第14話 チコの涙
宝物庫の扉は、魔術による保安対策が二重三重に張り巡らされていた――、
――、にも関わらず、ルノは既に宝物庫内部で物色をしている。
最初は、扉に仕掛けられた魔術結界を正攻法で
結界を破れば再利用はまず無理だろう。
となると、再度結界を張るための労力や費用など考えるべきことが増えてしまう。
そこで熟考する。
盗まれることを警戒しているのならば、当然、魔術による保安対策は屋根裏にも及んでいることだろう。
となれば、下の階の天井に穴を開け、床から入れば良いのではないか。
下の階とはすなわちチコの部屋である。
彼女の部屋はこの屋敷の中でも、父の部屋に次ぐ安全性が確保されている。
その理由は言うまでもなく、部屋主の能力によるものだが。
そこが今はもぬけの殻なのだ。
ルノの考えは正しかった。
チコの部屋の天井を、土魔法で変形させ穴を開け、そこから宝物庫へ難なく侵入する。
「ふおおお、何なのこの布、軽くて滑らかで強靱で……すごい」
ルノは知らない。この生地の価格を。
一巻き五百万ラシル。
(王都領内一般、初任給(月)15万ラシル=金貨1枚+大銀貨5枚)。
「お、イメージ通りの黒と白、わぁぁ、これは濃厚な赤。いい……、これも、あ、これももらっちゃお」
一巻き五百万の何色かをひょいひょいと両手で抱えきれるだけの本数を抜き取る。
「他っかぁにな~にかな~いか~しら~。お、何か怪しい光が」
部屋の最奥に佇む黒い影。
その目が赤く光った。
光自体は、ルノが灯した光源を反射しただけなのだが、その剥製はまるで生きているかのように四本足で立っている。
「おっ、これこれ。この子の毛でウィッグを作りたかったんだよ」
銀色の毛皮の長い部分を風魔法で刈り取ると、ルノはほくほく顔で部屋を後にする。
もちろん侵入した痕跡は魔法で修繕、隠滅することも忘れない。
⇔
午前中、母さんの墓前で剣の鍛錬をしているうちに、気怠かった身体に喝が入ったのだろう。昼にはいつも通りだった。
リビングやダイニング、キッチンに行っても誰もおらず、昼食時のカーライル家にしては珍しく僕一人だけだった。
チコはきっとルノのお目付役として行動を共にしているのだろう。
二人で外へ出かけているのかもしれない
あのルノが一食を抜くなど考えられないので、村で何か食べているのだと思う。
朝食をあまり食べていなかったので、お腹が減った。
何か食材はないかと、魔道具で冷やされた部屋へ入る。前世で言うところの氷室の魔道具版だ。
魔力を定期的に込める(充電(充魔?))ことで、室内を一定の温度に保つ魔道具らしい。とても高価な物なので、好奇心で弄って分解などしないようにとチコからきつく言われている。主にルノが。
お、ブルーチーズがある。ハムもあった。野菜は生で食べられる葉物がある。キッチンにはパンもあったので、サンドして食べるか。
出来上がったサンドイッチを皿に載せて、ダイニングへ向かいかけた僕はふと考える。
今日も天気は良いし、気温も過ごしやすい。
せっかくの一人だし、母さんのところでいただこう。
あ、どうせならティーセットも持って行って、お供えしつつ一緒にお茶もいいな。
お湯は魔法で出せばいいからお手軽だ。
※
「この茶葉、母さんが好きだったって、父さんから聞いたんです」
名前のない僕のオリジナルらしい魔法で水球を作り、空中で加熱沸騰させてから、茶葉をあらかじめ入れておいたティーポットへ注ぎ、すぐ蓋をする。
「チコの見よう見まねです。上手くできると良いんですが」
待っている間に、カップの方にも熱湯を注ぎ、温めておく。
数分蒸らした後、ポットの中をティースプーンで混ぜる。
茶こしで茶がらをこしながら、カップへ紅茶を最後の一滴まで注いでいく。
こちらのほうを、母さんの墓前へ。
まだ熱い物が少し苦手な僕は、息をふきかけながら、淹れ立ての紅茶を一口すする。
「おいし……。母さんはあの城でこの味を楽しんでいたのですか」
墓石の横に座り、僕は丘の向こうにある、湖の中心に建つ不沈城塞を眺める。
母さんや父さんの生家であり、カーライル領領主の本来の住居である。
僕は自分の産まれた土地を、大地を、見たことがない。
それ以前に、前世なんて余計で中途半端な記憶があるものだから、自分の故郷は? と尋ねられると素直にこの世界の地名を出すことが憚られてしまう。そんな気がする。
だからだろうか。
なんと言うか、自分がこの世界に存在して良いのか、よくわからないし、何だか僕という存在そのものが宙ぶらりんな心境だった。
「母さんの子として生まれる前の僕は、きっと、この世界のどの国の人間でもありません。たぶん、違う星の人間だったのだと思います」
僕は言い、紅茶を一口ふくむ。
でも、この美しい世界と自分は結びついていなかったとしても、一つだけ確実で、僕自身も納得していることはあった。
「僕は、母さんの子として生まれてこれて、幸せでした」
前世の家族の記憶を持ってこの世界に転生していたのなら。
きっとそのように思うことなど出来なかったのかもしれない。
だから、今は、世界と僕の間に
これから長い人生をこの星、この世界で生きていくことで、その蟠りもまた解けていくのだと僕は信じる。
そう思えたのは、母さんの子であり、ルノや父さん、チコに受け入れられたからに他ならないのだ。
「僕は、母さんを守れなかった。だからこそもう、誰も死なせたくない」
残りの紅茶を一気に呷る。
いろいろ考え事をしながら、その途中途中で母さんに話しかけていたことで、紅茶は程良い温度になっていて、喉へするりと心地良い熱を通す。
「だから、だから僕は、」
立ち上がって、不沈城塞を含む領地を見渡す。
空は昨日と同じで、どこまでも青く澄み渡っていた。
風が森の木々をすり抜け、小鳥や鳶が鳴き舞い飛ぶ。
そんな光景を見ていると、母さんも僕の隣に立って微笑んでいる気がする。
「誰よりも、強くなります」
※
ランチセットを持って来ていたバスケットに片付け、斜面を降りていく。
「え、なに……?」
僕は目を見張った。
屋敷を、異変が襲っていたからだ。
誰も使っていない角部屋の窓に、紫色の靄が纏わり付いていた。
直後に、その小さな範囲にだけ稲妻のようなものが奔る。
屋敷が襲われている?
と思うより前に、ルノが何かやらかしているなと僕は直感する。
それだけルノに毒されてきているということかと、僕はげんなりしつつも、一応は襲撃者の可能性も考慮しつつ、足早にこの場を去った。
玄関にバスケットをそのまま置き、僕は足音を立てずに二階へ。
例の部屋の前で耳を扉に当てる。
「……はどこ……?」
扉の向こうから聞こえてきた声は、やはりルノだった。のだけども、彼女が何か言い終えるやいなや、屋敷を振るわせる程の落雷の音。
「何やってんだか、まったく」
とりあえず襲撃者パターンではないようなので、僕は不用意に扉を開けた。
「ルノ、空き部屋で雷鳴らして何してんの。窓の外の靄もなに。せっかく良い天気なのにもったいないっていうか精霊の無駄遣いしすぎだろ……」
僕は言いながら部屋へ入る。
振り向いたルノの眼がくわっと見開かれ、あろうことか奇声を発しながら僕へ飛びかかってきたのだ。
「にえぇぇぇ!!」
その形相はもうホラーか狂人か、としか言いようがなかった。
「ひえぇぇぇ!?」
僕は心底驚き、多分人生で初めて、女の子らしい悲鳴を上げた。
ルノのあまりの豹変ぶりに、悪霊にでも取り憑かれたのかと本気で疑った。
魔法があり、モンスターもいるというこの世界に、悪霊がいたっておかしくないのかもしれない。お伽噺には動く死者だっているのだから。
けれど、
「ノアたんはぁはぁ、はぁはぁ、これ、このお洋服を、着てみてくださいおねがいしますううう」
まごうことなきルノだった。
血走った目で僕を至近距離で見ながら、興奮したルノは部屋の中央に並べられた四体のマネキンのうち、一番小柄な物を指差す。
「可愛いドレスだとはおもうけど、スカートは穿かん」
「そこをなんとか!」
「いやだ」
「うう……」
僕の胸にしがみつき、懇願していたルノは、そのままずるりと床へ崩れ落ちる。
「チコと戦ってまで得た素材で作った愛情込め込めのドレスなのに……」
何やってたんだよお前は。
「ていうか、ずっと家の中にいたの?」
「うん。ずっと、ノアを元気にする方法考えてた」
「そ、それはありがとう、だけどさ。何でドレス?」
「んっと、昨日ルノが吐いたときさ、自分じゃなくなったみたいだってゆってたじゃん」
「うん、言った」
短刀を持った時のことか。
確かにあの時、僕は昏倒し、目覚めてすぐに嘔吐した。
その嘔吐の原因はわからないけど、あの時感じたことは、さっきルノが言った自分じゃなくなったみたい、という決して楽しい感覚ではなかった。
「それで、ノア今朝も元気なかったからさ、だったら〝楽しい事〟で自分じゃ無い感覚を味わえば、少しは元気付けられるかな……って」
つまり〝自分じゃない〟みたいな変装して非日常を楽しめば僕の気が晴れると。
「そういうことか」
「うん」
「なら窓の外の靄とか雷は?」
「自分盛り上げ用のただの演出」
「そうすか。うん、そんなとこだろうとは思ってた」
とりあえずルノの奇行とドレスの意味はわかった。
かと言ってなぁ……。
僕はマネキンの前まで行き、ドレスを近くで見る。
って、何このクオリティ……。
母さんが着ていたどのドレスよりも、圧倒的に凄い。
洋服のことなんて全く分らない僕ですら、このドレスの生地がおかしいくらい質の良いものだと一目で理解できた。
装飾もそうだし、デザインだって今まで見てきたドレスからはかけ離れ過ぎず、それでいて斬新な工夫が随所に盛られている。
「ルノって、凄いよな。これ、売ったら絶対高値がつくよ」
「売るわけないじゃん。ノアに着てもらうためだけに、考えて作ったんだもん」
「でもなぁ……。それになんで四つもあるんだ」
「サイズ別だよ。今着るのと、成長過程の二着、成長しきったあとのを一着の合計四着です」
「念入りすぎる……」
正直僕は迷っている。
僕の気持はさておき、ルノは純粋に僕のことを思って、このドレスを作ったのだ。
そこに手抜きは一切なく、まさに全身全霊をかけて作ったのだろう。狂人化してしまうほどに。
チコと戦って勝ったとかも言っていたし……。
「って、ルノ。チコに勝ったって、何で戦う必要が? そもそもチコはどこ?」
「あ」
と、一瞬ぽかんとしたルノが、慌てふためきだす。
「チコ忘れてたぁぁ。早く行かなくちゃ!」
言うなりルノは、四つのドレス全てを空間に創り出した裂け目にマネキンごと突っ込むと、猛ダッシュで部屋を出て行く。
僕もルノの後を追いかける。
どこへ向かうのかと思ったら、僕らの部屋だったようで、ルノは勢いよく扉を開けた。
「チコ、遅くなってごめええん」
ぱっと部屋を見て瞬時に違和感を感じた。
異物は上、天井だ。
毎日使う自室だからこそ、ほんの少しの変化すらすぐに気がつけるとはいえ、これはまぁ誰でも気がつくか。
「なんでチコ、天井に張り付け……」
「つい成り行きで……。天井の上のチコ待望の続編……ってことでここは一つ、とか言ってる場合じゃない」
氷柱と氷の枷で天井に張り付けられたチコは、普段絶対に見せない苦悶の表情を浮かべていた。
額に汗が浮かび、その汗が顎を伝って落ちる。
顔は紅潮し、閉じた状態で拘束された足首を起点に、太腿を擦り合わせながら熱っぽい吐息を途切れ途切れに吐き出していた。
「る、ルノ……さまぁ、お、お願い、っくぅぁ、ですから……、振っ……動ぅあっ、だめ……あ、優し……ひぅ……、…………くぅぅ」
ルノが
と思った僕を許してください。
チコは多分、たぶん……、エロいことをしているわけじゃあない。のだと思う。だってあのチコだ。真面目で誠実なあのチコなのだ。ルノが伝染る訳が無い。
「ルノ、なにぼやぼやしてんだよ! チコ、こんなに苦しそうで!」
「違うし! どうやって降ろそうか考え――」
「こうやれば簡単だろ! 今は一刻も早く!」
「あ、ノアだめ!」
言うなり僕はチコの枷を、放った熱源で溶かす。
もちろん彼女の肌は冷気の層で守りながら。
何かもう諦めた顔をしたチコが、天井からぐらりと落ちてくる。
魔力糸を伸ばし、チコの身体を仰向けにしてから、僕は彼女をそっと受け止める。
お姫さま抱っこの形である。
身長差がかなりあるけど、竜の子だからなのだろう。筋力は見た目以上にある僕にとって、落下してきた彼女を抱き留めることは造作も無かった。
それにしてもチコは大丈夫なのだろうか。
彼女の潤んだ瞳なんてこの五年間、一度も見たこがない。
なにか悪い病気に……、
「ノア様、見ないで……見ないで、くだ……さ、い……あああ」
「え、何を……、え?」
僕を見つめていたチコの潤んだ瞳は、すっと横へ流れた。
彼女の
それが涙だと僕が気付いた時には、チコは顔を両手で覆ってしまう。
事態を把握した僕はとてつもない罪悪感に駆られた。
そしてすぐ、水っぽい音と共に、絨毯にシミが広がりだした。
~to be continued~
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のあ「なんと言っていいのやら……」
るの「これ、アニメとかならお花畑の画面になって〝しばらくお待ち下さい〟だから」
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【ステータス】
名前:チェコート
種族:
性別:女性
年齢:19歳(子竜歴619年現在(ノア5歳))
職業:冒険者(斥候)⇒使用人
特徴:巨乳、オッドアイ
性癖:可愛い女の子を着せ替えること
羞恥プレイ←New!
希望:またおむつを替えたい
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