第四十九話 不老と不死と
「これで終わった……で、いいのよね?」
エゼルバルドを迎えようとしているスイールの横へヒルダが歩み寄り、力の無い声で恐る恐る呟いた。
ヒルダ自身、グリフィンに対して何か出来ていたとは思えないが、呆気ない幕切れにいささか混乱気味に感じてしまっていた。ヴルフやエゼルバルドが苦戦したとはいえ、グリフィンを倒し、それを作り出した元凶もエゼルバルドが切り捨てた。
これ以上、何が起こる筈もないだろうと思うのだが、一抹の不安を感じてしまっている自分自身にそうやって言い聞かせた。
「ええ、終わりました。見てください、あの朱い魔石を。エゼルに切られて無残な姿を晒していますよ」
かすかに聞こえたヒルダの呟きにスイールが答えを口にする。
会話をかわした二人の視線の先にエゼルバルドが袈裟切りにして、真っ二つにし、小さく砕けた朱い魔石が無残な姿を晒している。
「でもさ、何であのでっかい宝石に攻撃を仕掛けたらグリフィンが間に入ったワケ?ちょっと説明を求めるんだけど……」
何処からともなくぬっと現れたアイリーンがスイールの腕をガシッと掴み、放漫な胸を押し付けながら目を細めて嫌味な顔を向ける。それを聞き、”そう言えば説明している暇がなかった”と頭を掻きながら”それでは”と口を開いた。
「簡単です。朱い魔石は自らを攻撃されると考えていなかったのですよ。それにあの通り、粉砕出来れば簡単に死んでしまうのです。アイリーンの矢でも同じことが起こったでしょう」
アイリーンがあの時の攻撃に使用したのは金竜ゴールドブラムの羽根を使ったドラゴナイトの矢だ。当然、ゴールドブラムの魔力が内包されている。
それで射抜けば、真っ二つとはいかないまでも、朱い魔石に大ダメージを与えらただろう。その為に、グリフィンを射線上に戻し自らの守備につかせたのだ。
「ふ~ん、そうなんだ。長い間、生きて来たけど、不死では無いんだね?」
「ええ、不老ではありますが、不死では無いのですよ。私と同じようにね」
不老不死、それは人の夢である。
だが、前者と後者では全く意味が異なる。
不老は歳を取らず、そのままの状態を保てる。
不死は何をやっても死なぬ状況でいられる事だ。
だが、不老は現実にできても、不死は叶えることは不可能である。
そして、スイールもまた、七千年と言う長い年月を同じ姿を保ったまま生きている不老である。さらに、朱い魔石も道具であるが、一応の不老と呼んでも差し支え無いとも言えよう。
動かなくなった道具、それを死と呼んで良いかは疑問だが、自我を持っていたのだから一応は死と表現しても構わないとスイールは考えていた。
「何にしても、終わったんじゃ。そうそう、エゼルよ。ちゃんと自分の武器は回収しておくんじゃぞ」
「何それ?わかり切った事を言われてもね……。それより、
「言われてみればそうじゃな。柄を直せば使えそうじゃしな」
ヴルフとエゼルバルドはそれぞれの武器を回収に向かおうとするのだが……。
『フハハハハ……。これは可笑しい、笑いが止まらぬわ!』
安堵の表情を浮かべ全てが終わったと、誰もが気を抜きかけていた時、彼らの耳に人ならざる声で嘲笑が響いた。歪で耳障りな、さらに人の神経を逆なでするような声で。
声の持ち主が誰かはすぐに記憶が明らかにしてくれる。
「まだ生きているのですか、
『我はお前達に告げたであろう、”神”であると。それにしてもお前達の愚かな行為に黙っていられぬのは失礼した』
朱い魔石は二言目には”神と呼べ”と告げてきたことは間違いない。
しかし、スイールは感情も知識も、そして経験も、何もかもが人から与えられただけの自我を持っただけの道具に”神”など壮大な勘違いであると言って捨てている。
「どんな手品か知りませんが、再び破壊するだけです。エゼル!」
「任せて!何度でも切り捨てて見せるよ」
再びブロードソードを引き抜き、ゆっくりと朱い魔石に近づこうと足を出すのだが……。
『さて、その前に……』
「なんじゃと……!」
スイール達が注目している朱い魔石が輝きだすと同時に、二つに切られて砕け散っていた破片が宙に浮き、朱い魔石に吸い寄せられた。
そして、眩いばかりの強い光が放出され、その光が収まると同時に誰もが呆気に取られる事象を目撃するのであった。
「ウチ、信じられないわ。不老と不死を同時に叶えるなんて……」
「まさか……」
部屋全てを覆い隠すような強い光の眩しさに
声を上げたアイリーンはともかく、スイールまでもが声を出せぬほどに驚きを露にしていた。
「それ、反則よぉ……」
さらにヒルダの悲痛な声が上がる。その声と同様に元に戻るなどと思う筈もないのだから。
驚いてばかりでは始まらないと、スイール達はそれぞれ気持ちを切り替える。大きく深呼吸をしたり、パンパンと両手で頬を叩いたり、または、溜息を吐いてみたり、各々が信ずる方法で。
「では、改めて。
戦いの火蓋が切って降ろされるのなら先制攻撃あるのみ、スイールは瞬時に杖に埋め込まれた魔石の力を使い、魔力を集めて一つの魔法を発現させ、即座に飛翔させた。
動かぬ的に当てるなど、スイールやエゼルバルドには朝一番の訓練の最初に行う程基礎的な事であり、気配さえ感じれば目を瞑っていても百発百中の命中率を誇る程、簡単なのだ。
だから、誰もがスイールの魔法が着弾した爆炎の跡には砕け散った朱い魔石が残されているだけ、そう信じていた。いくら砕け散った破片を集めて一つの大きな宝石に戻っていたとしても……。
スイールが放った
「これは少し、拙いかもしれませんね……」
渋い表情で声を漏らしたスイールは再び驚きの表情を見せた。
もくもくと黒い煙を上げていた朱い魔石であるが、その煙が晴れたそこには、以前と変わらぬ無傷の朱い魔石があった。傷がないだけでなく、朱く眩い光を放ちながら。
無事な姿に加え、朱い魔石の背後から真っ黒の触手の様な腕が二本伸び、それが手前で交差していた。放った魔法はその黒い腕が受け止め、朱い魔石に攻撃が届かなかったとスイールは理解したのだ。
『ハハハハッ。これぞ”神”の力ぞ。お前たち
朱い魔石の前で交差している腕を解き、さらに追加で二本の黒い腕を作り出した。
合計で四本、黒い腕は朱い魔石の傍でうねうねとよからぬ動きを見せる。
『魔術師よ!切り札とは見せても良いものと最後まで残しておくものがあるのだよ』
「なるほど……。グリフィンは切り札は切り札でも誇示するためだけのものだったのですね」
最後の一手となる手段、それが切り札である。
だが、朱い魔石にはグリフィンの他にさらに二つの切り札を残していた。
その一つが自らの死すら乗り越えられる不死性と体である魔石の再生能力。
そしてもう一つが、今、うねうねと不規則に嫌らしく動く黒い触手の様な腕だった。
『そうなるな。切り札を失った魔術師に我が倒せる筈もなかろう。仲間と一緒にここを墓標とするがよい』
うねうねと動いていた黒い腕、一旦動きを止めたその直後、さらに腕を二本顕現させると、先端を手の平の如く変化させた。そして、それぞれ腕を伸ばしながらスイール以外を狙い始める。
「スイール!これ、どうすんのよぉ~」
「すいません、ちょっと考えさせてください」
アイリーンは伸びてくる腕に掴まれまいと身軽さを武器に”ヒョイヒョイッ!”と大きく躱す。そして対処法が無いかとスイールに暴言に似た言葉を向けてしまう。
それに対してスイールは答えを持ち合わせておらず、今は謝るだけしか出来ずにいた。
「この黒い腕、剣で切れるからまだ対処出来るけど……」
「そう言ってられるのも今のうちだ。延々と続けてられんぞ!」
エゼルバルドとヴルフは躱しながらブロードソードを振るう。
それにより、黒い腕は先端部分を切り離され、霧の如く消え去って行った。だが、すぐに切断面に手の平を出現させて再び襲い掛かって来る。
アイリーンもそうだが、エゼルバルドやヴルフが通常の人以上の体力を持ち合わせていたとしてもいずれ力尽き、捕まってしまうと危惧するしかない。
「
ヒルダはと言えば、直線的に向かってくる黒い腕に、何を感じたのか
尤も、魔力で作られたとわかったところで、どう対処してよいかは疑問を抱いたままであるが。
『ハハハハッ、踊れ、踊れ、踊れーー!』
”神”と自らを呼ばせたいにも関わらず、黒い腕を器用に躱す四人に向けて、”神”らしからぬ言葉を叫ぶ。
これが朱い魔石の本性かと思えば今までの行いに納得せざるを得ない。
自らを倒しに来たスイール達を地下遺跡の奥深くに誘い込み、どれだけの実力があるかをまず量る。それから自らの前に現れたスイール達と戦いに準じ、勝ったと錯覚させる。
そのうえで最後にどんでん返しをして、どん底に落とす。
「まるで意地の悪い貴族そのものではないか!……いや、まさか、あれと似ている、だと。有り得ない……」
スイールには一人、朱い魔石とよく似た行いをした人物に心当たりがあった。
人を捕まえ、民衆の前に引き出し、心を折ってどん底に落とす。
ディスポラ帝国の初代皇帝が起こした行為にそっくりであった。
それ故に、”まさか”と声に出してしまったのだ。
スイールは知らないが、その”まさか”は正解なのである。
朱い魔石は生まれながらにして現在の性格を持っていたわけではない。一番最初に取り込んだ人の性格を色濃く残している。その人とは、文明が滅ぶ前に存在した、強大な帝国に君臨していた絶対的な君主、皇帝であった。
その性格を出したまま、ディスポら帝国皇帝を意のままに操っていたのである。
スイールは思わぬ事象に
こめかみから嫌な冷や汗を大量に噴き出しては流し、顎に伝わりポタリポタリと雫が床石へと垂れ無数の丸い染みを作る。
どうすれば良いかと考えあぐねる。
しかし、膨大な経験を蓄えるスイールであっても答えを導き出すには至らない。
もしかしたら、”通じるかもしれない”と一つの魔法を思い浮かべるのだが、すぐに首を横に振って否定する。それは最後の最後、何も出来ぬ時に取って置くべきである、と。
考えが浮かばぬのであれば、少しでも可能性がある手段をすぐにでも用いるべきだと頭を切り替える。
尤も、スイールに朱い魔石を屠るために思い付く手段は幾つも無い。
魔法で攻撃するか、直接攻撃するか、二つに一つである。
広範囲殲滅魔法などは黒い腕に追いかけ回されている仲間がいるので発動は出来ない。
それならばと、二つの魔法を放とうと準備を始める。
杖の魔石が青く青く変色させ残りの魔力の半分を集める。十秒ほど掛けて集めた魔力、それを二つに分け、一つを炎の魔法、もう一つを氷の魔法に変換させる。
「まずはこれです、
一つ目の魔法、高度に圧縮された炎の槍が発現すると一直線に、それも高速に朱い魔石に飛翔して行く。狙い違わず
「さらにです。
そして、黒煙の中、その中心部に存在する赤い魔石へと着弾してガラスが砕けるような高音を奏でた。
スイールが今現在で打てる最良の手段、炎により高温となった所に氷の槍で急激に冷やせば、温度変化によりどんな物体でも
だが、スイールの視界に映っているのは、いまだに四人を追いかけ回す黒い腕。
そして、黒煙が晴れて現れた傷一つ入っていない朱い魔石であった。
「これでも駄目か……」
杖で床石をガッと突き落胆の表情を浮かべる。
広範囲魔法を発動させるほどの魔力はもう残っていない。残っていたとしても仲間を巻き込んでしまい使う事が出来ないのだから同じ事だ。
七千年も生きたのだから死ぬのは惜しいとは思わない。
ただ、エゼルバルドとヒルダの、ヴルフの、そしてアイリーンの冒険がこんな所で終わってしまうのが耐えられない。
それならば最後にこの身を賭してでも朱い魔石を屠ろう、そう考えるのだが……。
『やってくれるな魔術師よ。さすがに死を意識したぞ』
朱い魔石の言葉を耳にして驚くスイール。
魔術師が放った魔法が危険と感じ咄嗟に防いでいた。
その証拠に朱い魔石の正面にもう一本、五本目の黒い腕が出現していた。
「くっ、それで防いだのか……」
『本当の最後の切り札まで切らせるとはな……。魔術師、お前は最後に屠るとしよう。他の邪魔な連中を先に始末してくれよう。そして、無力な自分を呪いながら仲間が次々に倒れる姿をその目に焼き付けるがよい』
落胆するスイールに無慈悲な言葉を向けた朱い魔石は誰を真っ先に葬り去ろうかと思案した挙句、自らを危機に陥れるだけの危険人物に狙いを定めた。
『まずは、一番危険な奴、我を切り裂いた奴を屠るとしよう!』
朱い魔石が言う”危険な奴”、それはスイールが手塩に育て上げた最愛の息子、エゼルバルドである事は間違いない。赤い魔石を袈裟切りにしたのは彼一人なのだから。
だから、最後に生み出された五本目の黒い腕はエゼルバルドへと向かうだろうとスイールは思った。だが、黒い腕は先端を手の平に変化させ、あらぬ方向へとギュンと伸ばして行った。エゼルバルドが奮戦している場所とはかけ離れた場所へ。
何処へ、スイールが疑問に感じ視線を黒い腕の向かう方へと向けると、そこには骸になったグリフィンから分かたれた頭が転がっていたのである。
「ま、拙い!」
朱い魔石がグリフィンの頭部で何をするのか、悪い予感が脳裏を過った。その結果を予測するよりも早く、スイールは床石を蹴り付け駆け出していた。最愛の息子であるエゼルバルドに向けて。
『ハハハ、死ねい!』
最後に出現した黒い腕がグリフィンの頭部を掴むと力に任せてそれを投げ付けた。
グルグルと回転しながら飛翔するグリフィンの頭。
それが黒い腕相手に奮戦しているエゼルバルドに迫る。
スイールが掛けるが高速で飛翔するグリフィンの頭部に追いつけるはずも無い。
だが、エゼルバルドも幾多の戦場を、戦闘を生き残った猛者だ、視界の端で認知した飛来する物体からも、黒い腕からも、余裕を持って対処できるだろうと立ち位置を変えて待ち構える。
だが、飛来する物体、グリフィンの頭は空気抵抗を受けて、床ではずみ予期せぬ方向へと軌道を変えた。エゼルバルドが立ち位置を変えた場所へと。そうなってしまってはエゼルバルドであっても対応に無理が生じてしまう。
エゼルバルドは飛来し床でバウンドしたグリフィンの頭部を太腿付近に喰らってしまった。そして、予想以上の威力に堪えきれずバランスを崩して石床へと倒れこんだ。
※お約束通り、一度倒したけど、倒し切れてませんでした~。ってヤツです。
※朱い魔石が取り込んだ皇帝ですが、ちらりとしか描写していません。
一応、一番最初の話のプロローグ とある魔術師の流れ着く先で、に出てきます。
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