第12話 Candy or dream #1⇔ノア



※性的な描写があります。苦手な方はご注意ください


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 かさかさと木の葉が風に踊らされていた。

 葉の触れ合う音から水気が少なくなっている。


 同じように、僕の口の中も緊張でカラカラだ。


 泰然と剣を構える父さんに、僕が見つけられる隙などあろうはずもない。

 しかも今回は魔法ありだ。


 このルールだと、僕の方が潜在能力としては当然有利だ。

 けれど父さんには経験がある。

 僕はその経験の差で父さんにこれまでも完封されていた。


 だからといって、このまま見合っているつもりもない。


 よし、と僕は腹をくくる。

 次は今までやったことのなかった攻め方でいってみよう。


 木剣を逆手に持つ。


 父さんの眉が僅かだけ動く。


 一人で素振りをしていたり、ルノと打ち合い稽古をしていて、どうにも剣を扱う自分の身体の動きに違和感を感じていたのだ。

 色々試し、結果逆手に持つと妙にしっくりきたことがあった。


 けれど、ある程度の長さのある木剣で逆手持ちだと、どうにも扱いづらい。


 それでも先程為す術もなくやられてしまった正攻法ではない、別の活路を見いだせるかもしれないと、僕は逆手持ちに一縷の望みをかける。


 しっ! と勢いよく息を吐き出し僕は父さんへ突進する。

 父さんの間合いの直前で身体を捻り、もし剣を振るわれていてもその軌道上に自分の身体を置かないよう空中で回転。その勢いのまま逆手の木剣を叩き付ける。


「ほう」


 が、簡単に鞘入りの剣で受け止められた。

 しかも木剣が長いものだから、握力がその衝撃に耐えられず、僕は呆気なく得物を落としてしまう……演技をする。順手で持つよりも逆手の方が力を入れられるので、手が痺れたフリをしたのだ。


「勝負あったか」


 剣を僕の眼前へ向けて言う父さんに「まだです」と僕は返すと同時に右へ。

 当然父さんは僕を目で追い、切っ先もそちらへ。


 いまだ。


 さっき実演された父さんのフェイントを応用する。

 右へ意識を向けながら、反対側へ伸ばしていた魔力糸をある物に巻き付ける。


 狙ったのは父さんの右腰に下げられている短刀。

 元冒険者だった時の習性が抜けず、未だに持ち歩いていると笑っていたそれを僕は魔力糸で奪い取る。


 流石の父さんも見えない魔力糸の気配まで察することができなかったようで、作戦は成功だ。


 ベルト付きの、使い込まれた革の鞘に収まった短刀を、僕は抜くこと無くそのまま逆手で構える。


 なんだこれ、妙に身体に馴染む。

 しっくり、きすぎる……?


 まるで身体の一部のように感じた短刀を手に、僕は再度父さんへと間合いを詰める。


 合わせて父さんが剣を振るう。

 剣が眼前へ迫る。

 直進の勢いを殺さず、僕は短刀で父さんの剣を受け止め、いなす。

 いなした勢いのまま足を踏み切り、回転跳躍。

 驚く父さんの横顔を通り過ぎ、僕の目は父さんの首筋を捉える。


 もらった!


 このまま追い越し様短刀を首筋に当て、振り切れば僕の勝ちだ。


 僕は迷わず行動に移す。


 その時、僕を奇妙な感覚が包み込む。

 刃は鞘に収まっているのに、なんともリアルに肉を斬る感触が手に伝わったのだ。


 そして突然の耳鳴りが僕を襲った。


 たぶん僕は着地もできず、そのまま斜面を転がり落ちていたはずだけど、何も感じないし、何も見えなかった。


 いや、見えた。

 視界が開ける。


 僕が見たのは、だった。

 匂いもものだった。


 そしてこの匂いは〝その子〟の日常だった。


 迷彩柄の服を着て、銃を〝その子〟に突き付ける彼等は、兵士たち。

 周囲の建物は崩れ、中身の鉄筋や鉄骨を晒し、ひび割れたコンクリート片をぱらぱらとこぼしていた。


 ついさっきまで戦場だったこの古びた街角には、例の匂いの元、硝煙が立ち込めていた。


「蹂躙したっ、戦場でのぉ、青姦ファックはぁ、最高だぜえっっ!」


 〝その子〟に覆い被さったリーダー格である大柄な男が前後に動く度、太陽の強い陽射しが遮られては差すを繰り返す。

 強い光の明滅に〝その子〟は目が眩みそうだった。


「ボス、暑くて死にそうだ。早く替わって下さいよ」

「次は俺だ」

「うっせえぞ。ケツ穴にアイスキャンディーでもぶち込んどけ!」


 下品な声がピックアップトラックの荷台に響く。

 そしてその子は現状を整理する。

 ここに敵は三人。


 他の六人は周辺の警戒へ向かった。


 その子は一計を案じる。


「ねぇ、待ってる二人のお兄さん。一緒に?」


 その子は流し目で、出来うる限り媚びた声で言うと、二人の男はリーダー格の男にお伺いをたてるような視線を送った。


「へっ、可愛い面してとんだ好き者じゃねぇか。ああいいぜ。は俺が使用中だ。上の口か手で天国へ送ってもらえや」


 リーダー格の男が言うなり、カチャカチャとバックルや銃、ナイフが当たる音がした。


 その子は、顔の横で腰を下ろしてきた男のアレとは別の物を握る。


「ひぇぴっ?」

「あかっ」


 顔の近くの男は睾丸から下っ腹まで切り裂かれ、その子の口に顔を近づけようとしていた男は喉が裂けていた。


「てめ……えっ?」


 その子の両脚を抱えて動いていた男の額には、二人を切ったナイフが刺さる。


 さて。残るは雑魚六人。


 血にまみれたその子は事切れたリーダー格の額からナイフを引き抜く。

 まだ死んでいなかった二人の男に止めをさしてから、アサルトライフルを拾い肩にかける。


 その子は裸のまま、ナイフとライフルを手にトラックを降りると、丁度目の前に現れた雑魚の一人を射殺する。


 なんとも味気ない乾いた音は、いとも容易く命を奪った。


 銃声を聞きつけて残りもすぐ来るだろう。


 悠長に構えていると、はたしてその通りとなる。


 一人殺し、また殺し、殺し。

 銃弾が飛び交い、血飛沫と肉片が撒き散らかされる。


 そしてまた一人。

 その男は血まみれのその子を見て震えていた。


「ここは戦場で、僕は敵で。お前は何をそんなに恐れている」


 男の怯える顔。

 絶望の顔。

 すがる涙。

 垂れ流される唾液に糞尿。


 男の反応を眺めながら、この場にぶちまけられた腸を繋げたらいったいどれくらいの長さになるのだろう、とその子は考えていた。

 そんな罰当たりな思考すら許されてしまう地獄であることなど気が付いていないかのように。


 くだらない事を考えていると、

 狂ったような笑い声が聞こえた。

 狂ったほうが楽なのに狂えない苛立たしさが透けて見えるような笑いだった。

 狂ったふりをすることで誤魔化している。そんな悲痛さを笑い声に感じた。


 いや、感じたのではない。

 知っていたのだ。この声の主の心情を。


 だって、笑っている〝その子〟は僕だから。

 恐れられているのは、僕自身なのだから。


 許しを請う人間に左手のアサルトライフルで5.56mm弾を見舞う。



 つまらない。



 前方。

 崩れた建物の影から最後の一人が銃口を覗かせた。

 半狂乱で発砲しようとするが、弾切れだったようだ。

 最後の一人は、悲痛な面持ちでナイフを手にした。


 僕も銃を捨てる。


 まるで身体の一部のように感じたナイフを手に、僕は最後の男へと間合いを詰める。


 合わせて男がナイフを振るう。

 切っ先が眼前へ迫る。

 直進の勢いを殺さず、僕は刀身で男の刃を受け止め、いなす。

 いなした勢いのまま足を踏み切り、回転跳躍。

 驚愕に染まる男の横顔を通り過ぎ、僕の目は男の首筋を捉える。


 刃が肉を通過するリアルな感触。


 これで全員殺した。

 そうしなければ僕が死んでいた。

 僕は僕の為に人を殺す。


 殺して殺した結果、辺りで動いているのは僕だけとなった。


 血を浴びた僕は笑う。

 血に染まった自分の手を見て笑う。

 その手は、まだ小さく幼さの残る手だった。


 手を太陽に透かしてみる。

 なんて見えやしない。


 他人の血でべったりと染まったこの手は自分の人生そのもののように感じられた。


 目障りで汚らしい手をどける。


 太陽は当然とばかりに空に浮かび、その恵みを世界へ与えているのだろう。

 この青い空だって太陽のおかげでこれほどまでに澄んでいて綺麗で手の届かないものへと昇華できているのだ。


 なんて残酷な事実。


「見下ろすなよ」


 捨てたライフルを拾い、ナイフを持ち、僕は上を見ながら歩く。


「見下ろしてんじゃねえよ!」


 何秒、何分、わからないけど、残弾全てを空へばらまく。

 真っ青な空はそれでも血を流すことなんてない。


 憎たらしいくらいに輝く太陽を僕は睨み付ける。

 目が焼けて、当然のように眩しすぎて、何も見えない。


 転がっているおそらく手首を適当に蹴りながら歩く。

 視力が戻らないまま歩いていたら、何かにぶつかった。


 音と感触からして車だろう。

 僕は額をソレにあてながら、立ち尽くした。


 少し目を開けてみる。

 視力が戻っていた。


 僕がもたれていたのは、日本製のピックアプトラックだった。

 さっきまで僕が乗せられていたトラックだ。


 僕は車の窓ガラスにそのまま頬を押しあてた。

 生温く、心地好さの欠片もない、砂埃にまみれた窓は、僕には相応だと思った。


 ひびの入ったサイドミラーには僕が映っていた。

 自分の裸体を見て僕はまた笑う。

 その身体は、まだ、少年で――


 ――ァ……、

 ノア……、


「ノア!」


 父さんとルノの呼ぶ声が聞こえた。

 僕の背中をさすりながら心配そうな顔で覗き込んでいるチコが見えた。


 僕は起き上がろうとした。

 その時胃が握り潰されたみたいになって、仰向けのまま中身を盛大にぶちまけてしまう。


 途中喉の奥で異物が留まってしまったのか、上手く吐けないし息ができない。


 すぐにチコが僕を抱きしめながら上体を起こし、胃液と消化しかけの朝食に塗れた僕の口に、躊躇せず手を突っ込む。

 指先で舌の付け根をごしごしと圧された。

 胃がせり上がり、引っかかっていた物を吐き出すことができた。


 引き抜かれたチコの手に伝っていた粘りけのある唾液の糸が切れた。

 ツンと饐えた匂いに顔をしかめるのと同時に、チコへの申し訳なさで一杯になる。


 僕は四つん這いになる。

 涙と鼻水、涎に胃液に塗れた顔を見られたくないと、最初に思った。

 こんな風に思えるなら僕は平気だと、客観視する自分に呆れもしたのだけど、同時に、なぜこんなことになったのか全く思い出せなかった。


 父さんに攻撃を入れることができる。そう思った直後、意識が飛んで、何か夢を見ていたきがする。けれど、内容を全く思い出せない。そのしこりすら、残っていなかった。


 僕は四つん這いのまま汚れた顔を草と袖で拭う。

「大丈夫」

 そう言って顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは、父さんの短刀だった。


 短刀を持った時の動きを僕は鮮明に思い出せた。

 自分でもキレのある良い攻撃だったと思える。


 でも、もう持ちたいとは思えない。

 なぜだか分らないけど、心が、この短い刃を拒否する。


 そうか、残っていないと思っていたけど〝しこり〟はあったようだ。

 なぜ短刀に拒否反応を示すのかは全く分らないままだけども。

 

「父さんごめんなさい。自分で奪っておいて何なのだけど、短刀には触れたくないです」


 言外に、この短刀をしまってくれと頼むと、父さんも黙って頷き、短刀を腰に付け治してくれた。


「不意に攻撃が止んで、気絶したかと思った直後に嘔吐だ。驚いたぞ。本当に大丈夫なのか?」


「はい、吐いたらスッキリしました」


「よかった、よかったよう……うう……」

 涙目でルノが抱きついてくる。


「ちょ、汚いから離れてよ」

「やだ……、ぎゅうってする……」


 すすり泣くルノの後頭部を撫でていると、チコが、


「ご主人様に攻撃が当たりそうになった瞬間、ノア様の動きが止まりました。何かあったのですか」

 と訊ねてくる。


「何か……。分らない。ただ……」


 言い淀んだ僕は父さんの腰にある短刀を見つめる。


「僕は短刀で戦ったことがないはずなんだ。でも、短刀を持った時、僕はどう動けば良いのかはっきりとわかった。まるで、自分じゃなくなったみたいで……」


「自分じゃなくなった……?」

 耳元でルノが言う。


 僕は「うん」と答え、


「とりあえず、しばらく短刀は持ちたくないや」


 吐いたことで身体が疲れたからか。

 それとも別の理由からかは分らないけど、疲れた僕はその場で仰向けに寝転がった。


 突き抜けるような澄んだ青い空が広がっていた。


 それを見た僕はなぜだか分からないけれど、残酷だなと、そう思った。






 ~to be continued~


********************


るの「前世の記憶……?」


のあ「そのようですね」


るの「重すぎない……」


のあ「いろいろと、その……苦手な方いたらごめんなさい。ですが、お話はハッピーエンドへ向かわせるので! と、作者が申しております」


るの「ならいっか!

   さて、次話も嘔吐系女子でいこう。流行ると思います」


のあ「アホか……、アホなのか……、知ってた」


るの「私は下ネタ、ノアはげりょ。

   この作品にはまともなヒロインがいない。


   そういえば思い出したんだけどね。下ネタといえば、アイスキャンディーのとこ、最初はチューペットにしてたらしいよ。でも雰囲気台無しで止めたらしいです」


のあ「……まともなヒロインが出て来たらルノ出番なくなるね。僕はヒロイン枠じゃなくて主人公枠だから安泰だろうけども」


るの「今後ともこの芳香性……またこの変換め!

   今後ともこの方向性(まともじゃないヒロイン)のままでよろしくお願いします」


のあ「自分がまともじゃないって認めるのか」


るの「はっ」

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