? 言い出しにくいんですけど、ここ……さっきも通りました」
「ぇえ!?」
僕らには分からないが、ナナノが言うのならそうなのだろう。
「……うぅ」
「道が分かってないのに先頭を歩いてたのか!? あんな自信満々に!?」
「えっ、ティアちゃんそれホンマ……?」
「だ、だってぇ……、前に小穴街に来た時と道が違っててぇ……。お、おんなじような道ばっかりだしぃ」
涙目になりながら、ティアはプルプルと震えている。
「あ、戻った」
「戻ったね……」
「戻りましたね……」
「……! 今のはノーカン! ノォーカウントッ!!」
舌を巻きながら、彼女はぶんぶんと腕を振る。
「まあ、ティアの口調はともかくとして、行きたい店をナナノに言って、連れて行ってもらった方が絶対いい。元々小穴街はいつどのタイミングで道が開けるか閉じるか分からない場所だし」
ダンジョンなら、最初から正解のルートは決まっている。行き止まりだったら別のルートに入り、潰していけば、最下層にたどり着くようにできているから。でも、小穴街は日々広がり、道が繋がるのだ…。ある意味ダンジョンよりえぐい。
「……ナナノよ、私は『ルクスド武具店』に行きたいのだが」
「あ、はい! 分かりました! そのお店なら、わたし知ってます! 大穴街の方のお店ですよね」
「そうだ、そこなら顔が利くと思う」
今度はナナノが先頭を歩き、ものの数分で小穴街を抜け、よく見知った大穴街に出た。
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