第三十七話 真なる敵の登場
白装束達の襲撃を何とか退けてから一時間の後。
船上での喧騒が収まり、いつも以上の静寂の中にすすり泣く人の声が響いている。
甲板や廊下には血痕があちこちに見られ、白装束達の死体だけでなく、迎撃に当たった船員の死体もいくつか横たわっている。
そして、船橋に近い前甲板では生き残った白装束達の尋問が始まろうとしていた。
エゼルバルド達の活躍は当然だが、決定的だったのは船底から解放された船員の奮闘が強力過ぎた事だろう。一時は船橋や船長室に攻め込まれそうになったが、間一髪で間に合ったのが彼らなのだから。
返り討ちにあい命を散らした白装束達の大部分は海に捨てられ海底へと沈み、魚達の餌になっていった。その中でも指揮を執っていた者達数人は捕まえられているのが現状だ。
それよりも、船長や船員、そして、エゼルバルドは、白装束達に混ざった彼らと同じ特徴、--黒目に黒髪--を、持っている一人になんとなく嫌悪感を覚えてしまった。
確かに、遥か東に浮かぶ島国の
そんな白装束の一人、同じ特徴を持ち合わせ骨格も似ているのだ。
「まさかな……。同胞が敵になっているとは……」
エゼルバルドはクリクレア島の悲劇を長老から聞いたばかりだったのである程度は予想がついていたが、船長達が悲劇を聞いたのは記憶が薄れるほど前だったために予想外の事実にショックを受けていた。
「オレは島に到着した時に聞いたので、ある程度は予想してたけど……。それでもこれはねぇよなぁ」
黒目黒髪の特徴を持ち合わせているだけでなく、島で知り合ったあの兄妹に似ているのだから複雑な心境になるのも仕方ないだろう。自分に似ていると言われるのだから……。
ロープで縛られ猿轡をされ甲板に寝かされているのだが、エゼルバルド達に向けらている視線は鋭すぎると言っても良いだろう。鋭利すぎてちょっと力を入れてしまえば刃が零れてしまう、そうとも感じられる。
だから、猿轡を解いてしまえば舌を噛み千切り命を絶つだろうし、足を自由にすれば海に真っ逆さまか
「いっそのこと首を刎ねるか?」
「それが簡単でしょうね。ですが、その方が彼らは嬉々として喜びますよ」
死よりも生を軽んじる彼らはまさに凌辱を受けていると同義の状況だろう。
ただ、これからの予定を考えるのであれば、余計な手間を掛けたくない、それが本音だろう。
痛めつけても情報を引き出せない、首を刎ねようとすれば喜びを露にする、誰もが頭を掻いてしまう状況に辟易し始めるのだった……。
「はぁ~。エゼルはこんなところで何をしているのですか?」
眠そうな顔をしたスイールが甲板へと顔を出してきた。
机に突っ伏して寝落ちしていたのだろう、変な寝ぐせと頬にインク痕がうっすらと付着し、動物のひげを生やしているみたいで面白い顔になっていた。
「あ、スイール。……ぷっ!」
「……?えっと、何かありましたか?」
「いや、何でもないよ」
「可笑しな人ですね」
スイールの顔を見て思わず吹き出してしまったが、失礼と思い”何でもない”と誤魔化した。
笑われた本人は気分を害するような姿勢を見せるのだが、それを気にする余裕も無いと甲板の板の上に転がっている白装束へと向き直る。
「こんな夜中だけどさ、この白装束達をどうするかって船長達と相談していたところ」
「なるほどなるほど……」
甲板に無造作に転がされた白装束達の処遇、それが問題であるとスイールに告げる。
それを聞き、”ほほう……”と顎に手を当てて目を細めた。
(あっ、これは悪巧みしているときの顔だ……)
スイールはエゼルバルドが良く知る悪巧みしているときの表情を一瞬見せたかと思うと白装束達の前にゆっくりと腰を下ろした。
「まぁ、船倉にでも閉じ込めておけば宜しいのではないでしょうか?」
「それだと変わらないんじゃ?」
「そうですね……」
スイールの言葉にこの船の船長が異議を唱えた、何も変わらないと。
しかし、次に口にした一言が白装束達には決定的な一言になるとは、誰も予想がつかなかっただろう。本人以外は!
「大丈夫ですよ。この人達が崇めるモノをこれから討伐に向かうのですから」
「……!!ウーウーウーウー!!」
この船の船長や船員など、クリクレア島の住民は火山に住まう赤竜のレッドレイスを崇める。
それと同じように白装束達も主とみなす崇めるモノがあるのだ。
レッドレイスを支配下に置き、世界を滅ぼす力を手に入れようと画策したモノの下へとこれから向かおうと宣言したのだから彼らには生きた心地がしなかった筈だ。
崇めるモノから”近づく敵を排除しろ”と指示を受けた、とスイールは予想し、それが正解であったと認識した瞬間である。
「やっと、本性を現してくれましたね」
白装束達は猿轡をされ手足を縛られているにもかかわらず、全身をくねらせて暴れ始めた。このままの姿勢でも排除してやる、と。だが、それは無駄な抵抗である事は誰の目にも明らかであり、新たな痛みをその身に与えられるだけだ。
腰を下ろしたスイールやエゼルバルドが何か行おうとする前に、仲間を殺された船員数人が手にした棒で白装束達の腹や背中を殴打して行く。その結末がわからぬ程頭が可笑しい筈も無いのにだ。
「本性って言うか、こいつらも赤竜と
「まぁ、エゼルの言う通りです。そして……」
痛みを受けてぐったりとした白装束達を見下ろしながらエゼルバルドはスイールに質問をぶつける。赤竜と同じ、
宗教などで”神の意志を”と植え付けられているのではなく、崇めるモノによって彼らの意志を無視して強制的に向けられているのだから始末に負えない。
赤竜は元に戻す方法があったからよかったが、甲板に転がる者達にはそれが無いと予想される。
そして、エゼルバルドの予想通りであるとスイールは答えながら、黒目、黒髪の白装束の髪の毛を掴み、座る体制に強引に持ち上げると猿轡をナイフで切り裂いた。
誰もがスイールの行為を止めようとしたがすでに遅かった……。
「で、
「何言ってんの、スイール!こいつは……!」
スイールの行動に気でも触れたかと誰もが思っただろう。
エゼルバルドでさえ、”何を言っているのか”、と不思議に感じ訂正させようとしたくらいだ。
スイールの奇異の行動に誰もが溜息を吐いた。
そんな瞬間であった……。
『ほう……。我がわかるか、魔術師よ』
「はっはっは。返事を頂けるとは思いませんでしたよ」
白装束の黒目が突如、
とは言え、スイールも答えが返って来るとの絶対的な自信は持ち合わせていなかったので、その反応に心臓が跳ねていた。
「だんまりを決め込むと思っていましたが、私達がここまで来ているのに無言のままなのも可笑しいと思いましてね」
『我の居場所を知っているのであろう?それなら言葉を告げるのもやぶさかではない』
スイールは”それはそれは”と恭しく頭を下げる。だが、敵対しているだけあり頭の角度は最小限、瞳は白装束を睨んだままである。
「ねぇ、スイール……」
「どうしました?」
スイールと白装束の間で会話が成立している最中にもかかわらず、鞘からブロードソードを抜き放ったエゼルバルドが間に入ろうとしている。僅かではあるが殺気を滲み出してである。
「こいつ……。切ってもいい?」
さすがにそれは拙いだろうと今の段階での介入は遠慮してもらおうとする。
「待ちなさい。あなたは駄々をこねる子供ですか?」
「でも……」
「暫く我慢してください」
スイールは溜息を吐き、白装束へと向き直って話の続きをしようとする。
だが、先程とは違い、エゼルバルドが間に入り自らは二歩ほど離れである。
「それで、人を操り赤竜を支配下に入れ、何をしようと言うのですか?貴方の力だけで世界を滅ぼすことなど簡単ではありませんか?」
『我の話を聞くか……。確かに、我の力を使えばこの世界を滅ぼすなど簡単だ、あの時と同じにすれば良いのだからな』
「あの時?」
スイールと
だからこそ、会話に参加できず節々の言葉を疑問のように口にするしか出来ずにいるのだ。
「エゼル、こいつの言葉は聞かなくてもいいですよ。どうせ、世界を滅ぼした時を思い出しているだけでしょうから」
『ふふふ。お主ならわかるか、魔術師よ。ただ、我の力は強大すぎて、地上を滅ぼし過ぎて仕舞う、それでは詰まらんのでな』
「なるほど……。それで、赤竜は一つの駒として使おうとしたのですか」
『魔術師が邪魔をしなければ、もう少しで上手く出来たのだがな。残念だよ』
世界に隕石を降らせ、生きとし生けるもの、そして、人が作り上げた文明全てを滅ぼすのであればそれで十分な効果を生み出せる。だが、
だからスイールが、いや、スイール達が赤竜を開放したことを誰よりも喜んでいたのが
「それはどうも。お褒めの言葉と受け取っておきましょう。」
『それでなくては竜から信頼を受けた魔術師ではないからな』
それがわかっているからこそ、スイールは
『まぁよい。我の下に現れるその日を待つとしよう。だが、易々と来れるとは思わんほうが良いぞ。地を埋め尽くすほどの死体を運び込むことを期待しよう』
「まったく……。悪趣味です、向かうのは五人しかいませんよ。さて、エゼル、もういいですよ」
「ん!」
スイールと
甲板を掃除する船員には悪い事をしたが、首を刎ねたエゼルバルドも、イライラが募っていた船長を始めとした船員達も胸の使えが取れたように、安堵の表情を見せていた。
それから首を刎ねられた白装束達は揃って海中へと投棄され、魚の餌にされるのであった。
「さて船長。ここまで来て隠し事はしたく無いのですが……。今見た事、聞いた事は黙っていただけると幸いなのですが」
「構わんさ。多分、今見た事を説明しようとしても誰も信じてくれないだろうからな。それにこの俺自身、信じられんのだから、話そうと思っても話せるもんじゃないしな」
黒目黒髪で骨格も船長達にそっくりの敵が、自らの意志とは関係なく話をしてきた、と説明しようとしても誰も真に受けないだろう。それよりもそんな話を臆面も無くできるなと言われるか、気でも触れたか?と怪しまれる事の方が強いかもしれない。
それに、船長達には超越した能力を持つ
「それに、お前さん達がその敵をやっつけてくれるんだろ?」
口を噤んで秘密を墓場まで持って行くよりも、噂話として英雄譚を口にしたいと船長は笑顔をスイールに向けていた。
笑顔を向けられたスイールは満更でもないのか、笑みを浮かべながら口を開く。
「なるほど……、確かにそうですね」
「だろう?」
「ええ、船長達の思いは受け取りました。敵をやっつけて無事にみんなで帰るとしましょう」
※うん、真なる敵の登場です。
と言っても、声だけ。
しかも、その声は声帯を借りての言葉。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます