第二十四話 欲しいものは欲しい、でも旦那の協力が必要……
スイール達を乗せた定期船は、領都ラルナを出港して三日目の昼の鐘がなる頃、クリクレア島で唯一外部と交易を行っている街、【クリンカ】の港に滑り込んだ。
太陽は真上からギラギラと夏の日差しを容赦なく照り付けてくる。北方に位置し気持ち良い風が吹き抜ける海沿いの港町だと言うのに額に汗が浮かぶほどに汗ばみ、流れる汗を
太陽の位置が示す通り時間はお昼時。スイール達のお腹は、いや、食い意地の張るヴルフとアイリーンのお腹の蟲が盛大に鳴き始めている。あれだけ食べた朝食は何処へ行ったのかと疑問に思う程だ。
”顔役に失礼のないように頼むよ”と船長に見送られ街中をぶらぶらし始めていたので、頃合いかと食堂を探し始める。
「この時間ですから、顔役の
「うむ、その言葉を待っていた」
「ウチも賛成ーー!」
体を動かせなかったからか機嫌の悪かった二人は現金なもので、お昼にすると聞いた途端に大輪の花が咲いたように嬉しそうな表情を見せた。
クリクレア島は独自の文化を持っている。
だが、キール自治領との交易をするにあたり、独自通貨からトルニア王国があるグレンゴリア大陸で使われている共通の通貨に変えた。だから、スイール達は両替をする事なく各商店や食堂で買い物をする事が出来るのだが……。
「でも、文字が読めん……」
「ねぇ、スイール。何て読むの?」
島全体では十万人ほどしか住まぬのだが、店々に掲げている看板の文字は独自だった。
文字の横に挿絵があるので何となく理解できるのだが、あまりにも不便である。
皆の眉間にしわが寄るのも当然だろう。
遥か東方の国々でも別の文字を使用しているが、クリクレア島の文字もそれに劣らず独自路線を貫いている。
交易関連の仕事に就く人々は当然、グレンゴリア大陸で使われる共通文字の読み書きは出来る。
「まぁ、わかりませんよね。わかるとしたらあれ位ですか?」
「確かにね」
スイールが上げた指の先には土産物と共通言語で書かれているので、誰でも読めたのだが。
「まぁ、私がわかるので大丈夫ですよ」
「お前さんは何でも出来るのじゃな?」
「年の功だから、ですよ」
見た目と年齢が釣り合わないスイールの言葉を聞き、笑顔で返せばよいのか、苦笑して目を瞑るのが良いのか判断に苦しむところだが、誰も聞かなかった事にして先に進むのだった。
それからスイールに連れられ、宿を選ぶ時と同じように良い匂いのする食堂へと引き込まれて行った。その食堂の看板はスイールでは無くても読める食堂を選んでいた。
クリンカは港町だけあり、海産物の水揚げ量はすごい。この港だけでクリクレアの全島民の胃袋を満足させるだけの量を誇る。人口が少ないので当然と言えば当然だろう。
通常の魚介類だけでなく、海の肉たる
それらの殆どが地元住民の胃袋に収まるが、観光客向けに加工品を揃えもしている。
「これが魚か?海のものと思えん……」
「ははは、おもしろ~い。クルクル丸くなった~」
通常の魚料理に加え、牛肉に似た新鮮な血合い肉が炭火で炙られ食欲をそそる匂いを充満させている。
そして、ヒルダが面白いと声に出しているのは、
「あちち!噛めば噛むほど旨味が出てくる!」
「これ?食事。ウチはこっちがいいわ」
エゼルバルドは炙られた烏賊の日干しを必要以上に咀嚼しながら笑顔を見せるが、腹に入り辛いのかアイリーンは別の皿に浮気をしている。
直径が三十センチもある鉄の皿にコメと季節の野菜に近海で捕れた魚介類がふんだんに使われたパエリア。それをアイリーンは一人で占有して、バクバクと口に運んでいるのだ。
気持ち良い程の食べっぷりに周りで食事を楽しんでいる人達は、微笑ましい視線を向けるか、それとも、口元を押えて店から早々に出て行くか、二者択一を選ばざるを得なかった。
「お前さん、そんなに食べると太るぞ?」
さすがのヴルフも老婆心ながらと注意を口にするのだが、アイリーンは自らの腹を摘まんで見せて”そうでもないよ”と返している。服の上からはわからないだろうが、アイリーンの腹筋は割れる寸前まで筋肉質になっているのだがら、摘まめる量も限られている。女性特有の皮下脂肪がちょっとだけ”摘まめるかな?”程度と見ていいだろう。
「最近、動き回ってるからか、おなかが減っちゃってねぇ~」
「船でそんなに動いてましたか?」
そんな事を口にしているアイリーンの行動を鑑みたスイールだが、思い出されるのは客室でグーグーと鼾をかいて寝ている姿。もう少し、女性らしく出来ないものかと口を尖らせたくなってしまう程だ。
「船で……。どうだったかな~?」
「も、もしかして、妊娠してるとか?」
アイリーンも三日の船旅の記憶が曖昧なのか、首を傾げている。
しかし、食欲旺盛なアイリーンの行動を自らに当てはめてみたヒルダが思わぬ爆弾発言を口にするのだが……。
「あ~。それは無いな。旦那が頑張ってるけど、なかなか出来ないみたいでさ~。ヒルダんところが羨ましいよ」
「そうなんだ」
「ま、帰ったら頑張って貰うけどね」
結婚してもう何年も経っているにもかかわらず、いまだに子供に恵まれないとアイリーンは嘆く。どちらに原因があるのかは不明であるが、子供が生まれたエゼルバルドとヒルダを羨ましく思っているようだ。
隣の芝は青く見える、だから、ウチも青々と育てると宣言をして、男三人を赤面させるのであった。
「……でもアイリーン、腹は良いけど食べ過ぎは良くないぞ」
「え?」
摘まんでた腹に余計な肉が付いてはいないが、それよりも注意しなければならぬ事があるといち早く復活したエゼルバルドが口にする。本来なら同性のヒルダが注意してあげなければならぬのだが……。
「栄養が胸に行き過ぎると、子供が出来た時大変だぞ」
「あっ!」
「!!」
ヒルダは思い出したように驚く。アイリーンもそれを聞き何かを察したかのようにパエリアへ伸ばしていた手をピタリと止めた。
アイリーンも見ていたはずだ、ヒルダのお腹が大きかった時を。
女性としては比較的淑やかと言えるヒルダの胸がはち切れんばかりに目立っていた事を。
「た、確かに胸が大きくなりすぎると、た、大変よね」
「良いんじゃない。その分、旦那さんに協力してもらえば」
視線を人よりも豊満な胸に落として溜息を吐くのだが、ヒルダから旦那と一緒に頑張ればと告げられると、顔を上げてパッと輝かせた。
「そ、そうね。そうするわ」
「ごちそうさまと言うべきなのでしょうかね~?」
「他人の生活まで頭を働かせるべきじゃないと思うけど……」
アイリーンの宣言で会話が終わればそれまでだろうが、なんとなく桃色に染まりつつあった場の空気にあてられ、ぼそりとスイールが呟く。
それをエゼルバルドがそれとなく注意するのだが、スイールはエゼルバルドとヒルダの夜の生活をなんとなく知ってしまっているだけに”申し訳ない”と謝っていたのである。
昼食を食べ終わり腹が膨れると、スイール達は街の顔役の屋敷へと向かった。
顔役の屋敷は街の東側に構えられていた。
街の防衛上、領主の屋敷が位置しているのは平地では街のほぼ中央となるべきであろう。
だが、ここはクリクレア島の港町クリンカ。海からの防衛を考えて、海岸線から最も遠い場所に位置している。
それが普通の考えだろう。
しかし、クリンカの顔役の屋敷は東に位置し防衛上の考えがあったからその位置にされたと思いがちだが、屋敷の玄関は東を向いている事実がある。
玄関口たる港町に、つまりは屋敷の玄関が西を向いていないのだ。
それとは別の新しく作られた交易の建物などは入り口が西を向いている。
顔役の屋敷に関係していなければ可笑しいと思わないだろう。
「なんで西を向いてるの?」
先程まで巨大なパエリアを独占し、ほぼ全てを腹の中に入れていたアイリーンが腹をさすりながら屋敷の門の前で疑問を口にした。
彼女はただ単に、歩くのが面倒だと口にしたに過ぎないのだが……。
「それは、そのうちわかりますよ。すいません、こういう者なんですが」
アイリーンからの質問の答え合わせをせぬうちに、領都ラルナで受け取ったゼノの手紙をスイールは門番に手渡す。口頭で説明しても良かったのだが、あまり時間を無駄にしたくなかった。
門番もわかっているようで、ゼノからの手紙にさっと目を通すとスイール達をその場に待機させて屋敷の中へと駆け込んでいった。
青い顔をしていなかったから、ごく普通の紹介の手紙だっただろうが、駆けて行く様を見ればスイール達を重要な客人だと察していたようだ。
もう一人の門番にジロッと見つめられつつも、ワイワイガヤガヤと騒がしそうに話をしているうちに、屋敷へと駆けて行った門番が戻って来た。
「はぁはぁ……。珍しい、長老が会うようだ。屋敷へ向かってくれ」
「あれ?案内してくれるのでは」
「石畳を真っすぐ行けば玄関だ。見れば子供でもわかるさ」
「信用してくれると思っておきます」
門番は息を整えながら責任者が会うと告げてきた。
スイール達は門番が案内してくれるのではないかと思ったのだが、まだ息を切らしている門番は見えている玄関に向かえと告げるだけだった。
手紙を見せたことで信用してくれたのだと有難く思ったのだが、それでも客人を案内しないとはどんな了見なのかと疑問に思う。ただ、それも枝葉の事と素知らぬ顔をして門番から遠ざかって行く。
「まぁ、良いでしょう。早く会いに行きましょう」
「ねぇ、ラルナでは顔役って言ってたのに、ここでは長老なのか知ってる?」
エゼルバルドが口にした疑問は尤もだろう。
キール自治領、領都ラルナで告げられたクリクレア島の代表は顔役。
そして、ここの屋敷では長老だ。
「いいところに気が付きましたね」
「そう?」
「それも含めて、答え合わせは長老に会えばきっとわかりますよ」
「え~~~!!」
屋敷の玄関へ向かう短い石畳を踏みしめ、理不尽に感じたエゼルバルドの絶叫が木霊したのであった。
「お客様、お待ちしておりました。玄関をお入りになりしたら、お履き物をお脱ぎ頂きますようお願いします
ドアを開けて玄関を潜ると男が恭しく頭を下げて自らを”案内役”だと告げてきた。そして、石畳の先、絨毯が敷かれている場所は履物を脱いで進むようにと説明してきた。
なんでも、この島の文化は床に直接座るらしく、絨毯が汚れぬようにとの配慮らしい。
スイール達がお昼に入った店は観光客御用達で履物はそのままで大丈夫なお店だった。もし、現地の文字だけで書かれた看板の食堂に入ったら、履物を脱ぐ必要があった可能性が高った。
「長老と会うには物騒なものはこちらの部屋へお願いします。重い荷物もどうぞ」
スイール達は絨毯を上がると小さな部屋に通された。
外部からの客人をもてなす前の控室、と言ったところであろう。
絨毯の上に低いテーブルが一つ、ポツンと置かれているだけの質素な部屋だった。
そこに危険物、つまり、危害を加えられる武器を全て下すようにとの事だ。
一番目に付くのは
それに加えて、大きなバックパックも邪魔であろうとこの部屋に置くようにとも指示される。
荷物を置くと待たされもせず、スイール達は控室からさらに奥に進み、いくつか角を曲がってようやく大きな部屋へと通された。
入り口を潜ってみればかなり大きな部屋で、正面の壁には赤竜がこれでもかと大きく描かれていた。赤竜の特徴である強靭な後ろ足と尻尾が力強く描かれているが、年数が経っているらしく所々掠れが生じている。
そして、赤竜が描かれた壁の前に三人の男が絨毯に座っている。
三人共が髭を蓄え、顔に刻まれた歴史を見ればおおよその年齢がわかるだろう。
それから左右に五人ずつが並んでいるが、座らずに丸い座布団の後ろでスイール達を待っているようだった。
案内されたスイール達は丸い座布団にそれぞれ通される。前列三枚、後列二枚だ。
前列は中央にスイール、左右にヴルフとエゼルバルド。後列はアイリーン、ヒルダの順だ。
「お客様、どうぞお座りになってください」
案内役がスイール達に楽にするように告げると、彼らと共に両脇に控える十人も同時に腰を下ろした。
座布団は丸いロープの様な細長い紐をぐるぐると巻いて直径五十センチ程の大きさにした簡易的に作られているが、地位によっての違いは無いようだ。
男は殆どが胡坐で座り、女は独特な座り方をしているが、アイリーンとヒルダは慣れないらしく横座りをしている。
全員が揃って腰を下ろすと、スイールは胡坐のまま頭を下げてお礼を口にする。
スイールの動作を他の四人が視線で追いかけ、”礼はこうすればいいのか”と学び取っていた。
「この度は忙しい中、顔を合わせる機会を頂きまして有難うございます。私はスイール、この五人の代表と思ってください」
「遠路はるばるお越しいただいたんじゃ。そう固くならんでも良いさ。楽にしてくれ」
「それでは」
正面に座る一人の老人がスイールの挨拶に答えた。
それを聞き、スイールは頭を上げて老人に顔を向ける。
「書面には書かれておらんが、キールから訪れて”竜”に関する者達と会わん訳にはいかんしな。それに……」
「それに?」
老人達、つまりはキール自治領のゼノが告げてきた顔役である。それらが竜に関連する人を紹介することになっていたのだろう。だからこそ、紹介状にはこの五人が会いに行くとだけ書かれていたのだ。
そして、老人が言葉を一度切り、再び言葉を繋いだ。
「何故かわからんが、同族もいるようだしな」
老人が視線を向ける先は、スイールの右隣に座るエゼルバルドであった。
※赤竜はT-REXばりの脚力、そしてスピードを持ち、前足も強力な攻撃力を誇ります。
当然、尻尾も破壊力満点です。
特徴はT-REXよりも腕が長いことにあると考えてください。
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