第11話 竜の子



るの「たつの子じゃないよ、りゅうの子だよ」


のあ「いきなりなに」


るの「や、こっちのはなし」


のあ「新手の嫌がらせですか」


るの「失敬な」


********************



 庭の落葉樹はもうすっかり色づいていた。


 手のひらの形をした葉を見て、〝楓〟という単語がするりと出て来た。

 緑に黄色や橙、それに、真っ赤な葉が庭を彩る。


 正面玄関を出ると、正門までは石畳の一本道だ。

 その両脇には、季節の花が地植えされている。


 石畳を中央に、屋敷に向かって右側、方角で言うと東が一面手入れの行き届いた芝生である。

 ここには村の人たちと一緒に父さんが作ったという、大きな木のテーブルと椅子がある。たまに村人が集まって宴会をしたり、普段はランチやお茶などで使う憩いの場だ。


 向かって左、西側は剣術の修行で使っている。

 ここも芝生だったのだけど、流石に踏み荒らしてしまうので地肌が覗く。


 そういった広場のスペースの脇には、植えたのか自生していたのかは知らないけど、何種類かの木がある。

 落ち葉が舞い落ちる様子を、僕は芝生の上に寝転んで眺めていた。



 僕らが今住んでいるカーライル家の屋敷は、もともと別荘として祖父が建てたものだという。


 外壁は綺麗な石造りで、所々、木材をわざと見せるように設計されているのか、村で見る他の家々とは一線を画したデザインである。

 そしてやはり、領主の別荘だということで、大きい。


 この大きな家は、村の高台に建っている。


 一階のリビング、ダイニングは南向きで、庭を通して村を一望できる。


 僕はふと景色が観たくなり、立ち上がる。

 森や山々、畑には実りが訪れ、夏までの青々とした景色はもうなかった。


 薄い鱗雲が銀色にきらきらと輝いていた。

 たゆたう雲を見ていたら、無性に母さんに会いたくなる。

 その時丁度、舞い落ちてきた一枚の葉を手に取る。

 真っ赤な色をした楓の葉だ。


「よし」


 僕は、庭を横切り、屋敷の裏へ回る。


 屋敷の裏、北側は、さらに斜面となっていて、その先の小高い丘の上に母さんの墓がある。

 見つけた秋の色を母さんに見せに行こう。


 斜面の左手の森を見る。

 母さんの葬儀の日に眺めていた、小鳥の親子はまだいるのだろうか。


 斜面を登り切ると、目の前には石碑がある。

 少し角度が付けられて置かれた大きな石板だ。

 磨かれた表面には、母さんの名前や生まれた日、亡くなった日が掘られている。


 一片の曇りもない墓石を、僕はポケットから取り出したハンカチで拭いていく。


 一通り拭くと、僕は腰に差した木剣を抜き、そばに置いてから母さんの前に正座する。

 落ち葉を墓前に供える。


「もう赤色です。どうですか、綺麗でしょう」


 言いながら僕は空を見上げる。

 あの時の金色の光が消えた空の色と似ている気がした。


 結局、あの光……、おそらく母さんの魂が、なぜあの時まで身体に宿っていたのだろう。


 それに対する父さんの推測はこのようなものだった。

 何らかの理由で魂が遺体に留まっていて、それを僕の反転魔法が解放したのではないだろうか、と。


 反転させた魂の状態を〝解放〟というのなら、遺体に留まり続けていた魂は〝束縛〟されていたのだろうか。


 この世界の常識として、肉体を失った魂は世界樹ユグドラシルへ還るのだという。そしてまた別の肉体に宿る。この法則こそが、世界の不文律であり、循環による星そのものの生命の代謝なのだろうと僕なりに納得はしたつもりだ。


 ならば。

 あの状態の母さんは一体なんだったのだ。

 世界の理から外れた存在になっていたとでもいうのだろうか。

 もし僕が反転魔法を使わなければ、どうなっていたのだろう。


 疑問は尽きないが、僕の魔法と同じで答えも出ない。


 少なくとも、この地では。


「この地といえば、母さん。僕とルノはおそらく三、四年後にはここを旅立ちます。母さんの母校に通うんです」


 そこまで言って、足が痺れてきたので崩す。

 所謂女の子座りだけど、まぁいいや。

 胡座よりもこっちのほうが痺れが抜けやすいんだ、と内心で言訳をするくらい、僕は自分が男であることに執着しているらしい。


「母さん、竜の子って何なのですか。僕が竜の子だったせいで母さんは殺されたのですか。母さんの魂はなぜ縛られていたのですか。僕の精霊魔法はなぜ人とは違うのですか。なぜ、中途半端に前世の記憶なんてものが僕にあるのですか……」


 僕は前のめりになって母さんに語り続けた。

 今まで溜め込んでいたものを吐き出すかのように。


「世界はわからないことだらけです。このわからないというのは、普通の感覚じゃないんです。なんと言うか、喉に引っかかった物を飲み込めもせず、吐き出せもせず……といった感じで、気持ちが悪い。もしかしたら、前世の僕はそのことを知っていて、でも今の僕はそれを思い出せない。そんなこともよく考えてしまいます。とても不毛なことだとは思いますが……」


 最初は、母さんの仇を殺すために、魔導学院への進学を考えていた。

 けれど、五年の歳月の中で、他にも目的ができた。

 今母さんに語ったような疑問を、少しでも解き明かすことだ。

 もちろん仇の情報は集めるし、見つければ必ず殺す。そこは変わらないのだけど。


「とりあえず今は、ルノと一緒に頑張ってます。僕らが本当に物語にいた《竜の子》なら、もしかしたら《死者の王》や《死者の姫》、《死者の軍団》だって実在するのかもしれない」


 とは言っても、これは流石に物語りの域から抜け出せない〝お噺〟だろうけど。


 世間における竜の子とは、一般的な精霊魔法や魔術ではない、独自の魔法を操る知的生物という認識だ。

 体質や各種能力なんかも、一般人よりも優れているらしかったことは、大人用の〝死季物語り〟から知った。


 ちなみに僕が母さんに読んでもらった死季物語りは、子供向けの絵本で、内容も簡略化されていた。

 ルノが本当の死季物語りを持っていたので、読ませてもらったことがあったのだ。


 この世界の認識として死人が動き回るなんてあり得ない。

 モンスターと呼ばれる類いの異様のものはいれど、それらはやはり生物、すなわち生きているのだ。


 死体を操る術はあるらしいのだけど、これもまた別の話である。あくまでも生きている者の意思によって、人形を操るようなものなのだという。


 そう、意思をもって動く死者など存在しないというのが今現在、この世界での通説なのだ。


 けれど、竜の子と言われた、超常的な人間が実在したであろうことは、僕やルノが存在することで、僕自身納得はできている。とはいえ、名前が同じなだけで、ずばりその人の生まれ変わりだとどうして断言できるのか僕にはわからなかったのだけど、父さんは言い切ったのだ。


 なぜ僕らが竜の子ノアール・ロードナイトとルノルーシュ・エリュシオンの生まれ変わりだと信じたのか。


 葬儀の時、やらかした僕らに対して、村の皆が取ったのは臣下の礼だった。

 竜の子で最後まで戦ったノアールの家名はロードナイトという。

 このロードナイト一族こそ、僕らの国イルディアの現王家だ。


 現在に至るロードナイト家の地位を不動のものとしたのは、言うまでも無くノアール・ロードナイトが最後の死者、《死者の姫》を相打ちとはいえ討ち取ったからに他ならない。


 様々な歴史家の解釈は、この死者の姫や、そもそも死者の王やその軍団、死竜や聖竜すらも、創作されたお伽噺と断じ、あくまでもそれらに相当したモンスター達が人類の驚異として存在したと訴える意見が多数を締めていたのだが。


 それでも驚異を退けたと言う記憶は人々に残り続けた。

 歴史では、何度か他家に王座を奪われるも、その都度民衆が見方に付き王に返り咲いたという。民から絶大な人気のある家柄なのだそうだ。


 ノアールと名付けられた僕が、反転魔法なんていう超常の技を使えば、誰しもがノアール・ロードナイトの生まれ変わりだと信じたことだろう。


 けれど父さんは違う。

 その場の思いつきで、皆に向かって僕らを竜の子だと〝確信している〟なんて言うわけがない。

 父さんだけは、葬儀の前から確信するに足る理由があったはずなのだ。


 僕は、それを知りたい。


 そして個人的に重要なのは、母さんが殺されることになった事件の黒幕候補として怪しい王都の大臣についてだ。

 以前父さんに聞いた話だと、大臣は〝竜の子の転生が予言された日〟に生まれた子供たちを金で買い集めているということだった。


 その大臣は、王都イルディースの〝国防〟大臣である。


 物語の域を出ない眉唾物の死者の軍団なんかのために、そんな手間暇と金をかけて子供を集めるのだろうか。


 おそらくだろうけど、超常の力を持つ竜の子を、外交や戦争でのカードに使いたいだけなのでは、と僕は考えていた。

 もちろん掻き集めた子供たちにも、赤子の頃から英才教育を施せば、立派な兵士を作ることが国策としてできるのだ。そこに竜の子が紛れていれば儲けものだろう。


「とりあえずそういった諸々を知りたい、暴きたいと考えています」


 僕は立ち上がり、墓石の横に立つ。

 丘の上から向こう側を見る。

 一番高い場所からの景色は、世界の広さとこの地の豊かな自然を僕に知らしめてくる。


 遠くに母さんや父さんの生家である〝不沈城塞〟が望める。


 父さんが母さんをここへ埋葬した理由が、それだった。

「あいつはこの地を愛していた」

 だから、カーライル領を見渡せるこの場所に埋めたのだ、と。


「さて、今日は休息日なんです。ここで少し剣でも振らせてもらいますね」


 反転魔法で男になる時間を増やすための特訓メニューは、ルノに手伝ってもらい一緒に作った。

 最初の数日は二人でメニューをこなしていたのだけど、途中からルノがもう無理と言って以降、僕一人でやっている。

 ルノが音を上げるほど頻繁に魔力切れを引き起こした結果、魔力総量は、この一年を経て相当なものとなった。

 代償として、週に一度は休みを作らなければ、魔力が全快しなくなるほどに。


 なので、休息日には魔力を極力使わない。


 僕は木剣を手に取り、父さんに習った型の練習に入る。

 ちなみにルノは、屋敷に引き籠もって何やら工作に勤しんでいた。


 しばらくの間木剣を振っていると、父さんがやってきた。


「ここにいると思ったよ」


「落ち着けて、好きなんです」


 僕が言うと、父さんは笑顔で「良い場所だろう」と答えた。


 会話はそれきりで、父さんは僕の練習をじっと見続ける。

 悪いところがあれば、いつもすぐに指摘をしてくれるのだけど、今日は一切なかった。

 僕は少し得意になって、木剣を振り回す。


「ひとつ、手合わせでもしてみるか?」

「是非」


 僕は二つ返事でそう応える。


 僕が木剣を構えると、父さんは腰に下げていた剣を、革紐で鞘から抜けないように固定して構えた。


「ではいつものハンデだ。私は片手のみで戦おう」


「今日こそは両手を使わせてみせます」

 さも当然かのように言う父さんに、僕は睨みながら告げる。


 僕が坂の上で父さんが下だ。

 立ち位置的に僕が有利。


 開始の合図もないまま、僕は一気に間合いを詰める。

 と同時に、木剣を突き出す。

 半身で躱すことも無く、父さんは微動だにしない。

 切っ先が触れるか触れないかというところで、僕の身体は伸びきってしまう。


 相変わらずの、訳の分らない間合いの読みっぷりに僕は舌を巻く。

 最初の突きはフェイントだったのだけど、躱しもしてくれなければフェイントの意味がなかったので、そのまま蹴り足をもう一歩分踏み込ませる。


「あああっ!」


 突いて、突いて、突く。

 今度は間合いの内だ。


 けれど、三度の突きも全て紙一重で避けられてしまう。


 渾身の四度目の突きを放つ。

 これも父さんの左頬をかすめることなく、ほんの数ミリ横を突き抜ける。

 その時僕の身体はまたも伸びきってしまう。


 でも、これは僕が張ったもう一つの罠だ。

 僕は伸びきったこの姿勢からでもすぐに動く準備をしていた。


 あからさまな隙をこの至近距離で見せれば何かしらのリアクションがあるだろうと見越しての。


 事実、父さんが初めて攻め手に転じる。

 剣を持つ右手が微かに動くのを僕は見逃さなかった。


 父さんは剣を下へ下げたままだったので、ここからの攻撃は切り上げくらいだろう。

 僕は父さんの攻撃を予想し、避け方も瞬時にシミュレートする。


「え」


 意識していた父さんの右手側、すなわち僕の左側とは真逆に違和感。

 ばっと僕は自分の右手を見ると、僕の腕に父さんの手がからまっていた。


 関節っ!?


「フェイントはこうやると効果的だ」


 流石に子供の僕に肘関節を極めながらの投げはしてはこなかったのだけど、僕はそのまま転ばされた。


 僕は大の字で仰向けになった。

 熱を持った背中に、芝生の冷たさが心地良い。

 空は変わらず青く、まばらに雲が浮いていた。


「父さん強すぎます」

「当然だろう。〝父さん〟なのだからな」


 ぷっ。と思わず吹きだしてしまう。

「なんですかそれ」


 僕が笑うと、父さんも静かに笑いながら、僕の隣に座った。


「ノア、前から色々と悩んでいるように感じていたのだが、私に答えられることなら言ってみなさい」


 父さんに答えられること、か。


 以前訊ねた母さんの死については、今は言えないと言われた。

 これは却下だろう。


 ならば、


「僕とノアのことを、村の皆に竜の子だと確信していると断言しましたよね」

「ああ。葬儀の時だな」

「はい。僕らが竜の子だと確信に至った、経緯や理由。それが知りたいです」


 ふむ。と父さんが息をつく。


「その前に、ノアは自分が竜の子だと言われて納得はしているのか?」

「はい、一応は。赤ん坊のころから念話したり魔力を使ったりできる者などいないと理解しています。人の規格に収まらないという意味で、《竜の子》と言われた方が納得はできますね」

「確かにな」


 もっともだと言うふうに、父さんは空を眺めながら笑う。


「では私がお前達二人が竜の子だと確信するに至った経緯を言おうか。丁度ルノもこちらを気にしているようだし、二人にも来てもらおう」


 父さんの目線を辿ると、屋敷の窓に張り付いているルノが見えた。

 隣にチコが控えている。


 父さんが二人に手招きをすると、ルノが窓を開け二階から飛び降りた。

 慌てたチコが窓から手を伸ばすが時既に遅し。


「しまった」

 と父さんが呟く。

 大声を出してでも玄関まで回って来いと言うべきだったとか考えているのだろう。


 二階と言っても、普通の家の二階とは高さが違う。

 屋敷の部屋は天井が高いので、二階といえどそこそこの高さがあるのだ。


 けれどルノは、魔法も使わず、落下しながら猫のようにくるりと身体を回転させ、軽々と着地した。まぁ猫のようにというか人猫族ネミーユなんだけど。


 チコも慌てて後を追いかける。

 五歳児が高所から飛び降りるのを目の当たりにした直後だからインパクトは薄くなってしまったけど、普通の大人だってあの高さから飛べたりはしないとおもう。少なくとも僕の知る(前世の)常識に照らし合わせる限りででは。


 チコもチコでやはり普通ではない。

 さすがは元冒険者と言ったところなのだろうか。


「ルノ。これからは飛び降り禁止だ」

「旦那様申し訳ございません。私の不手際でございます」


 父さんは手でチコを制すると、ルノが、


「呼ばれたのがつい嬉しくって……、ごめんなさい。チコ、お父様」


 と自分のせいで父さんに頭を下げることになったチコの方へ先に謝った。

 チコが微笑し、ルノの頭を撫でる。

 舌先を出して肩をすくめたルノは、父さんに向き直る。


「んでんで、今から何するのっ?」

「私がお前達二人を竜の子だと確信するに至った経緯を説明しようと思ってな。チコにも聞いてもらいたい」

「かしこまりました」


 とチコは頭を下げる。


「ではルノ、チコ。二人とも座りなさい」


「はいっ」

 元気よく答えたルノは、僕の隣に座り、チコは失礼しますと一言添え、父さんの隣に座る。


「チコには少し話したことはあるが、さて、お前達は〝予言者〟というのを聞いたことはあるか?」


 唐突に怪しげなワードが飛び出してきた。

 胡散臭いことこの上ないが、そういえば一つだけ確かなことが僕自身の身にあったのを思い出した。


「僕らの誕生日を予言していた者のことですか?」

「そうだな。六百年前からお前達の誕生は予言されていたのだが、私が言う予言者とはまた異なる」

「いろんな予言者がいるってこと?」


 ルノの発言に父さんは肯定も否定もせず、風に吹かれて揺れる雑草を見ながら話し出す。


「今から私が語る者は、世間で言う所の予言者や占い師とは全く異なる存在だ。

 《世界樹ユグドラシル》の《神子みこ》という、この星の声を我々に伝えることのできる者のことだ。その者がとある〝予言〟を私に直接伝えたのだ」


 父さんは一呼吸置く。

 少し待ってくれと言い、腰にあった剣を外す。


『ユグドラシルに神子に竜の子。ほんとこの世界ってファンタジーだよな』

『うんうん。しかも私たちがその当事者とかって、何だか物語の主人公になった気分』

『言えてる』


 僕はルノと念話しながら、父さんが語る続きを待つ。


「神子は、私に娘が生まれると言った。

 その日にちや時間までをも予言し、その子にルノルーシュと名付けることを約束させた。

 その子は竜の子となり、やがて復活するであろう《死者の軍団》と戦う為の大切な力になると」


「なるほど。死者の軍団の復活は確実ではないのですか?」

「神子は『だろう』としか言わなかったので、もしかしたら杞憂に終るかもしれん。しかし、復活すれば、それは生きとし生けるもの全てにとっての地獄の始まりとなる。神子はそう言っていたよ」


 地獄か。

 するとルノは、死者の軍団のことなど興味が無いとでも言うかのように、父さんにむかって首を傾げた。


「私の事はわかったけれど、じゃあ、ノアは?」


「ルノの預言は、お前が生まれる四年も前に聞いていたのに対し、ノアに関する預言は、ノアがカーライルへ来る直前に知らされたのだ」

「え、遅くない……」


 眉をひそめるルノに、父さんも「ああ」と頷く。


「星の声は好きな時に聞けるものではないのだそうだ。我が妹の娘がノアールと名付けられた竜の子である、そう知らされたのと同時に、ノアの家族に不幸が迫っていることもそれに書かれていたのだ」


「書かれていたって」


 僕が言うと、父さんは悔しそうに、


「ああ。ルノの時と違い、知らされたのは口頭ではなく手紙だ。それ故に時間がかかったのだ。私はすぐにお前達を助けるべく馬を走らせたよ」


 神妙な顔をした父さんが、話が逸れたなと顎を掻く。


「そのユグドラシルの神子の言葉は、信用ができるのですか?」

 僕は訊ねる。


「ああ、できる。

 彼女達神子は星の声を伝えるためだけに、その人生を捧げているのだ。

 世界樹、またはユグドラシルと呼ばれる大木を超えた天にも届く木の中、たった一人で生き続ける〝お役目〟を背負った彼女達は、何代も重ねて我々に星の恩恵を与えてくれる存在だ。

 そこまでする価値が星の声にはあり、星の声に間違いは無いだろう。

 少なくとも私はそう信じている」


 父さんにしては珍しく、少し熱っぽく感情的な物言いだった。


「わかりました。ユグドラシルの神子の予言が、僕らが竜の子だと確信できた理由なのですね」


「ああ。生後には確信を通り過ぎて驚愕しかなかったがな。お前達二人とも赤子の頃から様々な能力を見せつけてくれたのだから」


「えへへ」

 ルノと目が合い、何となく笑ってしまう。


「あ、でもでもお父様。そんなチート人間なんて、もし死者の軍団がいなかったらただの厄介者じゃない?」

「チートとは何だ?」


 小首を傾げる父さんを他所に、ルノが念話で『あちゃあ、この世界でチートって何て言うんだ……』とぼやいてきた。


「チート人間。おそらくルノが言いたいのは、一般人からすれば〝脅威〟となりうる能力を持った人間、という意味だと思います」


「そうか。たまにルノは不思議な言葉を使う。まぁそれはいいとして……」


 言葉とは裏腹に、あまり〝いいとして〟とは思っていない顔だったのだけど、僕は「それで」と先を促す。


「厄介者かどうかはその者の人格次第だろう。しかしそれとは別に、竜の子の能力を欲する権力者は後を絶たないだろう」

「例えば王都の大臣」


 間髪入れず僕が言うと、父さんも厳しい顔で首肯する。


「お前達と同日生まれから前後二日の子らを王都に集め、今は専用の養成機関まで出来ている。

 初年度、一万五千人ほどいた新生児も、過酷な訓練や人体実験のせいで今は三分の一にまで数を減らしているらしい」


「人体実験……? なに……それ……」

 真っ青な顔でルノが呟き、チコも無表情なままだけれど膝の上の拳を握り締めた。


「父さんがきてくれなければ、僕もそこにいたのかもしれませんね」


「ノアなら仮に養成所へ行っても生き残れただろう。さて」


 言いながら父さんは立ち上がり、剣を取る。


「続きでもするか?」


「はい」

 僕も木剣を取り立ち上がる。


「あ、じゃあ私たちも見学しよしよっ。ね、チコ」

「はい」

 ルノとチコは墓石の裏側へ回り、腰を下ろす。


「次は魔法も使ってきなさい」

「わかりました」


 何でもありの模擬戦はこれまで何度かやってきた。

 まだ父さんに勝てたことはないのだけど。

 でも、たのしみだ。






 ~to be continued~


********************


るの「お父様が相手じゃやっぱ……」


のあ「どうした?」


るの「いやね。父はカップリングの対象にはなり得ないのだと痛感しまして」


のあ「あはい」


るの「まあノアは女の子で戦ってたわけだしいっか。楽しみはとっとくべし」

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